あの日、私は雪の中に屍体を隠した
※この物語は作者の妄想に基づく完全なる虚構です。通報はご遠慮ください。
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【前文、敢えて冬季にホラーを創作するという意義】
他作家様の活動報告を覗いていたら『冬のホラー企画』なる催しの存在に遅まきながら気がついた。主催者たる「しいなここみ」様とは何の関わりもないため後込みしてしまうが、これも良い機会なのかもしれない。他作家様との交流は勿論、短編の練習にはもってこいである。それ以上に、冬季にホラー作品を挙って創作しようという試みに惹かれたのが最たる理由であった。
こう言うと嘘くさいと思われるかもしれないが、私は常々、ホラーという種別は冬にこそ相応しいと思っていたのだ。
何故なら、ホラー(Horror)とは恐怖ないし戦慄することであり――即ち、人間の根源的感情を取り扱う形態である。一体どこの誰が、我が国の夏に恐怖するというのか。うだるような暑さに納涼を求める心理は理解できないこともないが、夏に野宿したところで死にはしないのだ。仮令、追い剥ぎに遭ったところで平和な日本、命まで取られはしない――はずである。
ところが真冬しかも北国となれば話は別である。悲しい哉、これは実体験なのだが――私は学生時代、十二月の青森で一晩野宿せざるを得ない状況に陥ったことがある。仔細は情けないため(文字数も勿体ないため)書きたくないのだが、立ち寄った雀荘で大敗を喫したのだ。まあ、つまり、そういうことである。流石にあの時は死ぬかと思った。
私の体験はいいとしても――豪雪地帯に一度でも住んだことのある者なら理解してくれるだろうが、我々にとって雪とは風物詩でも何でもないのだ。屋根の雪下ろしでは一歩間違えれば死亡事故にもなるし、反対に屋根から滑り落ちてきた氷柱に頭を貫かれないとも限らない。ブラックアイスバーンにやられて横転した車だってそこかしこに見かけるし、立ち往生したはいいものの、マフラー周りの除雪を怠ったため一酸化炭素中毒で死ぬ者もそう珍しくない。寧ろ、誠に不謹慎ではあるが、冬季の死亡事故の方がよほど風物詩(アンサイクロペディア風に言えば風物死)なのかもしれない。
いずれにせよ。私にとって雪とは文字通りの死活問題であり――ホラーを語るには、この上なく相応しい季節なのではないかと愚考する次第である。
* * *
さて、前置きはこれくらいにして本題に入りたいところであるが――このまま散文らしく進めても面白味に欠けるため、ひとつ此方のお巫山戯にお付き合い願いたい。
貴殿ないし貴女は――街外れの小劇場にいることにしよう。劇場とはいえども、あなたがいるのは舞台の上ではない。舞台の真正面、布製の柔らかな座席に深々と腰掛けている。傍らの円形テーブルには給仕が淹れたばかりの紅茶がある。隣の小皿には、名前もよく知らぬ西洋の高級そうな焼き菓子が二つ三つ載せられている。他に観客は誰ひとりとしていない。
あなたが、いつ演目が始まるものかと、橙色の照明を浴びる舞台を眺めていれば――ようやく、舞台袖からひとりの紳士が歩み出る。どこぞの喜劇王を彷彿とさせる口髭と山高帽が特徴の男であった。手には洋杖までもが握られている。
紳士は舞台の中央で立ち止まると、あなたに向けて恭しく頭を垂れる。
「――エヘン、オホン。本日は、この辺鄙な小劇場までご足労いただきまして、誠に感謝の至りでございます。私、支配人である千葉仲達に代わりまして、急遽、司会進行兼活動弁士を務めることと相成りました。拙い処もありましょうが何卒ご容赦いただきたい。さァ紅茶も冷めないうちにどうぞ遠慮なく。英国から取り寄せた逸品の茶葉ですから――うん? 『どうして支配人が出てこないのか。急遽とは一体何があったのか』ですか。うん、ええ。その疑問はごもっとも。実は、我らが支配人である千葉仲達は病に伏せっておりまして、何分生きることも儘ならないのであります。まあまあ、そう心配なさらずとも結構結構。今から上映される活動写真には何一つ関わりがありませんから。それと、貴公に重要なことをひとつお伝えしておかなければ――」
紳士が言い切らぬうちに、開演を知らせるブザーが鳴動――そして暗転。
【2. 殺人とは人間社会における通過儀礼である】
紳士の背後――銀幕には、黒い背景に白抜きの明朝体が浮き上がる。
「オヤ、もう始まりましたか。まったく上の連中はどうにも時間に煩くていけない。――サテ、ここで出てきた物騒な文言。貴公が文盲でないなら読めるはず。そう、『殺人とは人間社会における通過儀礼である』とは、此度の上映会における主題であると同時に、何を隠そう支配人が今日に至るまで抱いてきた誤謬なのであります。ここで察しの良い貴公なら『ハハァ、殺人とは大仰に言っているだけで、自己破壊的成長を婉曲に表現しただけだろう』と仰るでしょう。或いは『我が国は法治国家であり、しかも文明人である。殺人が通過儀礼なんてあってたまるか』とでも仰るのでしょう。ええ、えぇ。ごもっとも、ごもっとも。ですが――支配人には貴公のような常識が欠落していた。即ち本当の意味で、人間誰しも一人以上は殺しているものと――表沙汰になっていないだけで、可愛いあの娘も、美形の貴公子も、戯けたあん畜生も、誰かしら殺っているものと――時折、殺人事件として報道されるのは証拠の隠滅を怠った間抜けであると――信じ込んでおりました。何故、そのような人格が構築されるに至ったかについては後ほど説明するとして。誤解であるなら矯正すればいいだけのこと。しかしながら、誤解に留まらず実行してしまったのだから、非常に具合の悪いことになってしまったのです。――そう、支配人は過去に人を殺め、それでいて警察に捕まりもせず、今ものうのうと生きている正真正銘の狂人なのです」
【3. 如何にして殺人に至ったか】
紳士が指を鳴らせば、白抜きの文字は消え――昏倒している男性が映し出される。
「ときに御客人、この先は一部、異様奇怪な映像が流れるためご注意を――と述べておくべきでしたね。いやはや失敬失敬。ですが存外平気なものでしょう? 何せ今時珍しい白黒ですから。――え? 『極彩色で殺人の瞬間を観たかった』と仰いますか。貴公も物好きですなァ。生憎、ご要望にお応えすることはできかねますな。何分、私人秘密に関わりますから。加えて、仔細は絶対に漏らすなと支配人より厳命されております身。俸給労働者ゆえ上の命令は絶対なのです。ご容赦ください」
映像――黒いアスファルトに仰臥する男性を拡大する。
「――オホン。そう、ここで斃れている哀れな男こそ被害者なのです。映像だけではちと不明瞭に過ぎるため解説致しますが――時は今から十年以上も前、東日本大震災の翌年、否翌々年でしたか。師走の暮れ、真冬の真夜中。湿り気を大いに含んだ牡丹雪が津々と積もる夜のこと。場所は青森県の青森市、市内の真ン中を脊椎のように通る幹線道路――通称『観光通り』と呼ばれる処でございます。真夜中であるにも関わらず男がハッキリと見えるのは、街灯のせいでも月明かりのせいでもございません。男の側に一台の軽自動車が停まっており、そのヘッドライトの冷たい光が舐めるように照らしつけているからでございます。如何にも免許取り立てホヤホヤの学生諸君が乗りそうな、今風なパステルカラーの車です。その薄ッぺらいバンパーが凹んでいるのは、当然その自動車が男を轢いたからに他なりません。予想通り、四人の大学生が車から飛び出てきました。どれも男、まだ世間の厳しさを知らぬ甘ったれた顔つきは、恐怖ないし驚愕に染まっておりました。その中の一人が、若かりし頃の支配人――千葉仲達青年でございます」
映像――後部座席から降りた学生の一人を映し出す。
口許には冷笑を浮かべている。
「あァ、ちょっと何をやっているのだね! アップにはするなと支配人から言われているだろう! 次に移ってくれ、早く、早く、早くッ!」
多少もたついたのち、映像が次の場面――学生達が車に男を詰め込む瞬間となる。
「失敬、取り乱しました。いやはや、上の連中はこれだからいけない。減俸モノだよこれは。ええと――時間もあれですから手短に纏めてしまいましょう。この時は男にもまだ息がありました。千葉青年は、恐れ戦く仲間達を言葉巧みに言いくるめたのです。曰く――病院に運ぶために車に乗せよう。俺達は四人だからトランクに収めるしかない。なに俺達は悪くない、信号を無視したこいつが悪い。運転は代わってやるから――と。しかしながら千葉青年が運転する軽自動車は病院とは逆方向――八甲田山の麓、或る場所に向かいました。そしてそこに着くや否や、青年は男を素手で絞め殺し、蹴り落としました。青年は知っていたのです。その場所が、絶対に屍体が見付からない場所であるということを」
【4. 他者を殺めるという特権 】
「サテ、支配人が主導となって秘密裏に行われた屍体遺棄ですが――本当の問題はここからでございます。賢明かつ常識人を持つ貴公におかれては、『さては良心の呵責に耐えきれずに精神を病んだのか』だとか、『これは怪談なのだから殺した男の幽霊が視えるようになったんだろう』などと推察されるのでしょうが――生憎、それは見込み違いというものです。結論を言いましょう。支配人およびその仲間達は無事大学を卒業しましたが――事件は発覚してしまったのです」
映像――下宿の食堂にて、テーブル越しに向き合う青年とひとりの男性。
「屍体を雪に隠してから半年後の六月二十日。季節は初夏となり、事件を忘れかけた頃――千葉青年の下宿先に刑事がやって来たのです。刑事は青年に告げました。『君達が屍体を遺棄したことは裏が取れている。しかし、僕達は君を逮捕することはできない』と。それは何故、と青年は尋ねます。刑事は答えました。『君が千葉の人間であり、禁忌だからだ』と。更に刑事は言います。『君の本家は岩手の■■だろう? ■■の千葉は人を殺しても赦されるのだ。なんだいその顔は。もしかして知らなかったのかい?』と」
映像――刑事の顔が拡大される。
如何にも刑事らしい顔である。
「知らない、と答えた青年に、刑事は言います。『■■の千葉は、幼い頃からそのように刷り込まれて育つ――つまりは犯罪者の系譜であると僕達の間では有名なんだぜ。ああ、どうしてかはご先祖様に聞いてくれよ。ヒントは大昔の戦だ』そう言った刑事は、話もそこそこに離席します。去り際に『ああ、いくら君が特権持ちとはいえどもだ。それが適用されるのは南部藩だけだからな。それだけは努々忘れないでくれ給え』とだけ言い残して――」
【5. 結論、この話はホラーではなく注意喚起 】
銀幕が暗転――その後、紳士の立つ舞台が照らされる。
「ここで話は現在に戻ってくる訳でありますが――人間社会の良識を取り戻した支配人は、この私だけにヒッソリとその胸の内を語ってくださいました。曰く――一連の事件を、敢えて言葉にするなら『恐怖』以外には有り得ないだろうと。だが何よりも恐ろしいのは、己が他人をアッサリ殺めた事実よりも。左の掌に鮮やかに残る、絞殺の生々しい感覚よりも。己が人間社会の規範から逸脱した存在であることを他者に知られ、しかもそれを見逃されたということよりも。己が敬愛する両親から、それとなく殺害を促されたことでもなくて――己と同じ特権を有する者がごまんといることである――と。即ち、自分が何時、何処で、誰に殺されるか分からないと、怯えているのです。他人を容易に殺した癖に、自分の番が来ることに怯えているのです! こんな馬鹿なことがありましょうか、因果応報じゃあありませんか! 腹は括っていたはずなのに。頭の中では理解していたはずなのに。死への恐怖がどうしても拭えないのです! 根源的で、生理的で、細胞の奥の奥にまで刻みつけられた消失への恐怖が!」
紳士は深呼吸。
「ときに貴公、紅茶の味は如何でしたか。――おや? お茶請けの菓子もまだ残っているじゃありませんか。え、美味しかった? ウン、それは何より。他人から出された食料を、何の疑いもなく口にできるのは、何よりも有り難いことですから。それこそ私は『特権』なのではないかと思います。――ああ、最初に言いかけたことですが、この物語は虚構ですから、そこだけは決してお忘れなく。決して通報などなされぬよう――」
照明が徐に暗転――紳士、一礼した後、この世から消えてなくなる。
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