(1)
ゴト、とコーヒーカップをテーブルに置いて窓の外を眺める。
駒田を始末してからちょうど一週間。俺を取り押さえた男の特定も今追跡している奴で最後。どう頑張っても一日一人しか追跡できないのが難点と言えば難点だが、時間はたっぷりあるので焦らず確実にいこう。冤罪を糾弾しようとしている俺がついうっかり間違えて他人を巻き込んじゃいました、ってのは絶対避けたいから、慎重に。そう思って、夕日をガラスに反射させている向かい側のビルを眺める。あのビルの五階にターゲットが務めている。定時は確か五時半だからあと一時間ほど。のんびり待っていよう。
駒田の始末は思いのほかうまくいったが、だからと言って他の者もうまく行くとは限らない。もちろん、今の俺の力なら、世界トップクラスの探索者すら倒せるから力ずくで連れて行くことだって出来る。だが、そんな様子が見られたら、ちょっと動きづらくなるかも知れない。と言うことで、調査段階では慎重に。全員の住所などを特定するまでは次の復讐は見送ることにした。
そして、コイツの住所を確認したらどうやって復讐をしていこうかと考えにふけりながらコーヒーをすすっていたら、いきなり視界が暗くなった。
「え?」
視界が暗くなったのは俺の正面に誰かが立ったからなのだが……思わず見上げると、身の丈二メートル以上のマッチョが世紀末ヒャッハーな服装で立っていた。肌の色が灰色で顔は強面を通り越して悪魔っぽいし、太い角が二本、天を貫かんと生えている。
イヤイヤ、どう見てもコイツ目立ちすぎでしょ。何で周りの人間は誰も気づかないんだよ。そう思ってキョロキョロしていたらそいつが声を発した。
「俺のことは普通の人間は認識できない。そういうスキルだ」
「へ、へえ……」
認識阻害とかそういう奴?
「貴様、どこのダンジョンマスターだ?」
「はい?」
問いかけに間抜けな返答をしながら思わず見上げると、大の男でも悲鳴を上げそうな形相で睨んでくる。怖えーよ!
「どこのダンジョンマスターだ?と聞いている」
「えっと……話の流れが見えないんだが……」
つーかこれ、俺が謎の独り言を話している風に見えるんじゃ無いか?と、そっと周囲を伺うと、どうやら俺の疑問に気付いたらしい。
「俺と同時にお前も周囲から見えなくなっている。質問に答えろ」
まとめて認識阻害か。なかなかやるな。
「えーと、どこのダンジョンマスターか、という質問?」
「そうだ」
「えっと……」
何で敵意むき出し?と思っていたら
「言っておくが俺のダンジョンはダンジョンマスターといえども簡単には攻略できないぞ。俺自身も強いしな」
んん?攻略?俺自身も強い?もしかして……
あ、そうか。この店から南に一キロ半ほど行ったところに、確か……
「鬼火ダンジョン」
「む?」
「もしかして、鬼火ダンジョンのダンジョンマスター?」
「そうだ。そういうお前は?!」
何となく話が見えてきたが落ち着いてもらいたいところだ。
「竜骨ダンジョンのダンジョンマスターだ。よろしくな」
「竜骨?あそこの?おかしいな、あそこのダンジョンマスターは龍のハズ。貴様のような小娘では無かったはずだ」
今の俺の姿はカモフラージュのために二十代前半くらいの女性の姿にしている。俺自身の身長的にもそのくらいが違和感がない。さすがに中学生男子の姿でこの時間にここにいるのはマズいだろ?
「えーと、最近交代しまして」
「は?」
「いえ、その、だから、新しくダンジョンマスターになったんだよ」
「お前……が?」
「まあ、色々あってな」
実に色々あったよな。つか、俺に被せてる幻覚魔法は見破れないのか。
「……それで、ここに何の用だ?」
「人を追っている」
「人を?」
「はい」
「どういうことだ?」
「話せば長くなるんだが……」
「十文字でまとめろ」
無茶言うなよ……簡潔にまとめるか。
「復讐だよ」
ひらがなでも七文字にまとめたぞ。
「復讐?その追っている人間に復讐するためにここにいるのか?」
「そう。ちょうど今、向かいのビルにいて、出てくるのを待っているところ」
「ほう?」
後ろをチラリと見、こちらに向き直る。
ドカッと椅子に座り、ダンッとテーブルを叩く。
「名は?」
「へ?」
「そいつの名は?」
「平藤拓也」
「フム……確かにいるな」
「え?」
「確かにお前の言う男は向かいのビルの五階にいる。そいつに復讐できればお前はここから立ち去ると言うことか?」
「まあ、そうだが」
「そうか、ならば」
「待った」
「ぬ?」
「いきなりそいつをどこかに飛ばして殺す、とか?」
「そうだ」
「それは……俺にとって復讐にならない」
「む……そうなのか」
フム、と思案顔でこちらに向き直る。
「詳しく話せ」
「話すのはいいけど、その前にいくつか質問いいか?」
「内容によるがな」
「一つ目、鬼火ダンジョンってここから一キロ以上離れてるだろ。認識阻害はともかく、どうやっていきなりここに出てきた?」
「まあ、そうだが。鬼火ダンジョンはダンジョンレベル二十。ダンジョンの入り口から半径二キロもダンジョン領域だ」
なるほど。ダンジョンレベルが上がると外の領域も広がるのか。
「つまり、この店もあのビルもダンジョンの一部」
「ああ」
「だから移動も自由だし、どこに誰がいるかも手に取るようにわかる、と言うことか」
「そういうことだ」
「じゃ、質問二つ目。いきなり俺を警戒していた理由は?」
「簡単だ。ダンジョンマスターが他のダンジョンを訪れる理由は一つ。そのダンジョンを攻略し、ダンジョンマスターの座を奪うためだ」
「え?ダンジョンマスターって、複数のダンジョンを持てるのか?」
「可能ではあるが、実際に出来た者はいないと聞いている。ダンジョンマスターは自分のダンジョン内ではその力を存分に発揮するが、ダンジョン外では一割程度しか力が出ないからな。だいたい返り討ちだ」
「へえ」
「言っておくが、お前が新人ダンジョンマスターだから教えるんだぞ」
「へ?」