(7)
「ん……」
硬い岩の上に直接寝ていたので少し体が痛い……気がするだけですっきりと目が覚めた。
ダンジョンコアの機能で確認すると今の時刻は……俺がダンジョンに入って三日後の午前三時頃。寝ていたのはせいぜい三、四時間かな。ダンジョンポイントを見ると三十万ほど貯まっている。コアを移動して正解だ。
さて、それでは俺の生活空間を整えようか。
岩むき出しの殺風景なところにダンジョンポイントをつぎ込んで部屋を作り、内装を整えていく。
驚いたのは窓を作ると外――綺麗な草原が広がっていた――が見えると言うこと。風が吹き抜け、日の光が差し込むという、実に健康的な……となる予定だったのだが、外があいにく土砂降りの雨だったので、窓を閉めた。どうやら外の天気と連動しているらしい。
面白いのはこの窓、ダンジョンの外からは一切認識できないということ。外であって外でない、という不思議な物だった。
つまり、俺が窓から飛び出してもダンジョンの外に転がり出るわけではなく、部屋の外の、外だけどダンジョンの中という不思議なところに出るだけ。どこまで広がっているのか確かめてみたいが、戻ってこられないとヤバそうなのでやめておく。
ああでもない、こうでもないとやっているとキリがない。言うなれば無限にお金が湧いてくるのでいくらでも自由な間取りが出来る家。しかも、即時完成するし、即時撤去も出来るから「何となくイメージが違う」となったらすぐにやり直せる。キリがないのも当然か。
程々にして切り上げて終了する。気になるところはまた後で直していけばいいや。
こうして完成した室内はちょっと豪華な平屋建て風。フローリングだけでなく畳敷きの和室も用意。
でかい風呂も作った。雨が降ることもあるから屋根を付けているが、周囲に日本庭園の見える露天風呂。温泉でなく、ただのお湯というのが少し残念だけどな。
「ふう、いい湯だった」
血と泥まみれだったのを洗い流して、これまたダンジョンポイントで購入した服に袖を通す。はっきり言うが、俺にファッションセンスはないと思う。仕方ないだろ?高校卒業後、働きながら大学に通ってたんだぜ?普段着の用意で精一杯の生活をしていた人間にファッションなんて余裕はないんだ。
とりあえずダンジョンポイントを使って目立ちすぎない程度の服――全身ユ○クロだ――を選んで鏡の前でチェック。つか、自分の姿を見るのはこれが初めてだ。
「ま、悪くは無いな」
服装が囚人服を少しいじった程度のクライム用の服から、平凡な一般人になったのを確認しながら全身を鏡で見る。
身長が縮んで、百五十センチ程度になった。全体的に細身だが体型的には目立つところはあまりない。
だが……まず、顔立ち。辰神さんの影響を受けているから人間離れしているというのは間違いないんだろう。中性的ではあるが、街で聞いたら全員が美少女と答えそうな顔だ。街を歩いていたらナンパ、スカウトされるか、逆に距離を置かれるか。ちなみに俺だったら絶対に声をかけないな。
そして、髪。見事と言うしか無い銀髪。たてがみの色を反映しているのだろう。目立つポイント二つ目。
そして目。瞳が金色。これも辰神さんの瞳と同じだな。
とどめに頭。金色の角が生えている。十センチほどであまり長くないが、あの辰神さんに生えていたのと同じような形の角が。
体全体で言うと両手足と背中に空色の鱗があることを確認。そして腹側は……なんかのっぺりした感じで、上から下までストン。ヘソは無し。で、そのままスルリと下まで……一応、あるべき物はある。俺のサイズのままで。あとは、短いけど尻尾が生えている。だが、頭髪以外に体毛と呼べそうな物が見当たらず、ツルリとした感じ。何て言うか、マネキンに鱗を貼り付けたような姿。これ、ダンジョンマスターだからだろうか?ついでに見た目がやや女性よりなのは辰神さんが雌だったからだろうか?
「ともあれ、コレで外に出るのは色々アウト」
さて、対策を考えよう。
ダンジョンコアの機能として、ダンジョン内に配置するアイテムの購入機能がある。
ずらり並んだアイテムの中からダンジョンポイントを消費して購入するのだが、俺が着ている服のようにそこらの店でも買えるような物はすぐに手元に現れるが、そうでないもの、つまり特殊なアイテムなんかはダンジョン内に配置しなければならない。そして、ダンジョン内に配置すると、宝箱として設置される。購入時にオプションとして罠追加があり、宝箱を開けようとすると刃物が出たり、開けた瞬間に毒ガスを噴霧したりするのだが、今回は省略。オプションも無料ではないし、今回は意味が無い。
アイテムとして購入できるのは薬草や、ポーションに剣や杖と言った、いかにもな物、ミスリルやオリハルコンと言った定番素材の他、魔法を習得できる巻物なんてのもある。
その中から今回は、幻覚魔法を覚えられるスクロールを購入。
配置場所は、私室を出てすぐの場所を指定。「設置完了しました」の表示が出たので、ドアを開けて外に出て宝箱を開ける。何か、通販の置き配みたいだな、と苦笑いしながら。
スクロールを取り出してしばらくすると宝箱は煙のように消えてしまう。昔、両親から聞かされたときは不思議だなと思ったのだが、アイテムに付随するただのガワだと理解した今は、自然なことだと思えるようになった。ダンジョン、と言う時点でいろいろとおかしいのだから、そういう理解でいいだろう。
部屋に戻ると、早速スクロールを広げる。
「魔法習得」
スクロールに書かれた謎の文字が光って宙に浮かび、くるくると回ると体の中に吸い込まれていった。これがスクロールによる魔法習得。
習得してしまうとスクロールは何も書かれていない古びた紙。魔法的機能も残ってないので、ただの燃えるゴミ。くしゃくしゃと丸めてゴミ箱に放り込み、鏡の前に立つ。
「幻覚魔法で、自分自身を変化させる……と」
顔立ちは、中学生の頃クラスにいたあまり目立たなかった友人の顔をなんとか思い出して再現。目の色は勿論黒。髪は濃いめの茶色に。そして角は……見えなくした。
「おお、不思議な感じだ」
この、見えなくするというのが幻覚魔法が、幻覚と言われる所以。
手で角があったところに触れても、手が角に触れた感触は無い。つまり、「見えない物に触れることは出来ない」という幻覚を引き起こしているのだ。逆に角に手が触れてその感触が頭に伝わってくるのでちょっと混乱するが、自分で角に触れると言うときだけなので問題は無いだろう。
試しに色々といじってみたが、身長を伸ばしたりするとさすがに違和感が出る。自分の頭の上に頭が有るし、手足の位置も変わる。身長を伸ばしたときには歩き方に注意しないと妙に歩幅の小さい人になってしまうな。あとは声質も変えられた。声を変えられないとなかなか面倒なのでコレはありがたい。
確認を終えたところで、野暮ったいグレーのパーカーを着込み、フードを被る。このフードの縫製がちょっと変わっていて、左右に少し張り出したデザインになっているので、角の部分がいい感じにカモフラージュされている。
仕上がりを鏡の前で何度も確認。
「よし、外に出よう」
声がいかにもアニメキャラっぽい感じだが、幻覚魔法を忘れずに使えば大丈夫だろ。