(2)
翌日、土曜日なので駒田は自宅にいるだろうと踏んで、駒田の自宅へ向かう。少し離れた位置から様子を窺うと、家族全員揃っているようで、裏庭の方から駒田と子供が遊んでいるような声が聞こえる。そしてリビングでは駒田の妻がテレビを見ているようだ。よし、行くか。
ピンポーン
「はい」
インターホンに妻が答えてきたが、無言。カメラにこちらの姿は映っているだろうけど、そのカメラに封筒を見せ、郵便受けにストン、と入れて立ち去る。
少し離れて幻覚魔法を使い、身を隠して様子を窺っていると、郵便受けの封筒を駒田の妻が持って行ったのが見えた。
幻覚魔法を使って撮影したのは、適当な雑誌に載っていた写真をベースにした女性がベッドで駒田と自撮りしている様子。女性の顔をいくつかのパターンで用意した上、ぼかして誰だかわからなくしているが、駒田の方の顔はバッチリ映ってる。さて、どうなるか……と思ったら家の中で騒ぎ出した。「誰よこれは!」「何なのよ!」という声が聞こえ、ドスンバタンという音の後、玄関から駒田が追い出された。
「おい!開けろって!おい!」
ドンドン!とドアを叩いているが中からの返事は無い。あの家、構造的に玄関口から裏に回ることが出来ないようになっているらしく、ドアを叩くしか無いのだろう。
「ちっ……」
ガンッとドアを一度蹴ると、ふてくされたような感じで駒田が歩き出した。見ると、左頬が赤く腫れている。ありゃ平手打ちじゃ無くて、右ストレートか。なかなかいい角度で振り抜いているようだ。世界を狙える逸材かも知れんのであとで近所のボクシングジムを紹介しようか。
適度に距離を保ちつつ後をつけていくと近くの公園に入っていった。とりあえず時間を潰すつもりなんだろう、ベンチに座って缶コーヒーを飲み始めた。大した距離でもないのですぐに戻って家の様子を見ると、タクシーが停まっていて、駒田の妻が子供を抱いて乗り込むところ。後ろで運転手がスーツケースをトランクに積み込むと発進。あれか、実家に帰らせていただきますって奴か。
タクシーが出ていったのを見送ってから公園へ向かうと、「なんだってんだよ」とかいいながら小石を蹴飛ばしていた。思った通り、器の小さい男だ。
停めておいた車に戻り、ミラーで調整しながら、幻覚魔法で自分の姿を黒いスーツにサングラスという怪しげな男に変えてから駒田の所へ向かう。
「駒田さん、駒田英樹さんですか?」
「え?」
小さく、ぼそりと呟くように声をかける。
「私、こう言う者です」
チラリ、と警察手帳っぽい物を見せる。もちろん本物ではないから、チラ見させるだけ。
「え?えっと……あの……」
警察っぽく見せてから、間髪入れずにまくし立てていく。
「実は、あるスジから、駒田さんにトラブルが降りかかっているという情報がありまして、ご自宅を訪ねたのですが、ご不在だったのでどうしようかと思っていたのですが、会えて良かった……もしかして、もう手遅れになっている……のでしょうか?」
「え、えっと……その……実は、つい先ほど……」
駒田がしどろもどろになりながら、妻がいきなり怒り出して、家を追い出されたと話す。
「そうですか。少々お待ちください」
スマホを取り出し、電話をかける。勿論、かけているフリだが。
「はい。はい……そうです。はい……そうですか。わかりました」
会話をしたフリをして電話を切ると、駒田の方を向く。
「駒田さん、今から時間、よろしいですか?」
「な、何でしょうか」
「実はこの件、駒田さんのような方が大勢いらっしゃいまして、対策本部が設置されています。あまり大っぴらにするとマズいので、警察署内ではないのですが、そちらで詳しい話を聞かせていただきたいのですが」
「対策本部……」
「はい。こんなところで話す内容でも無いでしょう」
「わ、わかりました。ど、どうすればいいんですか?」
「えっとですね……」
こんな話を信用するなんて頭がどうかしてると思うのだが、いきなり降って湧いたトラブルに気が動転しているせいもあってか、あっさり信じてくれた。面倒がなくていいな。そして、足早に駅へ向かった駒田を見送った後、車に乗り込んでダンジョンへ向かう。徒歩+電車よりは早く着けるハズだ。
ダンジョンポイントによるダンジョンの構造変更はダンジョンの外もダンジョンの一部として認識されるため、いろいろ出来る。ちなみにダンジョンの範囲としては、入り口の周囲一キロ程度……つまりダンジョン外転移で移動出来る範囲もダンジョンとなる。つまり、呑気にダンジョンセンターとかいろいろな店が並んでいる辺りもダンジョンの一部であり、ダンジョンマスターがその気になればいきなり建物が倒壊して、新たな建物が現れたりするわけだ。今のところそう言う事例は無いらしいが。
俺が駒田の所に行く前にやった小細工はそうしたダンジョンの外での構造変更。すごい勢いで貯まるようになったダンジョンポイントを使ってダンジョンの範囲ギリギリの所に小さな三階建てのビルを一棟建てた。元々ダンジョンが出来る前は神社と田畑しか無いようなところで、ダンジョンが出来てからは安全のために、と住人が追い出されたような所なので空いている土地はいくらでもあるし、いきなりビルが建ってもそのことに気付く者はほとんどいない。実にありがたい立地だ。
ビルの中に入ると、すぐに別の姿に変装する。白髪交じりでやや小太りの人の良さそうなスーツ姿のおっさんに。
「魔法ってすごいな」
よく見ると輪郭がぼんやりしていたり少しだけ中が透けて見えるのだが、おっさんをマジマジと見るような奴もいるまい。




