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ダンジョンマスターといえども、魔法が何でも使えるというわけでは無い。
スクロールによって魔法の素質を植え付けることは出来るが、使える魔法レベルがどのくらいなのかは本人次第だ。
魔法のレベルには全く知られていない事実がある。
現状、魔法のレベル測定を行うと、地水火風のどれか一つの属性とレベルが計測されるのだが、これはその人の持つ魔法適性の中で一番高い属性を測定しているだけ。
例えば地の1.1と水の0.7という数値を持った人を測定すると、地の1.1に水が隠されてしまい、測定結果が地のレベル1になる。
そして、地水火風以外の属性として、幻覚魔法のような属性らしい属性のない魔法もあるのだが、これも同じような特性を持つ。ただし、例えば先ほどの例に幻覚1.5を加えると、測定器には属性不明レベル1と表示される。そして、「測定器械の故障」という扱いになるらしい。ちなみに先ほどのような例で水の魔法も使いたいと思って水魔法のスクロールを使った探索者は多分いない。地水火風の属性は絶対で、一人が複数持つことは無い、というのが世界の常識で、意味が無いと考えられているからだ。それに魔法のスクロールは希少だから、ちょっと試してみよう、と気軽には出来ないし。
で、俺の魔法だが、なかなかとんでもないこと……レベルの測定はしない方がいい感じになっていた。これはダンジョンマスターだからでは無く、龍神だからだ。
そもそも龍神はその名に神が付くことからわかるように、神である。そして、龍は一般的に水の神様とされているが、実際には自然界全体を司っているような存在。少なくとも辰神さんはそういう存在だったのでその力をそのまま引き継いだ結果、俺は地水火風全ての魔法が人間では到達し得ないレベルになっている。そして、その魔法も、正確に言うと魔法では無く、体内を流れる力も魔力では無い。神通力と呼ばれる代物だ。
ではそこに幻覚魔法なんて素養を植え付けたらどうなるかというと……これもまた人間では到達できないレベルになってしまう。触れているのに触れていると知覚できない、というのはまさにこのあり得ないほど高レベルになっているから起こった現象の一端だ。
ただ、幻覚魔法は精密な幻を見せようとすると、かなり精度の高いコントロールが必要になり、はっきり言って面倒。だから、適当に幻をかぶせてちょっとぼかした感じにしているのだが、目くらましとしては充分なレベルなので今後も役に立つのは間違いない。
途中で数回、幻覚魔法で車の見た目を変えながら竜骨ダンジョンの地上領域の端に作った建物に入ると、気を失ったままの白波を抱え上げてダンジョン内へ転移。さらに転移魔法陣で七層へ。今回は俺も同行する。
魔法を解除して軽く小突くと、白波は目を覚ました。よし、まだ死んでないからセーフ。
「っく……ここは?!」
「瀧川陽が命を落とした竜骨ダンジョン」
「え?」
「その人類未到達の七層」
「なっ」
「じゃ、あとは頑張って生き延びるんだぞ。途中で誰かに助けを求めてもいいし、自力で脱出して警察署に駆け込んでもいい」
「ちょっと待て!」
「何だ?」
「こんなところに置いていくのか?」
「何か問題が?」
「え?」
「無いよな?無実の人間をこんなダンジョンに送り込む判決を下したくらいだ。自分に同じ事が降りかかるくらい覚悟してるんだろ?」
我ながら無茶苦茶な理屈だと思うが、ここはこのまま突っ走ろう。
「しかし!」
「瀧川陽は自分が何もやっていないと訴え続けたぞ?」
「だが」
「夜勤明けで疲れた体で、何が悲しくて好みでもないタイプの女を触って捕まるようなリスクを負うようなマネをするんだ……そう言ってなかったか?」
「う……」
実際言ったぞ。木瀬は顔はそこそこの美少女然としていたが、ぶっちゃけて言うとタイプではなかった。告白されたら断らないけど、こちらからアプローチする気にはならないという程度で。だから、バッグに付けた傘が当たっていたことは迷惑だったことは謝ってもいいが、それはそれ。
「つまりお前は、本来なら事実関係を確認して判断を下すべきところを、裁判員の女性陣が『痴漢は女の敵!有罪!』とか言うのに押されて、有罪判決を選択した。違うか?」
「そんなことは!」
「疑わしきは罰せずってのが基本じゃないのか?瀧川陽が傘を持ってた理由も明らかだろう?」
「ぐ……」
「じゃ、そういうことで」
「え?」
「いや、そこで「え?」とか言われてもな」
クルリと踵を返し歩き始める。
「ま、なかなか体験できないダンジョン深層だ。存分に楽しんでくれたまえ」
ヒラヒラと手を振って白波を置き去りにして立ち去る。通路を抜けて距離を取るとすぐに転移して私室へ。
「これで二人目完了」
ちなみに七層はあまりモンスターを配置していない。駒田も何だかんだで半日ほど生きていたが、白波はどのくらい生きていられるだろうか?
「こんなハズは……だが、あの証拠であの判断を下したのは……いや、アイツは痴漢の常習者との情報もあった。実際、アイツの逮捕後は痴漢被害が無くなったとも……」
様子を見ていたらとんでもない情報が出てきたが、まあいい。本物の痴漢に用は無い。せいぜいほとぼりが冷めた頃に活動再開して、瀧川陽は冤罪だったと気付いて関係者一同震え上がっていただきたい。ま、そういう考えに至るような奴がいたら、こんなことにはならなかったハズだが。
と言うか、その前に関係者が全員いなくなってる予定だし。
「さて、急ぐか」
白波本人はこれで片付いたのだが、ちょいとばかし面倒ごとも出来てしまったので急がなければならない。
そもそも白波を使って情報を取り出すのは予定通りなのだが、もう少し時間がかかると思っていたし、連れ出すのは定時後の予定だったのが大幅変更。立場上、多分色々とマズいことになっているだろう。急いで車を走らせ、裁判所へ向かい、白波の部屋へ向かうと……マズいな。部屋の前に数人の男が集まって、ドアを叩いて「白波さん!白波さん!」とかやっている。多分、打ち合わせとか裁判とかそういう予定の時間になっても顔を見せないので、集まったのだろう。
白波一夫は裁判官。つまり、司法試験に合格するような頭の持ち主だ。
娘をダシにしてうまいこと誘い出せたが、それでも冷静にいろいろなことを考えていたはずで、おそらくあの短い時間の中でも何か俺に繋がる手がかりのような物を残している可能性が高い。それを確認して処分しようと思ったのだが、往復一時間という距離のおかげで、気軽に中に入れなくなってしまった。
こいつらがいなければ、何とでもなるのだが。そう思っていたら、一人の偉そうな奴がどこかに電話をかけ始めた。
「ああ、そうだ。頼む」
電話を切ると、「もうすぐ開くぞ」と言うが早いか、電子錠がカチリと音をさせた。遠隔操作で開けられるのかよ。マズい。とにかく幻覚魔法で姿を消したまま、男たちに続いて室内に滑り込む。
「いない……」
「一体どういうことだ?」
おそらく体調を崩して倒れているとか、そういうのを想像していたのだろうか。困惑している男たちの横をすり抜けて、机の前に。アイツが名前と住所を書いたメモ用紙……やはり思ったとおり、かなり強めに書いていたな。何を書いていたのかくっきりと数枚の紙に跡が残っている。
男たちが机に近づくより早く、パパッと上から数枚を剥がしてポケットへ突っ込む。大丈夫、音も聞こえないようにしている。
「フム……手帳もバッグも置いたまま、か……」
偉そうな男――多分、白波の上司だな――が机の周囲を見ながら言う。
「PCは起動したまま……フム」
携帯を取りだし、どこかへかけた。
「私だ。すぐに調べて欲しい事がある。白波が今日の朝から今までの間に、PCから何を調べたか、確認してくれ」