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ダンジョン外転移で出る先を選ぶ。ダンジョンの入り口を中心に半径一キロ以内で、周囲十メートル以内に人がいない場所ならどこでも転移可能だ。
空中に表示されたマップに転移可能な位置が表示されているので、適当に選ぶ。あまり変なところには出ないようにしないとな。
「くーっ、三日ぶりの娑婆の空気はうまいな」
ぐっと伸びをしながら深呼吸。ダンジョン内というか私室の空気は綺麗だが、やはり外の空気は違う。雨上がりのなんとも言えない匂いがいいアクセントだ。
「よし、一度戻ってみるか」
今度はダンジョン内転移。外から中への転移も入り口から一キロ以内で周囲十メートル以内に人がいないことが条件だが、転移に同意する者は連れて行ける。今はいないけど。
そして、転移先はダンジョンコアの前のみ。
何度か転移を繰り返してみたが、体力を消耗するような感覚は無い。視界がくるくる切り替わるので少しクラクラする程度。頻繁に転移を繰り返すことは無いだろうから問題は無し。
「では少し情報収集だな」
最初に確認すべきは俺がどうなったか。
どうやって調べようか。ダンジョンマスターの能力でもいろいろ出来そうだが、よくわからん。とりあえずダンジョンセンターに行ってみれば何かわかるかなと足を向けた。
ダンジョンセンターというのは、ダンジョンの入り口近くにある、探索者――と言っても主にワーカー向けだが――のための施設で、ダンジョンで得た素材を買い取ったり、特定の素材を優先的に買い取ります、なんてのを出したりしている……ぶっちゃけて言うと冒険者ギルドだな。国の機関だけど。
探索者の仕事というのは、一般的な危険な仕事以上に危険な仕事だ。駆け出しワーカーが一年以内に命を落とす確率が40%前後。オフィサーでさえも5%だと言うからその危険度は桁違いと言っていい。
そんな死と隣り合わせが当たり前の仕事だから、探索者同士の揉め事は絶えない。そこで、探索者として活動するときにちょっとした試験を受けてダンジョンに入るための許可証を発行してもらうという仕組みになっている。試験と言っても、簡単な筆記試験と体力測定程度。日本で義務教育を受けていれば筆記試験は通るし、体力測定も百メートルを二十秒以内とかの緩い基準だから、誰でも探索者になれる。
そして「筆記試験と体力測定があります」とやっておけば、多くの日本人が「気軽にできないなら辞めよう」と引き下がるので人数が減る。そして、探索者の身元確認と、場合によっては許可証剥奪という規定があれば余程のバカでもない限り、無茶なことはしない。こうした狙いの元、探索者の持ち帰る素材を買い取ることで収入を保証しつつ、収入から少しばかりさっ引いた手数料を元手に揉め事の仲裁をする人員を配置した組織。それがダンジョンセンターだ……と言うことらしい。
そして、ダンジョンセンターを利用する探索者の99%がワーカーだ。つまり、俺を陥れたワーカー連中もここに出入りしているはず。情報収集の第一歩としてはここで待ち構えるのは悪くないだろう。
ダンジョン入り口付近はなかなか賑やかな場所になっている。そもそもワーカーになるという時点で社会から少しはみ出した連中ばかりだし、ダンジョンセンター周辺はそういう連中を目当てにした店が多い。
武器などの装備品やダンジョン探索で使う道具を扱う店もあるが、一番多いのは飲み屋。次いで性風俗店だ。ちなみに男女どちら向けもあるが今は用がない……と言うか、行くとしても今の俺はどう見ても未成年なので入れない。
さて、どうやって奴らを探そうか。ただぼーっと突っ立ってると、店の客引きに勘違いされそうなので歩き回っているしか無いよな、と思っていたらダンジョンセンターから運良く見知った顔が出てきた。
「ケッ……たったの五千か」
「あーあ、シケてやがるな」
どうやら苦労して潜ったのに、稼ぎが五千円だったようだ。四人で割ると千円ちょっと。丸一日かけていたとしたら少ないな。
「あーあ、またクライムの引率無いかなあ」
「アレは儲かるからな、倍率も高い。この間の奴を受けられたのは運がよかったって奴だ」
「その引きの強さを再び!」
「募集の倍率が百倍以上だからあまり期待するな」
「へいへい」
そりゃ、適当に連れ回すだけで結構な額がもらえるなら人気だよな。
「ま、いきなり死ぬような間抜けもなかなかいないけどな」
「言えてる」
「アレはラッキーだったな」
「あの状況で転ぶなんて、運が無い奴だ」
「それな!」
そうか、あいつらの中では、俺が転んだと言うことになっているのか。おそらく逃げ切ったあとに「アイツは勝手に転んだんだ」「お、おう」みたいなことがあったんだろう、多分。
よし、殺すの確定。
だが、方法はじっくり考えることにしよう。
そして方法はともかく、やるのはダンジョン内。ダンジョン内で死んで一定時間経つと死体はダンジョンに吸収される。死体が見つからなければ殺人事件にならない。ましてや探索者がダンジョンの中で、なんて日常茶飯事だからな。とりあえずダンジョンマスターの能力で四人をマークする。これでダンジョンに入ってきたらわかる。焦ることは無い。じっくりと己がしでかしたことがなんなのかを理解させてやる。
とりあえずダンジョンセンターから離れて歩きながら、今の情報を整理する。
俺は死亡したという報告された。
クライムの引率は結構人気がある。
あの四人は普段稼ぎが少ないらしく、ゴブリンの魔石が収入のメイン。
そんなところか。
ちなみにゴブリンの魔石の買い取り価格は一個千円。この魔石を日本人が気合いで作り上げた機械に入れると電気を取り出せるのだが、火力発電所での燃料に換算すると、ゴブリンの魔石一個で約三万円分の燃料になるらしい。買い取り価格が叩きすぎのような気もするが、ダンジョンで採取出来る他の素材の価値がゴブリンの魔石を基準にしているので、千円以上にすると他の素材の価格が天井知らずになってしまうのでこうなっていると、昔両親からそんな話を聞いた。どちらもオフィサーなので持ち帰った素材は政府機関が全て回収していたので詳細は知らなかったらしいが。
ちなみに、ゴブリンを倒したときに魔石をドロップする確率はだいたい10%らしいので、仮にゴブリンの魔石だけで月に二十万稼ごうとしたら、二百個の魔石が必要。つまり月二千匹のゴブリンを狩る必要がある。毎日休まずダンジョンに通うとして一日に七十匹近くのゴブリンを狩る……どんなブラックだ。しかもパーティ全員でとなると……うん、気が狂うな。勿論そんなペースで狩っていれば他のドロップ品も出るはずなので実際にはもう少し収入にプラスされるのだが、ギャンブル性が高いというのは変わりない。ハイリスク・ローリターンと言われるのも納得だ。
ちなみに世界全体で言うと、魔石はそこそこ回収されていて、エネルギー源としての活用法の研究が行われている。しかし、実用レベルかというと難しい。もちろんエネルギー源としては優秀なのだが、産出量が少なすぎるので安定した利用が難しいのだ。一応日本では二基、世界レベルで言うと三十基ほどの発電所が稼働していて、出力は同じ規模の火力発電所の五倍ほど。だけど、実際の出力は平均して10%前後。トラック一杯のゴブリン魔石を突っ込んでも一日で使い切ってしまう一方で、一日に回収される魔石の量はトラックに数台分程度らしいから、実用と呼ぶには程遠いと言うわけ。もちろん、もっと強い魔物の魔石ならもっと長持ちするのだが、そもそも魔石の供給が追いついていないのが現状だ。
ちなみにクライムの場合、ゴブリンの魔石のポイントは一ポイント。そしてゴブリンとまともに戦おうと思ったら、日本刀並みのサイズの刃物の使用が望ましいらしい。ダンジョン労働刑=死刑と言われる理由が何となくわかるという物だな。
四人はそのまま街へ向かっていった。多分このままそれぞれの家に帰って寝るのだろう。予想だが、近くにある安アパートで暮らしているはず。どうせ明日か明後日にはダンジョンに来るだろうし、他のダンジョンへ行く余裕も無いだろうから今は放置でいい。
では、他の連中を探しに行こうか。
もう少しこのペースで更新できそうです