死を回避するために筋トレをすることにした侯爵令嬢は、学園のパーフェクトな王子さまとして男爵令嬢な美男子を慈しむ。
「きゃあ、ごめんなさい!」
背中に衝撃が走る。足を美しく見せる華奢なヒールでは、その場に踏みとどまるための接地面積が足りなかったようだ。
気がついた時には、アントニアは階段の下に叩きつけられていた。痛みを感じなかったのは不幸中の幸いだろう。ひどく狭まった視界から察するに、もはや助かりそうもない状況のようだが。
(死ぬ直前は、景色がゆっくり流れると聞いていたのですが、全然違うようですね)
すぐ近くでは、馴染みのある声が騒いでいる。学園内の高位貴族の男子学生を軒並み侍らせていることで有名な男爵令嬢ダナと、アントニアの婚約者である王太子イグネイシャスが一緒にいるらしい。
(私、嵌められたのでしょうか……)
むざむざと敵に殺されたとあれば、侯爵家の恥。家族も泣いて悔しがるに違いない。アントニアが唇を噛み締めたそのときだ。
「どうしよう。わたしのせいでアントニアさまがあ! 早く、先生を呼ばなくちゃあ」
「ああ、泣かないで。君を苦しませるなんて、アントニアには生きる価値もないな。それに先生方を呼んで変に疑われても厄介だ。しばらく様子を見ようじゃないか」
「アントニアさまは、殿下の婚約者じゃないですかあ。そんなこと言っちゃダメですよお」
必死に助けを呼ぼうとしているのはダナで、イグネイシャスは彼女の邪魔をしているようだ。
(語尾が間延びをしているせいでバカっぽく聞こえますが、あの子が話している内容は至極まっとうです)
「このままじゃ、アントニアさまが死んじゃうのにい」
「悲しんでいる君も、本当に美しいね」
「婚約者が死にそうなのに他の女口説くとかあ、気が狂ってるんじゃないですかあ」
(完全に同意します。ダナさん、まったく可哀想に)
「もうやだあ。気持ち悪いよお。脳内お花畑の変態しかいないなんて、いっそこっちが死にたいよお」
(すみません。私にもっと力があれば、あなたを救ってあげられたのに)
意識が遠退きゆく中、アントニアが最後に見たものは、後ろから王太子に羽交い締めにされて号泣するダナの姿だった。
***
「とんだ変態ではありませんか!」
絶叫とともに起き上がると、そこはアントニアの自室だった。もともとアントニアは寝言がひどい。朝早くから叫んだところで、誰かが部屋を覗きに来ることもなかった。
(あれは一体……。夢にしては具体的過ぎます)
まだアントニアは学園に入学すらしていないのだ。それなのに、学園の内部をあれほど具体的に思い描くことができるなんて。それに王太子の態度も気になった。未だ婚約者候補でしかないが、目の前で女性が死にかけているのを放置するほどのゲス野郎ではなかったはずだ。そもそも、そこまで肝が据わっていない。
とんだ悪夢だと笑い流すには、内容が重すぎた。もともとアントニアは自身の直感を信じている。野生の勘とでも言うのだろうか。それが、この件から逃げるなと伝えてくるのだ。
(わざと階段から落とされたということでしょうか? それにしては、ダナさんという女子生徒は普通に焦っていたみたいでした。彼女は口調以外は常識的で、頭が沸いていたのは王太子殿下を始めとする男性陣なのかもしれませんね)
ふむ、とアントニアは考えた。どうやら夢の中の少女は、自ら進んで男性陣に取り入っているわけではないらしい。彼女はイグネイシャスを拒絶していた。もしも他の男性陣もまた王太子のように彼女に無理矢理つきまとっていたのだとしたら……。
(彼女の言うとおり、生き地獄に違いありません)
あの状況ではダナの分が悪すぎた。身分的に歯向かうこともできず、力は言うに及ばない。ダナの喋り方もまた、彼女の行動を男に媚びたものに見せていただろう。そしてアントニアは結論付けた。
「そうです、私とダナさんを守れるように筋肉を鍛えましょう!」
そもそも夢の中の自分が階段下に落下することがなければ、ダナにあんな顔をさせなくて済んだのだ。己の体力不足をアントニアは恥じる。
「お父さまに頼んで稽古をつけてもらえば完璧です」
代々騎士を輩出している侯爵家の末娘アントニア。彼女もまた、家族同様に脳筋の傾向にあった。
「守りたいひとができたのです」
歴戦の猛者である父親に頭を下げれば、彼は鷹揚にうなずいた。
「それは、王太子殿下のことか」
「いいえ、違います」
「我が娘は王太子妃にもなることのできる人間だと信じているが、その剣を王太子以外に捧げるというのか」
「私の剣は、王国に。すべての意志ある人々の心が、強き者に踏みにじられることがないように」
夢の中のアントニアは、王太子妃を目指していたようだ。けれど真っ青な顔で涙をこぼしていたダナを見捨てる気にはなれなかった。彼女を救わねばならない。それはアントニアにとって、何よりの願いとなっていた。
「もちろん、友として殿下を支え、必要とあらば全力で間違いを正したいと思います」
(そう、具体的には嫌がる女性に無理強いすることのないように完膚なきまでに叩きのめすのです)
色ボケするようであれば、そのたびに気合を注入してやればいいのだ。父親の部下たちも時々酒場で騒いでいるが、アントニアの父や兄たちの鉄拳制裁、あるいは奥方たちのフライパンによる一撃で毎回正気に戻ると聞いている。王太子のひとりやふたりくらい、正気に戻せなくては女がすたるというものだ。
「いい目をするようになったな、アントニア」
もちろん脳筋代表である父は、アントニアの決意を喜んだ。そうしてアントニアはめきめきと筋肉と剣の腕を成長させ、学園に入学する年齢には立派な貴公子となっていたのである。
***
「おはようごさいます」
「おはよう。みなさん、今日も妖精のように可愛らしいですね」
学園の入り口にて、登校する女子生徒たちに笑顔で声をかけているのは、男子生徒用の制服を身に着けたアントニアだ。そんな彼女の横で、王太子イグネイシャスが呆れたような顔をしている。
「アントニア、つくづくお前は口から先に生まれたような女だな」
「何をおっしゃるんですか、殿下。美しい花はみなで愛でるべきです。ただし、節度を持った形で。芳しいからといってみだりに触れ、あまつさえ手折るなど言語道断。彼女たちは私が守ります。あなたには、指一本たりとも触れさせはしない」
(そう、殿下のような変態には!)
凛々しく言い放ち、アントニアは少女たちを守るように背にかばい、王太子に向き直る。女子生徒たちが一斉に色めき立った。
「何度も聞くがな、アントニア。お前はどうしてそんな女たらしになった? それになぜそこまで俺を疑う?」
「女たらしなど人聞きの悪いことを。ご自分の何が悪いのかについては、胸に手を当てて良く考えてご覧なさい」
学園に入学するまでに王太子の性根を叩きのめしたものの、どうしても夢の中の姿が拭えないために、今世での王太子へのあたりはつい厳しめになるアントニアである。
(残念ながら、いい意味でも悪い意味でも素直すぎるお方。失敗しても大丈夫な場所で、多少痛い目に遭ってもらったほうがいいでしょう)
「誤解だ! 俺は何もしていない。おい、お前たち、そんな目でみるな! まったく、アントニアが俺のことを稀代のダメンズみたいに言うから、未だに俺には婚約者ができないというのに……。はっ、まさか、やはりアントニアは俺のことが好きで、独り占めするためにこんな真似を?」
「バカは死ぬまで治らないと言いますからね。ネガティブ過ぎるのも問題ですが、殿下のポジティブさは厄介です。やはり一度、軽く逝っておきますか?」
かちゃりと、腰に帯びた剣を鳴らしてみせる。黄色い悲鳴が辺りに響き渡った。学園内で王太子が斬り捨てられる日も近いかもしれない。
「そもそも、どうしてアントニアは学園内で帯剣を許されているんだ」
「私は護衛も兼ねていますので」
「なんで『殿下の護衛』じゃないんだ。おい、目を逸らすな。お前が帯剣を許されて、俺が許されないのはおかしいだろう」
「陛下からの信頼の差でしょうね」
周囲の生徒たちが静かに同意する。学園の門をくぐったその日から、アントニアはパーフェクトな王子さまとして君臨することになった。
文武両道、家柄も良く美しい。本来なら王太子妃になってもおかしくないはずなのに辞退し、女子生徒全員を気にかけてくれる。その上、そんじょそこらの男子生徒よりもはるかに紳士的とあっては、アントニアに傾倒するなというのが無理な話。
ちなみに本家本元の王子さまであるイグネイシャスの人気は二番手どころか、かなり低迷している。アイドルと化したアントニアの足を引っ張ろうとする姿が見苦しいからだということに、残念ながら本人は未だ気がついていないようだ。
そしてアントニアがパーフェクトな王子さまだとするならば、みんなの憧れのお姫さまとして選ばれたのは男爵令嬢ダナだった。
***
夢の中では女子生徒から爪弾きにされていた彼女を、今回学園に溶け込ませたのもまたアントニアだった。
「やあダナ嬢、また会えたね」
入学後、学園の階段内で初めてすれ違ったダナに声をかけると、彼女は顔を真っ青にさせた。ところが彼女は、夢の中のアントニアのことを覚えていたわけではないらしい。ただひたすら、自分から離れてくれと必死に叫ぶだけだ。
「いやあ、ダメですう」
「ダナ嬢、どうしました?」
「お願いですう、離れてくださいい。もう、これ以上、誰も巻き込みたくないんですう。きゃあ」
「危ない!」
不思議なほど奇妙なタイミングで足をもつれさせ階段から転落しかけたたダナを、アントニアは片手で軽々と支えてみせた。もちろん一緒に床に転がり落ちるような無様な真似はしない。ところが、ダナは目を大きく見開いて震えていた。
「嘘……」
「大丈夫ですか? あなたを守るために、筋肉を鍛えていたかいがありました」
「……呪いに打ち勝てるなんて、そんなことできるはずがない。ここで男子生徒に出会ったら、好感度上昇のためのイベントが必ず発生するって母さんが」
「その言葉遣いに、先ほどてのひらに当たった感触。ダナ嬢、まさかあなたは……」
「え、どこか触られていた? やっぱりラッキースケベ成功? でもこのひと、まともそうだし……」
ぽろぽろと涙を流すダナをそっと抱きしめると、アントニアは自分の選択が正しかったことを知った。
(もうあなたをひとりで泣かせるようなことはしません)
「安心してください。未来は変えられます」
「でも、どうやって?」
「成功の秘訣は筋肉を鍛えることです」
「筋肉? えっと、自分は母から体型を損なうような運動は禁止されていて……」
「『ただ細いだけ』が女性らしさを意味するのではありません。健康的でしなやかに動き、人生を楽しめる美しさこそ、女性の魅力。お母さまの認識を一緒に変えてみませんか」
「でも、母はとても頑固で……」
「私がついています。あなたの相棒として」
それ以来、アントニアはダナを守るようにそばに立ち続けている。
「今日も元気そうで何よりです。あなたの笑顔を見るたびに、私は生きていてよかったと心から思います」
「いいえ、こちらこそアントニアさまのおかげで、ひととしてまっとうな生活を送らせてもらっておりますのに」
「あなたの喜びは、私の喜び」
「いけません、アントニアさま。これから授業だというのに、離れがたくなってしまいます」
「いちゃつきたいなら、俺がいないところでやってくれるかな? あてつけなの? なんなの?」
毎朝行われる感動の再会は、苦虫を噛み潰したような王太子に苦言を呈されるまで続く。
「まあ、殿下ったらまたアントニアさまとダナさまの仲に口出しして。本当にみっともない」
「ええ、まったくですわ。あのように無粋な方ですから、婚約者のひとりもおできになりませんのよ」
「ごく自然な形で、俺のことをこき下ろすのもやめてくれないかな!」
アントニアとダナの隣で、イグネイシャスはさめざめと泣いた。
***
「さあ、ダナ、殿下。授業の空き時間を無為に過ごしていてはもったいないです。せっかくですから、筋トレメニューをこなしましょう」
「はい、喜んで!」
「なぜ、俺までやらなきゃいけないんだ! 休み時間くらい脳を休めさせてくれ」
「殿下の脳みそは、ただでさえスリープモードですのに、これ以上休ませる必要がどこにあるのでしょう」
「お前、いつか不敬罪になるからな」
不満を垂れ流す王太子の横で、アントニアとダナは汗を流していた。
「呪いに打ち勝つには、一に筋トレ、二に筋トレ、三四がなくて、五に筋トレと申し上げたはずです」
「そんな脳筋理論は知らん!」
「脳みそが筋肉で守られておらず無防備ですから、すぐにひとに騙されるのでは?」
「脳筋が一般的だと思うなよ! だいたいお前の理論は間違っている。騎士団の男にも呪いにひっかかった奴がいただろう」
呪いの効果を確かめるために筋肉自慢の男たちを集めてみたのだが、ダナにメロメロになり、執拗にラッキースケベを発動させた変態野郎どもがいたのだ。イグネイシャスは、だから筋トレは無意味だと結論づけたいらしい。
「アレは追い込みが足りないのです。特別コースを受講させたら、しっかりと騎士道に目覚めた上に、筋肉の素晴らしさを語るようになりましたよ」
「もうやだ、洗脳じゃん」
「殿下。諦めて僕たちと一緒に筋トレいたしましょう。僕の母も筋トレを始めてから、呪いから解放されたようで毎日笑顔で走り込みをしております」
「そもそもダナの母親が呪いなんかを振りまくから!」
「母が大変ご迷惑をおかけしておりますこと、申し訳なく……」
深々とダナが頭を下げると、アントニアがふたりの間に割って入った。
「殿下、その件については今後一切の口出しは無用とお伝えしたはずです。ひとまず殿下は余裕がありそうなので、プランクの時間を延ばしますね」
「鬼か」
「無駄口を叩く元気がおありですから、ワイドスクワットとプッシュアップも追加で」
「いっそ殺せ」
「大丈夫です。死ぬ死ぬ言っているうちは、死にません」
「ううう、嫌だあ」
「殿下、語尾がのびております。恐れながら、母の呪いの影響かと。僕でよろしければ、一緒にクランチをいたしましょうか?」
「い、今の俺に、は、話しかけるなっ」
ぷるぷると震えながら、必死でメニューをこなす王太子を横目に、アントニアとダナはにこりと微笑みあった。
***
階段で転落しかけたダナを助けた後、アントニアがダナと話をしてわかったことは、本人が申告した通り、確かに呪いがかけられているということだった。
自動的におっとりとした口調になる。ドジっ子属性になる。男性からは好意をもたれやすくなり、また女性からは嫌われやすくなる。
もしもダナが異性にちやほやされることを喜ぶタイプであれば、これは呪いではなく、祝福だったのかもしれない。しかし人並みに育ってきた年頃の少年にとっては、異性に蛇蝎のごとく嫌われ、同性に追いかけ回される状況は悪夢でしかなかったのだった。
「けれど、何の知識もない一般女性がこんな高度な呪いを我が子にかけるなんて……」
「生まれたとき……いいえ、もしかしたら生まれる前から僕に話しかけていたのかもしれません」
言葉と想いは、本人が考えるよりもずっと強い力を持つ。
ダナの母親は、なぜかこの世界を「物語」の世界だと認識しているようであった。そう思い込まなければ、生きてこれなかったのかもしれない。
本人の言葉を信じるならば、裕福で愛情溢れる恵まれた上流家庭に生まれた彼女が、突然野盗にさらわれ、人買いに売り飛ばされたというのだから。心優しい現在の夫に買われたとはいえ、妾として暮らす中で鬱屈したものを抱えることも多かっただろう。生まれた息子を「娘」として育てるくらいには、彼女は別の世界に救いを求めていた。そして母親から逃れようとする息子を、自身に縛りつけていたのだ。
「ダナ、私に対しては敬語で話す必要はないと言っているでしょう?」
「でも、アントニアだって……」
「私のこれは、癖のようなものですから。ほら、ダナ、いつもみたいに可愛らしいおしゃべりを聞かせて?」
「もう、アントニア。ちょっと離れてよ。僕、汗まみれでちょっと臭いから」
「あら、私はあなたよりも汗まみれですが。臭い私はお嫌いですか?」
「アントニアはいつもいい香りだよ」
「じゃあ、あなたも大丈夫ですよ」
今までどんな努力をしても呪いに打ち勝てなかったダナだが、アントニアの助言通り筋トレを始めると状況は一変した。トレーニングの相棒としてダナの隣にいたアントニアだが、いつしかふたりはそれ以上の関係となり、晴れて人生のパートナーに落ち着いたのだった。
なおアントニアを鍛え上げた彼女の父親を納得させたものであり、ダナの筋肉は相当なものである。
すすすとふたりの影が近づき……。
「だから、いちゃつくなら、俺の前以外でやれと言っているだろうが!」
「人前では清く正しい疑似姉妹関係ですので」
「だったら、さっさとダナの性別を公表したらいいだろうが」
「アントニア、僕は別に構わないよ。多少奇異の目で見られても。君には迷惑をかけることになるかもしれないけれど……」
イグネイシャスとダナの言葉に、心外だと言わんばかりにアントニアが唇をとがらせた。
「まあ、殿下ったら何をおっしゃるのです。今でもこんなに可愛らしいのに、ダナが素敵な男性だとわかったら、競争率が無駄に上がるでしょう」
「心配し過ぎだ。俺にすら婚約者がいないというのに、男爵令嬢……令息か?のダナに向かってそうそう婚姻希望のものなど……」
「ダナ、また男女問わず恋文をもらっていましたね。こちらで確認するので、渡してくださいね」
「俺でさえ受け取ったことがないというのに、どうしてダナが!」
「あの、僕はもらったと言ってもアントニアほどではないですので。アントニアは毎日持ちきれないほど、花や手紙などを頂いていますよ」
「許せん! さっさと性別とお前たちの関係を公表しろ!」
「ダナは私の婿になることが決まっておりますので、つつがなく学園生活を送るためにもこのままでいかせていただきます。それに他の方の性癖を歪めせてしまってもいけませんし」
「お前を始めとして、たいていの人間はもう取り返しがつかんのだ。さっさと俺に平穏な生活を返してくれ」
血の涙を流す王太子はさらなる高みを目指すべく、バニラ味のプロイテインを勢いよく飲み干すのだった。
***
呪いの件は王太子の父親である国王陛下にも共有され、やがて筋トレは王族及び高位貴族たちのみならず、人々の嗜みとなった。ちなみに筋トレが常識になったことにより、コルセットが廃れていったこともアントニアの人気に拍車をかけることになる。
その後、ダナの母親は侯爵家の管理する土地で暮らすことになった。筋トレで前向きになり、認知の歪みを改めた彼女は、息子に謝罪し、離れた場所で静かに暮らすことを望んだそうだ。
なお、学園を卒業して黙々と仕事と筋トレに励むイグネイシャス王太子には、いまだ婚約者がいない。
「おかしいだろう! ハッピーエンドと言うからには、俺にも幸せになる権利があるはずだ。はっ、あれか! お前たちの娘と俺が結婚できるとかそういう年の差婚的な!」
「殿下、頭を冷やしてくださいませ。おや、ちょうど良いところに手頃な窓が。紐なしバンジーでもしてみますか?」
「俺は王太子なんだ。もう少し優しくしてくれてもいいのでは?」
「殿下の場合、抑圧されているくらいがちょうど良さそうですので。ご存知ですか、ドM王子として一部界隈にはわりと人気が」
「そんな人気などいらん!」
「殿下、大丈夫です。結婚できない場合には、養子をとることも考えていると陛下がおっしゃっていました」
「この国の未来も安泰ですね」
「俺の未来が安泰じゃないんだよ!」
アントニアとダナは卒業と同時に結ばれたが、王太子の春はまだまだ当分先のようである。
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