(9)
「そいつに触れ。そうすればお前がこの新宿ダンジョンのダンジョンマスターだ」
「私が、ダンジョンマスター?」
「別にお前じゃなくてもいいが……とにかくダンジョンマスターになれば自分のダンジョンのモンスターに襲われることはなくなる」
「ホントに?」
「まあ、戦闘訓練として戦うことはできるけどな」
ダンジョンマスターより強いモンスターって配置できないから訓練にならないけどな。
「じゃ、急いで行けよ。俺はこれ以上お前ら母娘に突き合うつもりはない」
「え?あ!あ!ちょっ!ちょっと待ってよ!」
「なんだ?」
「その……そっちの……わ、私の父は?」
「コイツは俺の復讐相手だ。他の連中と同じようにする」
「ええ……許してもらうことは?」
「無理だ。コイツによって俺は人生を狂わされた。なにをどうやっても償うことは無理だ。ああ、時間を戻すことができるなら償えるかもしれんが、ダンジョンのアイテムにもそんなものはない」
すっぱり斬り捨てると、二人とも反論の余地がなくなったようで押し黙った。
「じゃ、そういうことで」
「一つだけ!」
「……なんだ?」
「竜骨ダンジョンに行ったら、会える?」
「出迎えるつもりはないが、コアのある部屋、つまりダンジョンマスターの部屋まで来れば会えるな」
「あなたじゃなくて、父、は……?」
「知らん」
「直接あなたが手を下すわけではないのね?」
「まあな。俺の復讐はコイツをダンジョンの深層に放り込むまで。俺がされたのと同じ目に遭わせるだけで、その後どうなるかはソイツの運次第だ」
「ダンジョンマスターでなくなったら、父はどうなるの?」
「質問ばっかりだな……詳しくは俺も知らんが、多分元の人間に戻るんじゃねえか?まあ、元の人間よりは強くなってそうだけど」
「私がダンジョンマスターになったら……ダンジョンマスターになって竜骨ダンジョンに行ったら、父を返してもらえますか?」
こんなクズでも父、か。
「言っておくが、ここのダンジョンマスターになったらユキトと同じくらいの強さになると思うが、俺のダンジョンに来たら強さは十分の一になる。ちなみに俺は今、十分の一の強さになっている。この意味がわかるか?」
「ぐ……な、なら!」
「ん?」
「あなたがここを出るまでに追いついて!」
「いいぜ、やってみな」
言うが早いか俺は踵を返してすぐに走り出す。というか、飛ぶ。「あ!ちょっ!」とか聞こえるが、もう相手にはしない。
「ぐ……お、おの……れ……」
「黙れよ」
まだなんか微妙に元気なユキトの腹を殴って黙らせる。
竜骨ダンジョンに戻るまではおとなしくしていて欲しいのに、回復力だけはすごいのな。
三十秒もかからずに上からぶち抜いてきた穴に到着。そのまま真っ直ぐ上昇を開始。いきなり方向転換したせいでユキトが「ぐえ」とか言ってるが、気にしない。
一層からここまでほぼ真っ直ぐに穴を空けてきたのでそのまま一気に上昇していく。十層を越えたあたりから、穴の縁をのぞき込んでいる者がいたが、そりゃ気になるよな。風圧でのけぞってたが、下に落ちないように気をつけて欲しいところだ。俺もそこまで気を回してられないからな。
そんな感じで一層に到着。あとは外に出るだけだ。
「っと、ここにいたか」
「お、帰ってきたか」
「ソイツが?」
「ああ」
「なるほど、木瀬だな」
「瀧川、か……」
俺の両親とユキトは、顔と名前くらいは知ってる仲らしい。
「ふーん……ねえ、陽?」
「ん?」
「ダンジョンマスターになると歳をとらないのかしら?」
「さあ……」
そう言われてみると、ユキトの見た目は若く、どうみても二十代どころか十代でも通るレベルだな。
「ダンジョンマスターになると、人間やめる感じっぽいから、そっちの影響じゃね?」
「そっかぁ……さすがに人間やめるつもりはないわね」
女性の若さに対する飽くなき探究心(?)を垣間見てしまったが、触れないでおこう。
と、ユキトの体から光る靄みたいなのが出てきて、急に体がしぼんで、普通の人間サイズになっていった。それでも充分デカいんだが。
「これは?」
「おそらくダンジョンマスターが交替したんだと思う」
「つまり、ただの人間になった、ということか」
「だな」
さて、母娘、どちらがダンジョンマスターになったのだろうか。
俺としてはどっちもあり得ると思っている。
母親がダンジョンマスターになるというのは、娘、つまり美晴をそのまま高校に通わせ、進学なりなんなりさせて普通の人生を歩ませるパターンだろうな。生活面、要は金銭的なところはダンジョンポイントを換金すればいいだけだしな。
そして娘の方がダンジョンマスターになるという場合はどうかというと、勝手な偏見だが、母親よりはダンジョン運営という奴を現実的にこなせるだろう、という判断に基づいた選択だろうな。ダンジョン運営って、どことなくゲームっぽいところがあるからな。そして、ダンジョンコア周辺を整えてやればモンスターに襲われる危険もなく、普通に生活することができる。もちろん、大学に進んで就職して、なんて苦労をしなくてもいい。
ダンジョンに永久就職って奴だな。
そして、どちらの場合でもユキトの奪還にとりかかる可能性は……高い。
ダンジョンマスターをしていた間、生活面ではほとんど何もしていないどころか、金すら入れていないクズだったろうが、それでも家族。
改めて関係の再構築というか、家族としてもう一度やり直すとか、そういうことも考えたっていいだろう。
だからそう、ああやって転移してくるのだって想定内だ。
「うおおおおっ!」
「娘の方か」
どうやら娘がダンジョンマスターになるという選択をしたようで、割とどこにでもいる高校生が浅黒い肌で角――やや短め――を生やした感じにイメチェンして拳を振りかぶってきた。うん、イメチェンしすぎだな。あと、こっちには防具があるぞ。
「ユキトバリア!」
「?!」
ダンジョンマスターでなくなったせいで回復しなくなり、気を失ったユキトを掲げてやると、急ブレーキ。かろうじて殴るのは止められたようだが、その隙を見逃す俺じゃない。
「じゃあな……っと、また連絡する!」
「お、おう!」
家族に軽く別れを告げ、全力で離脱。とにかくダンジョンを出よう。少なくとも地の利はあちらにあるわけだし。
「待ちなさい!」
「待てと言われて待った奴って、いないよな?」
「うるさい!とにかく待ちなさい!」
「やなこった」
ダンジョンマスターになると性格変わるのかな?俺の場合は龍神になっちゃったから、性格というか価値観がガラッと変わった自覚はあるが。
それはともかく、なりたてダンジョンマスターの猛追をどうにかかわして、外へ飛び出す。あの格好で外に出るのは抵抗があってあきらめるかなと期待したんだが、残念ながらそんなことはなく、お構いなしについてきた。
「うおおおおおっ!」
「っとぉ!」
俺はそのまま空へ。全身が光って目立つが、やむを得まい。復讐の総仕上げとして、少々派手でもいいかなと思うし。
美晴も俺に追いつこうとジャンプしてきたが、残念ながら空を飛ぶ能力は獲得していないらしく、ある程度の高さ――それでも都庁の高さくらいには到達したのでなかなかのもんだと思う――で、落下していく。
「絶対!絶対に逃がさない!追いついてみせる!」
「……ご自由に」




