心にゆとりを持って
よろしくお願いします!
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「お嬢様、買い物に出かけましょう。」
日課の利き紅茶が終わってから、ナサリーはそう言った。
「お買い物?」
「そうですわ。男爵様から、お金は預かっています。お嬢様は、お勉強をしすぎです。お休みの日まで、お屋敷で勉強なんて、真面目すぎます。少しは、町でお茶したり、お買い物をしたりしましょう。」
「町へ出かける。出て、良かったのね。学園を一年遅らせると言っていたから、遊んでいる暇などなく、勉強しなくてはいけないと、勝手に思い込んでいたわ。」
「そうだったのですか。もっと早く、お誘いすれば良かったです。毎日遊んでばかりいては、困りますが、一週間に一度のお休みの日は、お嬢様の好きなことをしていいんですよ。」
ナサリーは、黄緑色の柔らかく、春らしいドレスを広げる。
「これを着て、町へ出かけましょう。若い女性が好きそうな、最近のお店も聞いて来ました。ナサリーに、お任せ下さい。」
「そうね、勉強も順調だし、お願いするわ。」
外出するのは、前世から、ニヶ月振りだ。
おでかけと言う言葉に、心が躍っている。
春らしいドレスを着せてもらい、ドレスとお揃いの日傘を持つ。
家を出て、ナサリーと玄関で待っていると、ニ頭立ての馬車がやって来た。
栗毛の美しいニ頭だ。
私とナサリーの前で、止まる。
男性と青年のニ人が、御者の乗るスペースから、降りてきた。
「お嬢様。以前にも紹介させて頂きましたが、こちらは御者のペーターと、今日は護衛として付いてくる私の息子のアランのニ人です。」
ナサリー、ありがとう。
今紹介されなかったら、絶対に名前を思い出さなかった。
「ペーターも、アランも久しぶりね。今日は、よろしくお願いするわ。」
ペーターは、背の高い、三十代位の男性だ。
身体は、がっちりと筋肉がついている。
奥さんは、メイドらしいが、三人目を妊娠中で、今は実家にいるらしい。
隣のアランは、十九歳の青年で、ナサリーに似て、優しそうな美しい顔立ちで、少し目が垂れている。
最初に会った時は、枝切り鋏も持っていたが、今日は、腰に剣を差している。
メイドのキャサリンと今年結婚したばかりだ。
「こちらこそ、今日は安全運転で行きますので、よろしくお願えします。」
「いつも母さんが、お世話になってます。しっかり守る為に、おでかけ中も後ろにいますが、気にしないで下さい。」
ペーターはペコっと頭を下げると、御者の席に戻って行った。
アランは、馬車に乗るのに、ナサリーと私に手を貸してくれた。
段差があったが、無事に乗る事が出来た。
外は、ナコッタ男爵の家紋が刻まれているだけのシンプルな馬車だったが、内装はおしゃれだ。
光沢のあるモノクロで、統一されている。
座席には、クッションが、沢山置かれていた。
クッションを、身体の横に置き直して座る。
「お嬢様、馬車が動き出すと揺れますから、お尻の下に、クッションを置くんです。」
ナサリーはそう言うと、分厚いクッションを、私のお尻の下に引いてくれた。
かなりフカフカしている。
そのうち、馬車が動き出した。
窓の外を見ていると、門をくぐる時に、身体に軽く振動がした。
そのまま、敷地の外にでて、道を走り始めると、道が凸凹しているのか、ずっと身体が揺れている。
確かに、これはクッションが無かったら、お尻が痛くなっていただろう。
「お嬢様は、初めての外出ですね。どこか、行ってみたい所はありますか?」
「私、町に何があるか、わからないの。
でも、お茶をするのも素敵だと思うし、お買い物も楽しそう。今日はナサリーのおすすめを知りたいわ。」
「お任せ下さい。まず、買い物に何軒か行ってから、お茶を飲みに行きましょう。ペーター、プラン通りにお願い。」
「ナサリーさん、任せてください。」
馬車は五分程走ると、一つの店の前で止まった。
馬車のドアが開き、アランが手を貸してくれる。
玄関も、立派なお店だ。
「何のお店なの?」
「ここは、リンクル宝石店ですわ。お嬢様には、ネックレスやイヤリング等、アクセサリーがない為、ここで見てくる様、旦那様に言われました。私としては、お嬢様には、チェシャ宝飾宝石店のお店が、ぴったりと思うのですが。」
「母さん。チェシャなんて、王都にしか無いお店だし、王室御用達の高級店じゃないか。きっと、お嬢様に婚約者ができたら、送ってくれるよ。お嬢様、リンクルは、俺がキャサリンに送った指輪のお店です。品質も良いですし、おすすめですよ。」
「そうなの。楽しみね。」
「護衛が、お嬢様に話しかけていいのですか?職務はきちんとしなさい。」
「母さんが、ちゃんと案内すれば、出てこないよ。それに、今日のプランを俺も一緒に考えたんだから、ちょっと位、良いだろう?」
「わかりました。では、もう護衛に戻りなさい。」
「はいはい。」
アランは、一定の距離に戻っていった。
店の入り口をくぐると、店員が対応してくれた。
「いらっしゃいませ。この店の店長をしております。コンゴウと言います。よろしくお願いします。ナコッタ男爵のご令嬢ですね。お待ちしていました。」
「私が、お嬢様のお名前で、予約しておきました。」
「そういう事ね。」
「本日は、何をお探しでしょうか?」
「今日は、お嬢様の装飾品を探しています。品質が良いものを、見せて下さい。」
「かしこまりました。こちらのVIPルームへどうぞ。」
コンゴウは、店の奥の部屋へ案内してくれる。
「お飲み物は、いかがですか?」
「お嬢様、何が良いですか?」
「何があるのかしら?」
「新鮮な檸檬が手に入りましたので、レモンティーがおすすめです。」
「では、それにします。」
「かしこまりました。」
コンゴウは、部屋を出ていく。
「ナサリー、どんな宝石が良いものなのかしら。私、宝石の良い悪しは、わからないわ。それに、値段もいくら位が相場なのかしら。」
「お嬢様。私も、詳しくは分かりません。お嬢様が気に入った物が、良い物だと思います。ただ、こちらの店長がおすすめする物に、悪いものはないと思いますよ。値段は、品質によって変わると思います。他にも、お嬢様の気に入ったものがあれば、買いましょう。大丈夫です。予算オーバーしそうな時はお伝えしますので、お好きな物を選んでください。」
ナサリーの予算オーバーを伝えてくれるという言葉に安心した。
これで、高級品を買う事はないだろう。
その内に、コンゴウが、カートを押して戻ってきた。
「お待たせ致しました。」
私とナサリーの前に、受け皿とレモンティーの入ったカップ、砂糖とミルクのはいった壺を置いてくれる。
「こちらが、当店自慢のレモンティーです。お好みで、砂糖やミルクをどうぞ。」
「お嬢様、私が一口いただきますね。」
私のカップから、ナサリーがレモンティーを飲む。
「美味しいです。お嬢様、どうぞ。」
ナサリーが飲んだ後の、レモンティーを飲む。
確かに、美味しい。
きっと、うちの領地の柑橘類なんだろうな。
ただ、さっきのは、毒味なのかな?
貴族って、これが当たり前なんだろうか。
「美味しいです。」
「それは、良かったです。それでは、アクセサリーをお見せしますね。お嬢様のお好みが分からなかった為、沢山お持ちしました。気になるものを、お伝えください。」
テーブルの上に、イヤリングが並べられていく。
数が多い。
三十個は、あるんじゃないかな。
華奢なものから、大ぶりなもの。
色も柔らかいものから、濃いものまで揃っている。
どうしよう、値段がどこにも書いてないわ。
これでは、高いのか、安いのかもわからない。
こうなったら、もう気になったやつを言うしか無いわ。
三十個の中に、桜をモチーフにしたであろう、ピンク色の華奢なイヤリングがあった。
「これ、素敵です。」
「桜の花をイメージしたイヤリングです。宝石は、ローズクォーツ。可愛らしいピンク色が、お嬢様の可憐さにぴったりですね。こちらが、揃いのネックレスです。」
華奢な金の鎖に、小さなピンクの花が咲いている。
家の庭園で見た桜に似ていて、素敵だ。
「ネックレスも素敵です。」
「良い宝石に巡り会えて、良かったですね。他にも、何か気になるものはありますか?」
「大丈夫です。」
可愛い物が買えて、満足だ。
ただ、値段は分かってないけれど、でも、ナサリーが止めないなら大丈夫でしょう。
この中でも安いものを選べたんじゃないかしら。
「お嬢様、そちらだけでよろしいのですか?他にも、気になる物があれば、言ってください。」
「ええ、とっても素敵な物に、出会えて良かったわ。満足よ。」
良かった。
他の物も、勧められると言う事は、予算より安かったのね。
「かしこまりました。また、お買い物しにきましょう。」
「ええ。」
アクセサリーは、眺めるのも楽しいわ。
「包んで下さい。請求は、男爵家へお願いします。」
「ありがとうございます。かしこまりました。」
コンゴウの綺麗な礼を見ながら、店を後にした。
店の前には、馬車が待っている。
アランの手を取り、馬車に乗り込む。
「イヤリングとネックレス、着けてみてもいいかしら?」
「勿論ですわ。そんなに、気に入られたんですね。」
ナサリーが、にこにこしながら着けてくれた。
どこからか、手鏡もだしてくれる。
鏡を見る。
ネックレスやイヤリングを着けてみたが、自分に似合うと思う。
「とてもお似合いです。お嬢様には、やはり桜が似合いますね。」
「ありがとう。」
そんな話をしていると、次のお店に着いたらしい。
馬車が止まった。
「ここは、何のお店なのかしら?」
「ここは、貸本屋ですわ。本当は、新品の本屋が良かったのですが、ナコッタ男爵領の町には貸本屋しかなくて。お嬢様の気に入った本があったら、新品を取り寄せますので、ぜひ仰ってください。」
店の中をくぐると、沢山の本が並べてあった。
入り口から、一番目立つ正面の奥の壁には、遠くから見ても目立つ大きさのポスターが、一枚だけ貼ってある。
しかも、カラーで、色がついている物だ。
描いてあるものも、前世の少女漫画に近い絵をしている。
そこには、イケメンの男性が四人と、美少女が一人描かれていた。
二人と二人と一人で、場面が違うらしい。
二人の男性は、剣を片手に向かい合っていて、どうやら戦う直前の様だ。
一人の男性は、机の上で書類を書いていて、
もう一人は、その男性に飲み物を差し出している所らしい。
女性はポスターの真ん中で何かを祈っている。
なんだか、珍しいポスターだ。
「お嬢様、あちらに見える絵が、若い女性に大人気の薔薇野雫先生の作品ですわ。」
ナサリーは、ポスターを差している。
近づいて見ると、そこには、同じ本が三冊位、置いてあった。
「薔薇野雫先生は、今まで無かった漫画というジャンルを、新たに生み出した方ですの。先生の作品は、若い貴族の女性の間で、大大大ヒットしました。しかも、先生直筆の絵柄の違うポスターが、王国中の貸本屋に配られて、それを見に、多くの女性が移動したことから、魔法教会の巡礼になぞられて、ポスター巡礼と称されましたの。そこから、平民の女性の間でも大人気となり、特別に十冊ずつ全ての貸本屋で置くことになったという経緯を持つ偉大な先生なのです。十六年前の若い私もはまりまして、今も先生のファンなのです。」
うん。
ナサリーの熱量は、すごくわかった。
「十六年前のポスターにしては、大分綺麗ね。まるで、新品みたい。」
「それは、当時ポスター巡礼をしていた中に、保護魔法をお持ちの貴族の方がいまして、巡礼の際に、全てのポスターに保護魔法をかけたそうなのです。普通、保護魔法といったら、国立図書館にしかない貴重な本の様な、特別な物にかけるものなのですが、その方のポスターに対する愛情が感じられます。私には、保護魔法をかけた方の気持ちもわかります。これは、百年先にも、残しておきたい至宝です。」
なるほど、ナサリーは、薔薇野雫先生の大ファンで、それ以外にも熱烈なファンがいたってことね。
「薔薇野雫先生は、貴族の令嬢で、お嬢様もこれから通う魔法学園に通っていたそうです。そこには、薔薇野会という物が、存在していて、初代会長が、薔薇野雫先生だそうです。他の初期のメンバーにも、文学作品で有名な薔薇野原先生や、亡くなったパトリシア王女殿下も在籍していたと言われています。薔薇野会には、学生時代の薔薇野雫先生が描いた作品が数多く残っているらしくて、ファンとしては見てみたい気持ちが大きいのですが、魔法学園には貴族か特別な平民しか入れず……。お嬢様、魔法学園にはいった際には、私にぜひ感想を聞かせて下さいね。」
ナサリーの目が本気で、少し怖い。
おかしいな、普段は優しくて穏やかで、こんな目をされたことないんだけれども。
「母さん、いい加減にして下さい。お嬢様が怖がっていますよ。」
後ろから、アランの声が聞こえる。
「あら、お嬢様、すみません。少し、熱がはいってしまって。それ位、おすすめしたい作品だと伝えたかっただけなのに、脱線してしまいました。」
良かった、ナサリーが戻った。
とりあえず、おすすめされた本を持つ。
一巻らしい、この本でいいかな。
「これにするわ。」
「ありがとうございます。お嬢様に読んでいただけるなんて、嬉しいですわ。」
「母さんの圧力が、凄かったからだと思うけれど。」
「アラン、この本は、女性なら避けては通れない本ですわ。十六年たっても、まだ若い方に人気なんですから。きっと、魔法学園でも、この本の話題は、一度はでますわ。」
「そうなの?母さんが、幼い頃の読み聞かせとして、何回も聞かせてくれたけど、俺にはあんまりだったな。」
「女心がわからないアランには、言われたくないわ。キャサリンさんが、心配ね。泣かせてはダメよ。」
「わかったよ。僕は、キャサリンを泣かせて無いし、護衛に戻るよ。」
アランが、後ろに戻っていく。
ナサリーの言う事が、本当なら、友達作るきっかけになるかも。
読んでみよう。
とりあえず、その一冊だけ借りて、貸本屋をでて、馬車に乗り込んだ。
「お買い物もひと段落着きましたし、次に流行りのカフェに行きましょう。」
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読んで頂き、ありがとうございます!
今の所、1日おきのペースで更新できている為、このままのペースでいきたい所です。
これからも、よろしくお願いします!