(10)
後方でズドンと派手に落下――着地かも?――した音を聞きながら、竜骨ダンジョンの方角へ。ああ、そうだ。ダンジョンに帰る前に、ちょっと寄るところがあるな。
飛び始めてすぐは「わああああああ!」とわめいていたユキトも、竜骨ダンジョンが見えてくる頃にはすっかりおとなしくなっていた。静かなことはいいことだと思いながら、警察署へ向かう。物事にはキチンとケリをつけないとな。
「な……お、お前は?!」
「やあ、どうも。ちょいと失礼しますよ」
「ま、待て!」
「待たない」
空を飛ぶと光る。それはもう、地上からもよく見えるほどに。ということで、どうやら
「何か光る物が飛んでいる!」
「アレは何だ?!」
という問い合わせが殺到していたのか、警察署前には数名の警官が出ていて、こちらを見上げていたのは好都合。誰の出迎えもないままに入ると騒ぎになるからな。
「ええと……三階だっけ?四階だっけ?」
「何がです?」
「『瀧川陽関係者による脅迫事件対策本部』……あ、四階だったな」
「え?ちょっ……ちょっと?!」
「待て!」
「待たないっての」
「いえ、そちらではなく」
「ん?」
「すみませんね。コイツ、新人でして」
「はあ……?」
「こら!お前!下がってろ!」
「え?でも……」
「人間がどうこうできる相手じゃない!」
ああ、同僚が俺に刃向かおうとしているのを止めてただけか。
「いい心がけだな。長生きするぜ」
「恐縮です」
あとで龍神らしくなんか御利益でもと思ったが、何をすると喜ぶだろうね?
そんなことを考えながら勝手知ったるなんとやらで階段を上り、対策本部の看板を掲げた部屋に入ると、ちょうど夕刻の報告でもしていたのか、結構な人数が集まっていた。
「お、お前は!」
「どうも。ああ、そんなに緊張しないで。そちらが暴力に訴えない限り、こちらから何かをするってことは無いから」
「信じられるか?!」
「なら俺を取り押さえてみろ。一応言っておくが、今日はちょっと機嫌がいい。それを台無しにされたら、腹が立って手加減なしになるぜ?」
「言わせておけば!」
「落ち着け!」
偉そうな人――捜査本部長の久貝だ――が一喝すると、とりあえず血の気の多そうな奴がひるんだ。
「そちらの用件を聞こう。逮捕するかどうかはその後だ」
「俺を逮捕できると?」
「少なくとも不法侵入だ」
「なるほど、現行犯で逮捕できるな」
「……まあ、法的にできるかどうかと、実際にできるかどうかは別問題だな」
「よくわかってるじゃないか」
「で、用件は?」
「コイツだ」
ユキトをどさっと床に落とすと、「ぐえっ」とうめいて、もぞもぞと動いた。どうやら気がついたようだな。まあ、気絶したままでも問題は無いんだが。
「コイツは?」
「主に新宿ダンジョンの探索をしていたワーカー、木瀬志采。面倒臭い漢字の読み方をするから調べるときは気をつけろよ」
「木瀬……?」
「滝川陽を痴漢に仕立て上げた木瀬美晴の父親だ」
「父親?木瀬美晴の父親は確か……」
「とりあえず、コイツが本人かどうか確認してもいいぜ?」
「すぐに調べろ!」
「はいっ!」
ぐいっとつかんで顔を見せてやると、久貝が近くにいた若い刑事に指示を飛ばすと、慌てて飛び出していった。
「まあ、正確に言うとちょっと、いや、かなりややこしいんだが」
「ややこしい?」
「ああ……何から話せば……っと、気がついたか」
「う……あ……ここ……は?」
「警察だ」
「警察?」
「そうだ。目を覚まして早々だが、お前が何をやったか、話せ」
「……断る」
「あのな、俺は頼んでるんじゃない。命令しているんだ」
「断る」
「ちょっと素直になろうか?」
「ぐあっ!」
ゴキン、と左手の指を折る。
「さて、話せ」
「……」
ゴキン。
「ぐぅぅっ!」
「話せ」
「……」
「まあいい。左手には幸いなことに指が五本あるからな」
「……」
「それに指だけじゃない、手のひらというか、手の甲というか、中手骨っていうんだっけ?まだたっぷり骨はあるからな」
ゴキン。
「ぐあああっ!」
「話す気になった?」
「こ、断る!」
ゴキン。
「まあ、全身の骨って二百本くらいあるらしいから、まだまだ行けるな」
「ぐ……」
っと、周囲がドン引きしてるな。一応説明しておこうかと久貝さんを見る。
「ご安心を」
「え?」
「ここに奇跡の霊薬、エリクサーがあります」
「は?エリ、なんだって?」
「エリクサー、死んでなければどんな状態からでも全快にしてくれる、最上級の回復薬です」
「お、おう」
「それがなんとここに五本も」
「五、五本?!」
「つまり、全身の骨を折り、内臓を潰しても話す気にならなかったら全快させてもう一度。これが五回もできるんです」
「ええ……」
おかしいな。ちゃんと治すという、とても人道的な配慮をしているはずなんだが。
「ということで、ユキト、話せ」
「……」
「お前が話さないなら、俺が話すぞ。いろいろ聞かれたくないような感じの尾ひれ背びれをつけて」
「は、話す!話す!」
尾ひれ背びれが効いたようで、ポツポツとユキトが話し始め、刑事たちがそれを書き取っていく。録音もしているので、聞き間違いは大丈夫だな。
「というのが諸々の発端となった事件のあらましだ」
「にわかには信じがたい」
「だろうな」
「特にその……姿が変えられるってのが」
「うん、俺も信じろと言われてもな、と思う」
「見せてもらうことは?」
「無理だな」
「なぜ?」
「ああ、実は……」
ここからは俺が新宿ダンジョンに乗り込んでからの話をしてやった。ダンジョンマスターに関しては、これが世界で初めて公式に記録がとられたんじゃないかな?
「ということで、コイツはもうダンジョンマスターとしての力を失っているんだ」
「なるほどな」
そこへ先ほど、木瀬志采について調べるため飛び出していった刑事が戻ってきた。
「久貝さん、これです」
「ああ。ええと……うむ、確かに……なるほど。確かに木瀬志采だな。歳をとってないのが不思議だがダンジョンマスターになって歳をとらなくなった、とかか?」
「多分な」
今まで木瀬美晴に関しては母と娘の二人だけという家族構成は当然把握していたが、十年も前にダンジョンで行方知れずとなり死亡扱いされていた父親のことは知られていなかったから、この場にいる全員が父親の顔を知らなかったのも無理はない。
「さて、ここまでで何か質問は?」
「山ほどあるといえばあるが、何をどう聞いたものかさっぱりわからん」
「だろうな。まあ、質問は後にするとして、とりあえず事件に関してはどうだ?」
「え」
「え?」
「冤罪の……可能性が……ある」
「ありがとう」
「待て!あくまでも可能性だ。冤罪だと断定は」
「いいよ別に」
「は?」
「冤罪だと主張するのは俺だけで十分だ」
「どういうこと……だ?」
「滝川陽は死んだ」
「そ、そうだな」
「そして木瀬美晴の父親、木瀬志采も法的には死んでいる」
「ああ」
「ということは……コイツを裁くことはできない、違うか?」
「む……し、しかし死んでいなかったことを確認したとなると話は変わってくる」
「だろうな。じゃあ、聞くけど……罪状は?」
「え?」
「裁くとしてコイツの罪状はなに?」
「ううむ……現在進行形で不法侵入」
「俺が無理矢理連れてきている。いわば車に跳ね飛ばされて立ち入り禁止のところに飛び込んだら罪なのか、って話だ」
「確かに」
まあ、そんなふうに跳ね飛ばされたら不法侵入云々の前に生きてないか。




