(3)
準備万端で、一階の小部屋――いかにも事務所風に机をいくつか並べてある――で椅子に座っていると、ドアをノックされた。
「どうぞ」
「し、失礼します」
「ようこそいらっしゃいました」
「どうも……」
「あ、いえ。色々ご苦労されていることは承知しています。そしてお助けしたいと考えてお呼びしたのですから」
「は、はあ……」
「どうぞこちらへ、ゆっくりとお話を」
「はい」
同意を得た。
「え?」
いきなり視界が変わったことに駒田が戸惑いの声を上げる。
ディスプレイがずらりと並んでいて、ビルとかにありそうな警備室っぽい見た目だから、そりゃ驚くよな。だが、ダンジョンコアの前にいるという認識はしていない。こちらは最大の弱点をさらしているのだが、気づく余裕は無さそうだ。
トン、と肩を押して数歩下がらせる。
「え?」
その足下には、結構なダンジョンポイントをつぎ込んで用意した転移魔法陣……トラップが有り、駒田が乗ったことで発動し、所定の場所へ転移して消滅した。
ダンジョン内を移動する転移魔法陣はトラップとして設置可能だが、階層を移動しないもの、ランダムに移動するもの、特定の場所に移動するもの、特定の深い階層に移動するものと言ったように、ダンジョン側にメリットがあるほどダンジョンポイントを多く消費する。
そして、一回きりの使い捨てならある程度のダンジョンポイントですむが、ずっと使える物になるととんでもないポイントが必要になる。ダンジョンコア部屋に深い階層へ転移する魔法陣を永続設置なんて、踏み間違いの元なので今回は一回きりの物にしたが、今後のことを考えると……どうしようか。後で考えよう。
「さてと……」
ダンジョンコアのディスプレイで転移先を確認する。転移した先はこのダンジョンでは人類未到達の七層のほぼ中央。
足下に紙切れを置いておいたが……お、読んでるね。
簡潔に、痴漢冤罪を助長したことを書いて、冤罪被害者と同じ体験をするように促す内容だ。
何度も紙を読み返し、周囲をキョロキョロと見回している。ま、いきなりダンジョンに送り込まれるなんて現実味が無いんだろうな。
「お、すごいな」
駒田を七層に送り込んだらダンジョンポイントの増え方が上がった。
ダンジョン内に出現するモンスターは全てダンジョンポイントを消費して生み出されている。そして、それを倒すと、消費したダンジョンポイント分、倒した者に経験値として取り込まれる。
例えば、俺が倒したスライムは、最下級なのでダンジョンポイント三で生み出されている――もちろん、スライムもピンキリなので、強酸であっという間に相手を消化するようなスライムはもっと高額だ――ので、俺に経験値が三入っている。
そして探索者たちには一切知られていないのだが、この経験値が一定量貯まると、レベルが上がる。レベルが上がると身体能力や魔法の能力が上昇する。ダンジョン探索者が軒並み高い身体能力を得たり、魔法の能力が伸びるのはこう言う理屈であるが、今のところそこまで解明されたという話は聞かない。ダンジョンマスターだからこそわかる情報という奴だ。
そして、ダンジョンが回収するダンジョンポイントは探索者のレベルと、滞在しているダンジョンの階層の推奨レベルによって算出される。
レベルが高い者が浅い階層にいてもダンジョンポイントは大したことが無いが、レベルが低い者が深い階層にいると跳ね上がる。
言うまでも無く駒田のレベルはゼロ。ちなみに竜骨ダンジョン七層の推奨レベルは百くらい。
ダンジョン内で何をしているかによってダンジョンポイントは変わるのだが、駒田がただ単に滞在しているだけでも、一分間に五千ほどのダンジョンポイントが入る。
移動するともう少し増えるし、モンスターと戦闘になるとさらに増える。
ちなみにダンジョン内で死亡すると、それまでに得てきた経験値がそのままダンジョン経験値として還元される。
ダンジョン経験値というのはダンジョンポイントと違って、ダンジョンのレベルを上げるために必要な物と説明されていた。ダンジョンポイントをダンジョン経験値に交換することも出来るので、ダンジョンに入った人間が死ななくても経験値は入る仕組みになっているのは人道的措置なのかな?
どうでもいいか。
どのみち、駒田がこのまま死んでもダンジョン経験値は全く入らない。意外に世知辛いが、そこはまあ仕方ないとしよう。
さて、駒田の様子だが、わかりやすいぐらいに狼狽えてオロオロしている。そりゃそうだよな。だが、俺をそんな目に遭わせたのはお前なんだよ。と言うことで、そのまま放置する。モンスターを操作して襲わせてもいいが、そのままにしておいた方がダンジョンポイントが稼げるし。
やがて駒田が歩き出した。
「ふざけんな!こんなの信じられるかよ!ったく、悪質にも程がある!警察だ!警察!」
反省の色は無し、か。ま、駒田の最期を見届けるつもりもないので、映像を切った。警察に行きたければ行けばいい。行動を制限するつもりはないからな。
「さて、あとは念のために証拠隠滅」
移動に使った車はダンジョンに回収させたら、わずかにダンジョンポイントに還元された。そして、駒田を誘導したビルも解体。ビルがあったことに気付いた人はそれほど多くないだろうし、駒田がそこへ向かったと言うことを目撃した人もほとんどいないだろう。それに、ビル自体が無くなれば駒田がビルへ入ったという目撃証言の信憑性が無くなる。
「これで少し様子見だな」
数日間、地元のニュースをチェックしていたが、駒田のことは何もニュースになっていない。まあ、中年のおっさんが何かトラブルを起こして、妻に逃げられた後、行方不明と言う程度ではニュースにはならないか。一週間ほどして駒田の家の様子を見に行ってみたが、妻と子供は戻っていたようだった。それと、ビルのあった辺りで聞き込みをしている男がいたが、興信所とかそう言うのだろうか。
「さて、そろそろ動くか」
ニュースをチェックしていたと言っても、地元の新聞社のニュースサイトを見ればだいたいのことはわかるので、時間は比較的自由になるので、チェックは日に二、三度にする一方で何度も電車に乗り、あのとき俺を取り押さえた連中を探し、住所の特定を進めていた。
標的にするのは木瀬美晴を筆頭に、俺を取り押さえた男四人……駒田が片付いたのであと三人か。それと駅員二人と俺の話を全く聞かなかった警官二人。それから裁判官三人、裁判員六人、弁護士の氏間とワーカーの四人。さらに取り調べをした刑事に検察官が合わせて六人。刑務所の看守は陽の事情を全く知らないのだから除外しよう。彼らには受刑者が冤罪かどうかなんて判断をする職責はないからな。
と言うことで全部で二十八人。じっくり殺ってやろう。




