霜と飢餓
第9章 霜と飢餓
子供達が生まれた夜の後、雄カワウソは元の巣穴(hover)に戻り、日中はそこから水に滑り込むことが出来ました。そして、誰にも見られることなく、雌カワウソの体力の消耗を補うために必要な魚を捕まえました。彼が獲った魚を巣の近くに毎回置いているうちに、葦原の中に小道が出来上がり、小さな母親は夜になるとその道を通って海に行くことが出来ました。そして彼と一緒に、いつもより豊富にいる魚を獲りました。秋の渡り以来、ウナギは確かに不足していましたが、カワカマス、テンチ(tench、訳註:コイの一種)、ブリーム(bream、訳註:コイの一種)は豊富にいました。カワウソ達は主にこれらを食べました。しかし時々海で魚を獲り、沿岸水域で見つかったスケトウダラ、カレイ、アナゴ、貝類を捕獲しました。彼らはこれ以上バラエティーに富んだ獲物を望むことは出来ませんでしたし、その供給はほぼ無尽蔵であるように思えました。
しかし間もなく、老いた沼地漁師が目撃したどんな寒さの到来をも超える厳しい寒気が、何も疑うことを知らない生き物達に襲いかかりました。子カワウソ達がまだ目が見えないうちにそれが始まり、二日目の夜、巣近くの水はカワウソの体重に耐えられるほど厚く凍り、砂州の近くの浅瀬も同様でした。雄カワウソは夕食を食べるためにそこの氷の上に上がりました。何日も経たないうちに、野鳥の群れがやって来た時、カワウソ達は喜びました。彼らは、それを飢餓の前兆とは考えず、いつも魚だけのメニューに好ましい変化が起きたと思いました。また、彼らが開けておいた呼吸穴のおかげで、霜が降りる前と同じように自由に行動することが出来たので、徐々に氷が侵食していくのを不安そうに眺めることもありませんでした。もちろん、彼らは獲物を氷のない水域に運ぶ必要がありました。しかしこの不便さは、氷の端が便利な上陸場所になったので幾らか埋め合わされました。そしてその場所はすぐに彼らの食事の残骸が点在するようになりました。さらに、大きな氷の板は、彼らが海での大騒ぎに疲れたときの遊び場として役立ち、その上で乱痴気騒ぎをやって、マガモ、ヒドリガモ、コガモの目を釘付けにしました。
分厚い毛皮に守られたこの動物達は、身を切るような寒さを満喫し、居心地の良い巣の中で寄り添っている子達は、その厳しさによる悪影響を全く受けませんでした。パイクもまたカワウソ達のように寒気を楽しみました。しかし、テンチと海に出なかったウナギはピンチを感じ、ブリームはいつもの餌場を捨てました。これらの群れる魚がどこに身を寄せているのか、カワウソ達は知りませんでしたが、ウナギとテンチは泥の中に身を埋め、捕獲するのに非常に苦労しました。さらに、不愉快なやり方ではありましたが、これらの魚はどちらも、軟泥の中を根気よく探して捕まえる必要がありました――少なくとも最初はそうでした。
その後、雑草の茎を覆っていた地面の氷が、寒さが増すにつれてどんどん広がり、ついには海の大部分の上に侵入不可能な氷の層を形成しました。これに続いて、カワウソ達が近づけない暖かい沖合の深みに海水魚が撤退することになり、少なからぬ不安を引き起こしました。
しかし数日後、呼吸穴がふさがったことで彼らは深刻に警戒し、雄カワウソは命を落としかけました。なぜなら、これまでのように自由に空気穴を開けて必要な空気を吸うことが出来なくなるとは夢にも思わなかったので、彼は躊躇することなく氷原のはるか下に狩場を求めました。そしてパイクを捕まえた後は、何も考えずに近くの空気穴まで泳ぎました。頭を一度ぶつけただけでは氷を砕くことが出来ず、彼はさらに2回続けて打撃を加えました。そして、これらが効果がないことが判明したと時、彼は自分の危険を悟り、次の空気穴に急いで行きました。彼が与えた打撃は一撃だけでした。それから彼はパイクを放し、力強い後ろ足を稲妻のような動きで蹴って氷の無い水域へと向かいました。それは命がけのレースであり、彼もそれを承知していました。彼の肺が空気を求めて激しく痛みました。次の数秒間に何度も、何時間にも思えるほどの数秒間、あり得ない安らぎを求め、口と喉を開ける寸前になりました。しかし彼は耐え、絶望的な水路を泳ぎ続け、やがて氷の屋根の下から水面に飛び上がり、冷たい空気の中で再び息を吸い込みました。彼は溺れずに済みましたが、その翌日の夜にはさらに深刻な困難に直面することになりました。
その頃、寒さは最大の強度に達しました。沼地漁師は、焚き火のそばに座って、ガチョウの鳴き声(honking)や白鳥のラッパのような鳴き声(trumpeting)――珍しい音であり、年老いた野鳥猟師にとっては快い音楽でした――を聴きながら、その厳しさを実感していました。そして彼はいつもより遅くまで焚き火のそばに留まっていました。それでも夜が明けると、彼は夜到着する鳥達を眺めるために格子窓の所にいました。驚いたことに、一匹の生き物も見えませんでした。彼は窓ガラスをこすり、目をこすり、そしてもう一度見ました。その時彼は、これまで一度も見たことがありませんでしたが、海が完全に凍っていることに気づきました。その水深、流れ、野鳥の落ち着きのない動きによって掻き乱されているにも関わらず、寒気はそれを成し遂げてしまいました。鋼のように青い氷が連なった氷原が見渡す限り広がっていました。カワウソ達は、海が氷結するのを目撃し、アヒル、ガチョウ、白鳥が羽ばたいて夜の闇の中に消えていくのを眺めていました。そして自分達が絶望的な状況に行かれているのに気づきました。そして、もし幼獣達が旅することができたなら、野鳥がしたように、すぐに湿地帯に背を向けて、田園地帯を横切り、産卵床に魚が群がる鮭のいる川に向かったでしょう。しかし、まだ子供たちは大の字になって横たわることしか出来ませんでした。そして、海と河口の間にある何マイルもの荒野を越えて彼らを運ぶこと、または海と河口を経由してそこに到達しようとすることは問題外でした。彼らには、そこに留まり、脅威となる飢餓に直面する以外に選択肢はありませんでした。
まだ彼らはまったく苦しんでいませんでした。実際、彼らは必要以上の魚を捕まえたため、彼らが去った後、ヤマキツネは彼らの残し物目当てにいつもその場所を訪れました。その中には、半分飢えた可哀想な雌キツネもいて、カワウソ達とともに、開けた水域を両側から氷がぶつかるのを目撃しました。彼女は痩せていましたが、彼女の運命はカワウソと同様でした、子供たちは完全に彼女に依存していました。寒気がすぐに収まらない限り、子供達を支えるのは不可能に思えました。
氷が閉まった翌夜、海とそれに水を供給する川から遮断され、カワウソ達は陸地に向きを変え、獲物を見つける可能性のある場所(cover)があればどこでも探しました。彼らは葦とハリエニシダの茂みの間を縫って進み、2つのコリヤナギの床の間にある草むらの地面で獲物を探し回りました。しかし、数羽のムクドリの死骸以外には何にも出会いませんでした。彼らはお腹を空かせていたにもかかわらず、その哀れな骸骨から背を向けました。次の夜、苦境に陥った生き物達は川に沿って進み、西部の湿原の中心にある孤立した農場に到着しました。そこで彼らは氷を離れ、高い土手をよじ登り、農場の壁を登って荷車小屋まで行き、そこで後ろ足で立って壁の隙間にカタツムリがいないか調べましたが、何も見つかりませんでした。そこを出ると彼らは豚小屋を避け、ハンノキの木と明かりの灯る窓の間を通り、ちょうど家の角を曲がったとき、彼らは白猫と向かい合っていることに気づきました。彼は野蛮な雄猫でしたが、戦うことなど毛頭頭にありませんでした。瞬く間に彼は2頭のカワウソを従えて逃げ出しました。雄のほうが足が速く、家の前の小さな庭を横切り、壁の隙間を通って、脇の細長い畑に沿って猫をぴったりと追い続けました。猫が突然方向を変えて数フィート稼ぐことがなかったら、彼は門に着く前に追いついたに違いありません。猫は農場の上端にある厩舎のドアの穴を通り抜けるまでリードを保ったままでした。彼は追い続けました。雌のカワウソが匂いを嗅ぎつけて庭にやって来たとき、彼らの姿が見えなくなるとすぐに、ドアの足元にある開口部から飛び込んで来ました。恐ろしい唸り声が続いて起こり、すぐに雄をすぐ後ろに従えて猫が現れ、彼の鼻が猫の毛羽立った尾に触れる寸前でした。2頭とも必死のペースで凍った糞の山を越えてハンノキの木に向かって走りました。カワウソが捕まえようとしたにもかかわらず、猫はよじ登って行きました。そして一番上の枝の間にある安全な枝に座わり、2頭のカワウソを見下ろし、その鼻孔からは蒸気の噴流のように息が吹き出しました。その時、ハリエニシダの茂みが燃えるように照らし出され、カワウソの目は灯りの出所の窓に引き寄せられました。そして人影が窓の日よけに現れた時、彼らはこっそり立ち去り、農場の境界まで粗雑な荷馬車の道をたどりました。そして、リッデンズ(Liddens)の方向に向かって、荒野を真っ直ぐに横切りました。
激しい風が荒れ地に吹き荒れていましたが、彼らはその風に耐え、凍った池を渡り、海へ向かいました。そこに到着すると、雌カワウソは真っすぐ巣穴に向かいました。そこで彼女は飢えの恐怖に圧倒されて横たわっていましたが、やがて疲労が打ち勝ち、乳を与えられなかった子カワウソ達の訴えも耳に届かなくなりました。夕暮れ時、彼女と連れは海岸沿いで餌を探し、数匹のカサガイを見つけました。彼らはそれを食べて、供給がなくなるまで自分達と赤ちゃんを飢えから守ることが出来ました。それから小さな母親は、極限状態に追い込まれ、海藻で飢えの苦しみを和らげました。
親と子を消耗させた飢餓に、今度は、この無法者の生物に対する最も危険な敵、雪が加わりました。それはある朝、彼らが青空寝椅子(couch)を探していた時に降り始め、沼地とその周囲の丘の上に分厚い覆いが敷かれるまで止まりませんでした。その夜、カワウソ達は再び海岸に沿って餌を探しましたが、さらに数匹のカサガイと、荒屋(clitter)の後ろの洞窟にまだ滴り落ちている水路からの少量の水以外は、何も口を通過しませんでした。それでも、彼らは苦しみながらも、動物の縄張りを示す小道が分岐する場所の中心部の雪の上で転がったり、遊んだりしたりして、新参者達に自分たちの存在を知らせようとしました。しかし、数時間後、さらに雪が降り、足跡は消え、深い巣の中で眠っている母子の上に雪布団が敷かれました。母親の浅い眠りは、井戸の上で巻き上げ機が軋む音と、沼地猟師のアヒルの鳴き声によって破られました。しかしどちらの音も、雪による消音効果によって、小屋のはるか彼方から聞こえてくるように思えました。アヒルの鳴き声がお腹を空かせた彼女にとって非常に興味をそそられたため、彼女は実際に巣を出て、背中のアーチだけを雪の上に見せ、音のする場所に向かってこっそりと向かいました。彼女はどこまでも道を歩み、実際にアヒル小屋から銃が届く範囲まで来ました。それから彼女の勇気は砕け、彼女は自分で作った轍に沿って後退してしまいました。
彼女は夕方早くに再び歩き出し、連れと合流して岸までついて行きました。彼らが目的もなく遠くまで魚を探した後、彼女は気を取られた表情で彼に向き直りました。「今度はどこに行く?」という表情でした。答える代わりに、彼は視線を彼女の顔から小屋へと移しました。そして、少しためらった後、彼がそこに向かって進んだ時、彼女は理解し、彼の後を追いました。彼らは巣のすぐ近くを通りました。葦のカサカサ音がうるさいにもかかわらず、子供達の鳴き声が聞こえてくるほど近くでした。その哀れな叫び声を聞くと、彼女は母性本能をかき立てられ、続け様に跳躍をしてペースを速めて先頭に立ち、小屋が見えて立ち止まり、伴侶が側に来るまでそのペースを維持しました。そして、小さな監視塔のように首を上げ、鋭い目で敵の住居を偵察しました。誰も動かず、光も見えませんでした。ヒューと鳴る風が彼らには好都合でした。全てが幸運に思え、彼らはアヒル小屋に近づきました。ドアから数メートル以内で、彼らは突然立ち止まり、小屋に頭を向けました。しかし、それは謂れのない警戒でした。彼らを怖がらせた音は、セイヨウカリンの木の枝が壁をこする音でした。音の原因が分かった瞬間、彼らは前に進み、ドアの下の隙間に鼻を当てました。中から漂う鳥の匂いは、飢えた生き物たちを狂わせそうになりました。しかし、どうやって彼らを捕まえたらいいのでしょうか?おいしい獲物から彼らを隔てるのは木製の仕切りだけでしたが、それだけで十分でした。彼らはそれを噛み砕こうなどとは全く考えませんでした。下を這ったり掘ったりすることは不可能で、上部の開口部は手の届かないところにあるように見えました。それにもかかわらず、この開口部が彼らが侵入することが可能な唯一の場所でした。彼らはドアの上部につかまるために必死に試みました。雄カワウソは何度か成功しかけました。彼の爪が短くて鈍いのではなく、長くて鋭いものであったなら、彼は足場を得て、おそらく侵入出来たでしょう。しかし、彼らの無駄な試みでドアがガタガタと軋み、その騒音は恐怖に襲われたアヒルの鳴き声と共に、強風の音を聞きながら横たわっていた沼地猟師の耳にも届きました。彼は年をとって体が硬くなっていましたが、ベッドから飛び起き、格子を開け、声を張り上げて叫ぶまで一瞬の出来事でした。その音を聞くと、罪深い生き物たちは大きなコリヤナギの林の方向にこっそりと逃げて行きました。しかし、彼らの境遇はあまりにも絶望的だったので、ハリエニシダの藁の山に近づいたとき、小さな母親は立ち止まって振り返りました。彼女は沼地猟師を恐れていましたが、もし連れが許可したならアヒル小屋に戻ったでしょう。しかし、彼女が立ち止まっている間、彼は歩き続け、やがて彼女は彼を追って追いつきました。これ以上ないほど希望を失った2頭のカワウソ達は、疲れた足取りでとぼとぼと進んで行きました。彼らはどこへ向かうでしょうか?丘ではありません、ケナガイタチでさえ沼地に餌を探しに来ていました。崖でも海岸でもありません。彼らはその場所には食べるものは何もないことをよく知っていました。そして、行先の目当てさえなく、不運な生き物達は夜の闇に消えて行きました。