山中の小さな湖
第7章 山中の小さな湖
カワウソは1頭で歩き続け、夜が明ける前に湿原の端に隣接する樹木が茂った渓谷に隠れ家を探しました。
岩にある窪みは、乾いた寝床を提供してくれることや、それ以上にその快適な環境のため、彼のお気に入りの巣穴の1つでした。人里離れた場所、薄暗いこと、滝の音、そして池の喧騒、それら全てが内気な動物を喜ばせました。そして彼は、泡立つ水のほとりの岩棚がとても気に入ったので、アナグマが大地に向かうように、若い流浪民は何度もそこに戻り、ついには放浪者としての本能が彼のいつもらしくない行為に対してあらがい始め、新しい棲家を探すよう彼を促しました。日が経つにつれ、「彷徨え、彷徨え」と繰り返す声がますます強くなって行きました。「ここに留まれ、我が子よ、ここに留まれ」と渓谷の精霊が答えました。そしてしばらくの間、ほんの少しの間、彼はそこに留まることに決めました。しかし、彼の短い滞在が終わる前に、その池は狩られた雄鹿に見つけられ、大混乱と化しました。
ローン・ターンの麓を回った後、枝角のあるその獣が渓谷に向かったのは、単なる偶然ではありませんでした。そこで彼は初めて光を見ました。彼の人生の初期の数週間は、カワウソの足跡が続くシダが生えている空き地で過ごしました。そして彼の母親は、斑らの子鹿である彼を、カワウソの池の浅瀬で水を飲むために急な岸辺に連れて行ったものでした。あれから4年が経っていました。しかし、薄暗く人里離れた谷と高い滝の麓にある池の記憶はまだ彼の心の中に鮮明に残っていました。そして彼は、悲歎にくれ、疲れた足取りでそこに向かいました。森の険しい場所を越えた後、彼は白樺の幹の間を縫って進みました。そして渓谷の下端から入り、日陰の水面に沿って上へ上へと進み、カワウソの巣穴の反対側に来ました。そこでは水に使った岩が足場になっていました。彼が浅瀬を荒々しく駆け抜けると、寝ていたカワウソはびっくりして叩き起こされました。しかしカワウソは、追っ手の叫び声が耳に入るまで、この奇妙な生き物の苦境の原因が分かりませんでした。その叫び声はますます大きくなり、すべての猟犬が池に飛び込み、そこを泳ぎ、耳をつんざくような騒音で獲物にほえたてました。騒音が最高潮に達している間、カワウソは水に滑り込み、何度もこっそり逃げだそうと思いました。しかし、彼が踏みとどまったのは幸いでした。丁度その雄鹿が窮地を脱し、犬の群れを引きつけて川を下って行ったからでした。
その後、無慈悲にも追い出された池には静けさが戻りましたが、カワウソに平和は帰って来ませんでした。peel(訳注:魚の一種)が飛び跳ね、猟犬が群がっていた場所でマスが水面に戻り、頭上でハトが「ホーホー」と鳴き、リスが降りてきて水を飲み始めましたが、カワウソはまだ動揺していました。巣穴に対する信頼は消え失せ、彼は巣穴を離れて、苔とシダの香りをかき消し、川の甘くて新鮮な息を毒する、猟犬の汚れた匂いから逃れるために、夕暮れを待ち望みました。彼は夜が落ちるのを待池ませんでした。彼が出発した時、梢の間を淡い日が照らし出し、彼が湿原に出た時、空はまだ夕日の残火で赤く輝いていました。はるか前方には、まだ訪れたことのない、見慣れた孤独な丘の輪郭が浮かんでいました。そして今、ついに彼は、頂上まで脈上に走る小川を辿ることを決心し、そこには、渓谷が寄せ付けないでいた隠れ場所を見つけました。
彼はヒースと沼地の上を早いペースで進み、芝の山を1ファーロング(訳注:8分の1マイル)ほど越えたところで突然停止しました。彼は裏道で何か不審な音を感じたらしく、突然頭をそっちに向けました。しかし、何もなかったので、この時点で急流の川の上に高く上がっている土手に沿って小走りを再開しました。すぐに彼は母親が連れて行ってくれた支流に来ました。そして、「湿地帯の池(Moor Poor)」を泳いで対岸に渡り、丘のふもとにある荒れた「キーブ(Kieve)、訳注:薮か何かの隠れ家」にやって来ました。まるで猟犬の記憶に取り憑かれているかのように、彼は再び星空の下に広がる黒い荒野を振り返りました。しかし、長い間見つめた後、敵が彼の跡を追わなかったことに満足し、彼はマスを探して池に滑り込みました。そして、魚を2匹獲らえ、頭上に暗く寂しげにそびえ立つ大きな円錐形の山を登る前の、慌ただしい夕食になりました。彼は、真っ逆さまに流れる荒々しい流れに常に身を寄せ、滝の奔流と滝に接する岩を這うようにしてよじ登りました。彼の鼻孔は、遥か上空の水辺の香りを捉え、そこに到達したいという熱意でペースを倍増し、すぐに頂上に達しました。そこで彼は自分が山中の小さな湖の前にいることに気づきました。その小さな湖は、それを取り囲む奇妙に対照的な岸辺と同じくらい人を寄せ付けない様相を呈しており、その水面は切り立った岩と灰色の砂利の浜の間で陰鬱で単調な風情で横たわっていました。水面より上に頭をもたげる小島もありませんでした。渚に漂流物が成す棚状の線もありませんでした。放浪者は砂利浜にやって来ました。そして水の匂いを嗅いだ後、彼は浜の端に沿ってゆっくりと歩きました。すぐに、それまで岩だらけの岬に隠れていた小さな葦床が現れました。この発見を嬉しく思い、彼はペースを上げ、獲物の気配を見逃さず、小さな湖を観察し続けました。彼の鼻は何の手掛かりも嗅ぎ当てることが出来ず、浅瀬に立つ波、水しぶき、さらにはさざなみ、水の切れ目(break of water)があれば、ヒレを持った住民の存在を示しますが、水面からは何の手がかりも得られませんでした。1羽の野鳥も、1匹の動物もいませんでした。しかし、彼が湖を一周している途中、湖の一番奥に、巨大なパイクの骸骨が横たわっていました。背骨は石の間の隙間に落ちていましたが、開いた顎に歯が生えている漂白された頭蓋骨は、この荒れ果てた湖岸で最も目立つ物体でした。しかし、彼にとって乾いた骨は、新たに昇る月以上の興味はありませんでした。彼はそのまま通り過ぎ、岩をよじ登って葦原へ向かい、そこですぐに翌日過ごすための寝椅子(couch)の準備に取り掛かかりました。異常な騒音で高所の巣にいるノスリが目を覚ましました。そして、カワウソが茎を踏みつけるのをやめて水に入るまで、彼を起こさせ続けました。それから彼は翼の上に頭を下げ、再び眠りに落ちました。
一方、カワウソは、その長い背中を水面と同じ高さにして、ほとんど波紋を立てずに、入江にある岬(horn)に向かって泳ぎました。目的地にやって来ると、彼は潜り、くぼみや出っ張りを探索し始めました。崖の麓にある隠れ場所で、彼が調査しなかったものはありませんでした。しかし、魚は一匹も見つかりませんでした。氾濫によって出来たガラス質の表面に到達すると、彼は手足を広げて大の字になり、滝の縁に向かって次第に速く漂っていき、ついには誰も彼を助けることは出来ないように思えました。しかし、崖縁まで1、2フィート以内の所で彼は突然方向転換し、素早く漕いで脱出して浜から数ヤード以内に到達しました。それから彼は再び潜り、浅瀬と湖底の間を探索しました。この領域にも、崖の下と同様に魚がいないことが判明しました。それで彼は湖の一番奥で上陸し、毛皮を振て水を切り、小石の上を転がり、パイクの頭蓋骨を捕まえ、それを石の上に放り投げました。それはガラガラという音を立てて転がり、彼はそれを追いかけました。その不気味な玩具は彼を楽しませるのに役立ちました。そして彼は子猫がボールで遊ぶのと同じようにそれで遊びました。
先人達にそれほど悪態をつかれた魚の骸骨はありませんでした。彼の巨体と恐るべき顎に驚いた何匹ものカワウソ達が、彼に飛び掛かるのを尻込みしました。この子カワウソの父親でさえ、小さな湾を震わせるほどの争いの後、岩にたどり着き命からがら逃げ出したことを喜びました。しかし、飢餓は、敵が影響を及ぼせないものに影響を及ぼしました。それは、カワウソ、サギ、鵜、カワカマス自身の荒廃によって引き起こされた飢餓であり、葦の湾の怪物だけが残るまで、魚を一匹ずつ減らしました。体力が続く間、彼は狂おしいほどの飢えを満たすために獲物を求めて荒廃した領域を毎日巡回しました。衰弱が増すにつれ、鼓動は弱まり、ある日、ほんの短い航海の後、葦の間にじっとしているのが精一杯でした。彼は死が彼を襲うまでそこに留まりました。オリーブと金のマーブル模様がまだ美しい、彼の骨と皮となった死骸は水面に浮かび上がり、西風がそれを漂流させました。そこでは彼が生きている間は恐怖であったものが、今ではカワウソの玩具になりました。
しかし、カワウソはすぐに頭蓋骨をいじるのに飽きて見つけた場所に放置し、岩に沿って、湖からほぼ切り立った断崖がそびえ立つ場所に向かい、崖の表面を調べ始めました。彼はテンのように確かな足取りをしており、場所によっては足場がほとんどない幅の狭い岩棚から岩棚へと降りていく時にも、一度も滑ったりつまずいたりしませんでした。彼は3度下り、丘の中腹を流れ落ちる水のように岩棚から岩棚へと飛び移りました。しかし、水の流れとは違って、着地時に弾力性のある足が岩にぶつかるくぐもった音を除いて、彼は音もなく跳ね降りました。最後に彼は水に飛び込み、出口の側面にある岩のそばまで長く泳いた後浮上し、頂上に登り、全身を伸ばして横たわりました。水を切ってない彼の毛皮から水が流れ出し、月明かりの中で滑らかで眩しく輝きました。下方には広大な平原があり、その中を川が曲がりくねって流れていました。彼はそれを眺めながら休息しました。しかしすぐに、この絶えず動き回っていないと気が済まない生き物は立ち上がり、再び湖の中に飛び込み、水面で、そして主に計り知れない深さから湧き出る流れの中ではしゃぎ回りました。そして、月が沈み、星がほぼ青白くなった時、彼は遊ぶのを辞めて、自分の寝ぐらに向かって泳ぎました。そこに向かう途中、自分が一人であることを忘れて、彼は夜明けの叫び声を上げました。やがて目的地の葦原に到着しました。夕闇の光の中で、ノスリが荒野へ向かって翼を広げて羽ばたいていると、体を丸めて肉球を口に咥えているカワウソが見えました。側腹部をゆっくりと規則正しく上がったり下がったりさせ、眠っていました。
しかし、出口の近くでざわめいているのは何の生き物でしょうか?きっと他の野生生物が丘の頂上の根源的な孤独を共有するためにやって来たに違いありません。しかし、その動きは四つ足動物の動きではありません。もしかして、それは・・・そんなことがあるのでしょうか?そうです、それは人間でした。彼は今、岩を避けて、流れを渡って進んでいます。今、彼は着上陸しました、そして見て下さい、彼がいかに岸辺を急いでいるかを見て下さい。そして突然、彼は頂上で地面に倒れ込みました!こんな時間に、この孤独な場所で、なんという奇妙な行為!彼はおそらく仲間たちから追放されたに違いなく、おそらく顔色と叫び声から逃亡者であり、発見されることを恐れているに違いありません。
そうではありませんでした。この男は鹿の森からやってきた鹿猟師の助手(harbourer)のグリルスでした。しかし、今朝彼をここに引き付けたのは鹿ではなくカワウソであり、ここを調べたいという熱意で彼は急いでやって来ました。目に双眼鏡を当て、左手の支流の流れを辿り、川の近くの隠れ家に向かうカワウソの姿を期待して探しました。夜明けのぼんやりした光の中、灰色の岩の上で彼は岸辺を注意深く観察し続けました。「くそ、いやしねえ」と彼は双眼鏡を西方の湿原をジグザグに横切る支流に向けながら呟きました。しかし、彼の期待は大きかったので、もし巣穴に向かって急ぐ、長く暗色の生き物を垣間見ることが出来れば、彼の喜びは大きいでしょう。湿地帯の流域まで彼は狭まる流れをたどり、ダイシャクシギが住む荒地の中にある池を見渡し、それから素早い動きで、すでに明瞭な光の中にある隠れ家の方角に双眼鏡の向きを変えました。その隠れ家が彼を非常に強く引き付けたので、そのあたりの近辺を非常に注意深く調べました。彼が昔カワウソが入り込んだ兆候を見つけたのはそこでした。その時の狩の記憶が、新たな獲物を見つける期待を抱かせ、毎年丘の頂上に彼を引き寄せました。彼は何度も最初に1つの流れを調査し、次に別の流れを調査しましたが、結果は得られませんでした。それから彼は丘のふもとから「荒地の池(Moor Pool)」までの川を急いで調べました。そこに間も無く猟犬達が集まることになっていました。
「動くものは何もねえ。日が暮れちまうわ。双眼鏡なんかしまっちまえ」
すぐに、天空に群がる綿毛のような雲がバラ色に染まり、池と小川が夜明けの光を捉え、湖面には花が咲いたアーモンドの木立のような反射光が輝きました。そして、深紅の縞の下から太陽が現れました。それを見てグリルスは双眼鏡をポケットに戻しました。そして、寒くなったので飛び起き、体を温めるために大きな入江の縁を早足で上がったり降りたりしました。
もし彼がカワウソを見つけたならば、猟犬を待ちながらあちこち歩き回ったり、見つかると期待している場所の方を時々見下ろしたりするのではなく、直ちに湿原を渡って領主に会い、報告したでしょう。この頃にはすでに完全に夜は明け、川と支流が金色の糸のように紫色の湿原を横切って伸びていました。
「いい朝だ、ああ!カワウソさえ見つけられたらなあ!」
狩がいかに不確実なものであるかが彼の頭をよぎり、彼はため息をつきました。
「もしも!いや待てよ、もしものことなん考えても無駄だ。最善の結果を期待して待つしかねえわ」
突然、鹿漁師の助手は立ち止まり、目を中央に寄せながら、時折視線を向けていたそこにだけ生えている松の群生の方をしっかりと見つめました。
「やっとあいつらが来た、かなりの数が奴らと一緒だ。おお!おお!1人、2人、3人、4人が川を上って来て、マッセイが――他の誰かであるはずがない――道を渡って来るぞ。シーズンを締めくくるに相応しい会合があるに違いねえ」
それから彼は再びヒースの上に横になり、双眼鏡を目の前に上げ、猟犬達と一緒になった一行に向けました。
「領主と牧師が来た。そうだろうな。教会の音楽と犬どもの泣き声のどっちがオイラ達の心を動かすんだろうな。『全てがこのシーズンにあるのだよ、グリルス君』か。それが彼の答えだろうよ。彼はいいやつで、牧師のくせに殺すのが大好きというお方だ。白い帽子を被ったジム先生もいるぞ。神よ!彼は37年間、ムーア・プールの大会を欠かさなかった。そうだとも、37年だ、グリルス。そしてあんたが今まさに座っているそこに、あんたは37回尻を降ろしたってわけだ。そして・・」
彼は自分の棒につけられた刻み目を数えました。
「あんたは荒地で9頭のカワウソが目の前で殺されるのを見たわけだ。所で先生と一緒にいるのは誰かな?知らんやつだ。多分大きな屋敷に泊まるのがお似合いのやつだ。おお!ブラック・ジョーディと飼育員と地主がいる、そして、トム「葦を燃やせ(バーン・ザ・リード)」が、執行吏様と一緒にいるぞ、間違いなく本人だ。洗礼式のサリー・ストラウトと同じくらい厚かましく歩いてるぞ。まあ、彼は顔が広いし、間違いない!この湖でやつはどれだけのサケを奪ったんだろうな」
こうして彼は、一行がムーア・プールに近づいている間、横たわって一人でコメントを述べていました。しかし、彼らが岸に着くやいなや、彼の態度が一変し、あたかもクサリヘビに噛まれたのように飛び上がりました。なぜなら、猟犬達はすぐにカワウソの臭跡を嗅ぎつけ、吠えたてながら川を下ったからです。
「さて、グリルス君」と彼は言いました。
「行くべきか、それとも残るべきか?それが問題だ。ここに残る?もちろん。オイラが生きてるのが確かなのと同じぐらい、あいつらはまた戻って来る、はず・・」
そして彼は、猟犬達や人間達の姿が遠くにぼやけ、そして森の中に消えるまで、じっと見つめ続けました。
「俺一体何やってんだ?俺って馬鹿じゃなかろか」
彼は双眼鏡を下げながら呟きました。
「どうしていつものように皆んなに会いに行かなかったのかなあ?オイラはドジだなあ。どうかしてるぞ、15マイルも来たのに何にもなりゃしないじゃないか!さっさと小馬に乗って家まで帰ろう。他に手立てもねえし」
彼は怒りに任せて足元の脆い岩を蹴り、それを丘の面に跳ね飛ばしました。それにも関わらず、彼は川が渓谷に落ちる場所を再び注意深く観察するまでに何秒もかからず、やがて彼はこう叫びました。
「おやおや!あれは何だ?ああ、来たぞ、来たぞ、角笛が見える、間違いねえ」
彼は完全に我を忘れ、これまでの人生で一度もやったことがないほど熱心に観察しました。
「あれは何だ、え、え?奴らだよ、奴らだよ!あいつら、ジンジー・プール(Zingey Pool)の曲がり角を越えてやがんだ」
猟犬はほとんど識別出来ませんでしたが、彼の判断は正確でした。彼らは戻って来る所で、次第にはっきり見えて来ました。
「やったぜ」と彼は歓喜の声を上げました。
「カワウソは昨夜水辺に上がってきたに違いない。そいつはどこにいるのかな」
彼はどんどんムーア・プールに近づいてくる狩の一団を追いました。彼らはそこに到達した。彼は、彼らが支流に行くのか、それとも川に留まるのか、不安で一杯でした。徒競走の列に並んでいる人のように、彼はいつでも飛び出す準備をしていました。もし彼らが川を上っていたなら、彼は猛スピードで丘を下りていたでしょう。しかし、彼らはそうしませんでした。彼らはそのまま彼の方にやって来ました。
「生まれてからこれほど幸運に恵まれたことは一度もねえぜ」
それまで打ち萎れていた顔に喜びを輝かせながら彼は言いました。やがてブラッドハウンド(訳注:大型の猟犬)のような低い吠え声が彼の耳に届いて来ました。
「なんというムージック(音楽)!なんとワイルドで野蛮で壮大なムージック!それになんと素晴らしい光景だ!領主様は私の靴に金貨を入れてくれるにちげえねえ」
鹿漁師の助手は一瞬たりとも群れから視線をそらしませんでした。
「可愛いワンこ、可愛いワンこ」
猟犬達が時々列を乱しては戻る度に彼は言いました。
「あいつら急いで移動してる。俺もそろそろ降る時間だ。Kieve(訳注:何かの隠れ家)の中にカワウソがいる方に1グロート硬貨賭けるぞ」
彼は弾みをつけて出発し、排水路を辿り、ノスリが時々荒野を眺めていた大きな丸岩にやって来ました。その時、驚いたことに、ドズマリーとチューンフルがちょうど丘を登り始めた所でした。
「湖の周囲にはいねえ!あいつらがそこで見つけたのは10年前だ。しかし、あいつらはここにいる。間違いなくここにいる」
その声には不思議な優しさがありましたが、彼の目の光は、彼がいかに動揺しているかはっきりと物語っていました。彼はしばらく彼らを観察し、群れ全体を見渡し、それから自分の足跡を辿って戻り始めました。そして、たくましい足で急勾配を急いで登っていったのですが、彼が頂上に到達した時、すでに猟犬は彼を追い越していました。興奮で震えながら、彼は川に沿って流れるように進んでくる彼らを見つめながら、しばらくの間立ち止まりました。それから彼は彼らの後を追って駆けて行きました。
狩の集団が湖の端を回って岩に向かって進んでいた間に彼は20ヤードほど進んでいました。その時雷鳴のような音楽が発見を告げ、彼は大股で走り始めました。間もなく、先頭の猟犬たちの白と黄褐色の頭が見えてきて、ポイントを回り始めました。彼は犬達にたった一度目を向けました。それから彼の目はすべてカワウソに注がれました。彼が犬の群れの前で水面を眺めている間、カワウソは立ち上がって首を振り、追っ手が数メートル以内に近づくまで休み、背中と尾を見せて潜りました。
「まあ、落ち着きなさい、大将」
鹿猟師の助手は大喜びで言いました。そして、猟犬が泳ぎながら匂いをなめているのを観察すると、
「あいつら、舌で味わってやがる」
彼の口からその言葉が出かかった時、彼から数メートル以内の所にカワウソが浮上しました。彼が興奮して「タリホー!」と叫ぶと天まで届くような歓声が上がりました。
領主は、良く響き渡る叫び声を聞いたと思っていました。しかし、それはどうであれ、彼が頂上に姿を現すまでには、たっぷり30分も経っていました。その時までに、カワウソは猟犬の群れの間からすり抜け、鹿猟師の助手は何が起こったのか不思議に思っていました。領主が排水路の近くにやって来た時、彼は葦原の間にいて岩の間に隠れていました。しかし、犬の群れを元気づける彼の叫び声で彼の居場所がわかってしまい、領主は湖の向こう側から彼に呼びかけました。
「お前、カワウソを見たか?」
「へい旦那、何度も見ました。しかし、奴はどこかに行ってしまいやした」
猟犬たちは主人の声を聞いて顔を上げました。そして主人が、
「探せ!奴を探せ!ぐずぐずするな坊や達!」
と叫ぶと、犬達はあわただしく歩き回り、まるでカワウソがそこにいるかのように、崖のふもとに沿って探し回りました。そしてすぐに彼らは見つけましたが、そこは猟犬もテリアも獲物に到達できない場所でした。一番近くにいた医師はすぐに猟犬が騒いでいる場所へ向かいました。そして岩棚の上に横たわり、彼が持っていた竿を使って獲物を隠れ家から追い出すことに成功した。こうして唯一の避難場所を追われたカワウソは休むことが出来ませんでした。犬達にしっかり匂いを見つけられたので、かられる動物の唯一のチャンスは追っ手を疲れさせることでした。彼の忍耐力はすごいものでした。3時間以上もあちこちに潜り、一度も陸に上がりませんでした。しかし全ては無駄でした。犬の群れは疲れる気配を見せませんでした。
ついに、必死の思いで、彼は滝を乗り越えて下の池に滑り込み、隠れ場所を探しながら川を下りました。すぐに彼は鹿猟師の助手が猟犬を監視していた岩に到達し、その根元にある裂け目を見つけ、狭い開口部を泳いで通って中の空洞へ入り込みました。追っ手の叫び声を聞いたとき、彼はかろうじてその中に落ち着きました。そして1分後、激怒した犬達が彼の避難場所の入り口で咆哮を上げました。領主と追随者たちが丘を駆け降りてやって来ました。そして猟犬係が猟犬を呼び止めることに成功すると、テリアのヴェノムがカワウソを追い出すために送り込まれました。
「奴はすぐに出てくるさ」
と、自分の価値を知っている青いガージーを着た男が言いました。しかし、テリアはタフで闘志に溢れていましたが、カワウソも負けず劣らずでした。領主はそう思ったに違いなく、ヴィックを助けに行かせることにしました。彼女が解放されるとすぐに、熱心で小さな犬は通路に沿って甲高い声をあ上げながら泳ぎ、戦いに加わりました。しかし、狭い部屋のせいで、彼女は仲間を助けるどころか、彼の邪魔をしてしまいました。カワウソの尾の先が一瞬見えた瞬間、興奮は最高潮に達しました。しかし、その後はテリアもカワウソも、その毛すら一本も見えない長い時間が続きました。
「あいちらでは駄目みたいですがな、旦那」木こりが思い切って言いました。
「あいちを水攻めで追ん出すってのは如何でやんしょ?水ならたっぷりありますけえ」
「水攻めね。気が進まんが、やってみるか。あのワン公達は十分やった。もし呼び戻せるのなら、そうしたまえ」
木こりはチャンスを見て、ヴィックを一気に引き出し、しばらくしてヴェノムを引き出しました。どちらもひどく傷を負っていました。彼らの傷を見て領主は激怒し、すぐに叫びました。
「さて、諸君、ダムを作ろう、しょぼくれてないで元気を出そう。あのカワウソの命はせいぜいあと一時間だ」
全員が仕事に取り掛かりました。猟犬の世話に精いっぱいの猟犬係を除いて、全員が手を貸しました。大きな石を持ってくる者もいれば、ヒースを抱えて持ってくる者、岩から剥ぎ取った石材を持ってくる者もいる一方で、ジプシーのジョーディ、牧師、粉屋、水道執行官がダムを建設しました。彼らの熱心な作業の結果、壁は池の尾部を横切って着実に上昇していきました。そしてやがて、溜め込まれた流れが岩の表面を少しずつ這い上がり始めました。30分ほどで巣穴の入り口は覆われました。カワウソに休息場所を提供していた石も間もなく覆われました。そのため、カワウソは、頭を水上に保つために前足を壁に押し付けざるを得なくなりました。それでも水位は上昇し、閉じ込められた空気がなければ空洞は水で満たされ、カワウソは立ち去って野外で運命を迎えることを余儀なくされたでしょう。しかし、空間は狭くなったものの、水と天井の間にはわずかな隙間ができ、カワウソはまだそこの空気を呼吸することが出来ました。
一方、ダムの男たちは川の流れをせき止めるために全力を尽くしていました。そしてやがて、彼らの必死の努力にもかかわらず、水を堰き止めていた障害物が水に打ち負かされ、構造物全体が轟音を立てて丘を駆け下って行きました。
「気にしることはございましぇんよ、旦那。カワウソはとっくに溺れてっから」
「多分な。お前、手を入れて引っ張り出してみるか?」
「はあ、丁重にお断りしますだ」と粉屋は答え、群衆から大きな笑い声が起きました。
「ジョーディがその仕事にピッタリでさあ」
「いいすよ、親方」とジプシーは言いました。
彼はためらうことなく岩に近づき、水の中にひざまずき、手を腕いっぱいまで差し込み、盲滅法内部を探り始めました。彼が3つの角を探って右の角に到達したとき、カワウソが彼の親指の腹に噛み付きました。半分見物人に向けられていた彼の顔は、彼が感じていた痛みを的確に表していました。木こりが叫びました。
「どうした?ジョーディ?」
「よくわかんねえが」ジョーディは答えました。「奴に食い付かれたみてえだ」
彼はゆっくりと、抵抗する生き物を開口部に向かって引き寄せました。しかし、光が当たる所まで来るととそれは男を解放し、男は立ち上がることが出来ました。
「ひどい傷だよ、ジョーディ」
領主は、血を流している彼の手のひらにソブリン金貨の半分を置きながら言いました。
「ありがとうごぜえやす。こんなのオイラにとっちゃ大したことないでよ。もしよろしければもう一度試してみますがな、親方」
「ノー、ノー、それには及ばん。このカワウソは生きるに値する。彼は次のシーズンのために生かしておこう。また会えることを楽しみにしよう」
彼が最善の努力を注いだにも関わらずそれを妨げた狩猟獣が、田舎の話題になり、彼を失望させ、彼の計画を挫折させることになるとは夢にも思いませんでした。