エピローグ
「ふわああ……よく寝た」
ダンジョンマスターになった時点で社会の枠組みから外れた。つまり、有名な妖怪アニメのテーマソングと同じだな。ダンジョンマスターには学校も試験も会社も仕事もない。病気もないし、寿命らしいものもなさそう。ということで日がな一日ゴロゴロしていたっていいのだが、それはダメ人間一直線……ああ、人間じゃなくなってるからいいのか?
そんなことを考えながらリモコンに手を伸ばし、テレビをつけると六つのチャンネルが一斉に映る。
「今日の天気は午後から雨か。えーと、高田喜一、熱愛発覚?どうでもいいな。政治家の不祥事もどうでもいいか。ん?来月から食品の値上げ?世知辛いねえ」
朝の情報番組を見たところで何の役にも立たない……こともない。例えば、来月から食品の値上げというニュースに合わせ、宝箱に米やら小麦粉やらを詰めてやるという粋な計らいもしてやるのが竜骨ダンジョンの運営方針だ。宝箱がダンジョン内では開かず、重たい思いをしてダンジョンの外に運ぶと宝箱が消えるという説明に従うと、小麦粉が数十キロとか出てくるという、俺からの真心のこもったプレゼントだ。なお、袋詰めしていないのであっという間に風で広がってしまい、大変らしいが、そこまで面倒は見切れない。
ちなみにこの間、頑張って三層から運び上げた連中は箱から出てきた六ダースの醤油に涙していた。一本一リットルで五千円くらいする超高級醤油だからいい稼ぎになったはず。いいことをした後ってのは気持ちがいいものだと俺もちょっともらい泣きしたくらいだ。
さて、社会情勢を一通り把握したところでコアからダンジョンの中を確認。特に問題はなしだな。相変わらず五層より先に行ける者が少ないダンジョンだが、地方都市にあるこの規模のダンジョンとしては難易度が高めな上、クライムの収容先にもなってるダンジョンだと挑むのもあまり多くなく、これくらいが妥当らしいので、今後も運営方針は変えないでよさそうだ。
なお、ごく少数、二つのグループが、五層より先に行っている者がいる。
一つは言うまでもなく俺の家族たち。何でも、竜骨ダンジョンはモンスターの強さ的にはかなり難易度が高いのだが、五層から先はその難易度に見合う以上のドロップがあるんだそうな。で、現在、上に掛け合って、オフィサーが常駐できないか検討中らしい。いいのかね、身内が運営しているところにやってきたりして。俺が心配することじゃないか。それに俺としてもダンジョンポイントが稼げるし、国としても貴重な素材が手に入る。Win-Winの関係。よし、問題は無いな。
そしてもう一つは、美晴だ。コイツは常に単身ダンジョンに突っ込んでくる。一応、入ってきて五分以内に一度俺が顔を出して一発ぶん殴って警告するくらいはしているが、それ以上は手を出さないことにした。コイツの狙いは父親を探すことで、竜骨ダンジョンのコアに興味がないらしいからな。ちゃんと見張っていないと、何をするかわからんのが困りものだな。ダンジョンの中をどう回ろうが自由だが、他のワーカーの邪魔をするなよと毎回警告をしなければならないのが面倒。オマケにコイツ、三日にあげずにやってくるので対応が面倒なんだよ。しかも毎回朝八時にやってくるし。ほら、今日も来てる。
「ったく、アイツも懲りないな」
ユキトを始末してからもうすぐ一年。いい加減諦めろと思うんだが、
「絶対生きてるはず」
「あのな……装備と呼べるのは普通の服、そのほかの荷物がタバコ一箱で一年もダンジョンで過ごせると思うか?」
「と、父さんならきっと」
諦めて母親にダンジョンマスターを譲り渡して残りの高校生活過ごして進学なりなんなりした方が人生充実すると思うんだが、聞く耳持たないので最近は無言で一発殴るだけにしている。話をするだけ時間の無駄だからな。
ちなみに、ダンジョンマスターなら高田喜一といい仲になることも可能では?と聞いたらこう返ってきた。
「推しってのは後ろから推すのがいいのよ。並んで歩くのは邪道」
何のこだわりだろうね。まあいいや、とりあえず挨拶代わりに一発。
「ぐぇっ」
なお、本日はちょっと位置が今ひとつだったのでケリをみぞおちに。曲線を描きながら壁に激突しピクピク痙攣しながら起き上がるのを見届け、さて帰ろうかときびすを返す。
「ま……」
「ま?」
「毎回、いいのを食らわせる割にとどめは刺さないのね?」
「お前は俺を快楽殺人者か何かと勘違いしてないか?」
「違うの?」
「俺は平和に暮らしたいんだよ」
「平和?」
「そ。躍り上がるような喜びも、明日からどうしようかという絶望もない、路傍に咲いて人々が気にもとめない花のような、そんな平穏な生活が俺の目標だよ」
「どっかの殺人者の夢みたいなんだけど?」
「殺人者がそんな平和を望むか?まあいいや。この前も言ったがお前の父親はもういないぞ」
「証拠がない」
「証拠ねえ……」
モンスターに好き放題させたから何も残ってないんだが、何も無いのが証拠とか悪魔の証明みたいなもんだろ。
「ということで、また行くわ」
「好きにしろ」
「ええ、好きにするわ」
「っと、そうだ……今朝の情報番組で言ってたけど、タッキー熱愛報道って」
「ええええっ?!何それ!聞いてない!」
いや、多少なりともファンを自称するならアンテナ張っとけよ。
「それどこ情報?どこ情報?」
「どこって……今朝の情報番組で言ってたなって」
「ええと……あ、ダメだ。ダンジョンの中だからスマホ使えない……うう……今日はもう帰る!」
「はいはい、お疲れさん」
大急ぎで帰っていくのを見送りながら、ちょっとだけユキトを不憫だと思ってしまった。まあ、どうでもいいか。
「さてと……今日は三層を少し拡張するかな」
少々えげつない罠でも仕掛けてみるかとコアを操作する。
「罠を出たと思ったら罠。なんとか回避したらさらに罠。全部の罠を脱出するまで二十くらい罠を連続発動させてみるか」
殺傷力のない罠ならいいだろうと、ポチッと操作。三日もすれば誰か――誰とは言わないが――が引っかかるだろう。
「いいね。平和が一番だ」
竜骨ダンジョンの運営方針は俺の心の平穏。果たしてコアまで最初にたどり着けるのは誰だろうかとまだ見ぬ強者に思いをはせながら、昼寝をすることにした。
昼前だけどな。
「復讐を終えた俺の自堕落一歩手前のゆるゆるスローライフはこれからだ!」
ということで滝川陽の復讐はこれで終了です。
おかしいな、辰年のうちに終わる予定だったのに……




