ようこそ! あやかしの世界へ!
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そこからすでに通いなれた道を通って寺子屋に向かった。道中、大量のあやかしとすれ違ったが、雅楽が怖がることはなかった。
寺子屋にはすでに蓮香と千草とカグヤがいた。
「久々の学校はどうだったかしら」
「なんか変な気分だったよ。あやかし界はぬらりひょんが死んで、お父さんも死んで大騒動になったのに、学校のみんなは何も変わらないんだ」
「確かに不思議な気分ね。これほどまでの事件を誰も知らないなんて」
蓮香は人間界の学校には通っていない。闇祓いとして、日夜活動を続けていた。
彼女は闇祓いとして一生生きていくと、治郎の死をきっかけに吹っ切れたみたいだった。
「雅楽はまだ正式に闇祓いにはならないのよね」
「うん。お父さんは学校に行くことを勧めてたからね。あやかしに関わることがなくても、生活ができるようにって。だから少なくとも高校はちゃんと出るよ」
「それがいいわ。きっと治郎さんもそれを望んでいるもの」
「それに僕はもともと怖がりだしね。やっぱりあやかしは怖いよ。人間界で暮らした方が僕の肌には合うよ」
「ただあやかしが怖いだけじゃない」
「……まあ、実際そうなんだけどさ」
雅楽たちは笑い合った。雅楽はあやかしに慣れたとはいえ、怖がりというのは変わっていなかった。ただ臆病ではなくなった。それが今までの雅楽とは大きく違う。
とはいえ、あやかしとは一線を引いた生活ができることを喜んでいた。
「それにしても退魔部の人が寺子屋に来てほしいって言ってたけどなんでなんだろうね」
「お邪魔しまーす」
寺子屋の扉がガラガラと音を立ててなった。入ってきたのは、サングラスにスーツという黒色の姿をした男だった。後ろには治郎のようにケミカルな金髪をした女性が付き従っていた。
「……ちょっと待って! まさか、武臣!」
「よっ! 雅楽」
サングラスをしていたので一瞬気がつかなかったが、間違いなく武臣だ。彼はスーツを着ていたが、堅苦しい感じはずなく、学校でくだらない話をしているかのような気軽さがあった。
「なんでここに……」
「はっはっは! 驚いたか。国の秘密公的機関、退魔部っていうのは偶然あやかしとの関わりを持ってしまった一般人から選ばれるんだ。俺は小さい時にあやかしに襲われてな。それ以来、退魔部に籍を置いてるんだよ」
武臣は雅楽の驚いた顔が見られて笑っているが、雅楽はただ口をあけて驚いていた。まさか武臣が自分よりも先にあやかしの存在を知っていたなんて思ってもみなかった。
「偶然知り合ってたってこと?」
「いや、違うぞ。だってお前……、最強の闇祓いである佐伯治郎とかぐや姫の息子だぞ。国から要注意人物として警戒されてたんだよ。だから俺に雅楽と友人となって監視しろっていう命令を受けたんだよ」
「……ふーん。そうなんだ」
雅楽は拗ねているようだ。妙に唇を尖らせ、不愉快そうな目つきをしている。どんなことがあっても機嫌を損なうことなく許してくれる雅楽が、なぜ拗ねているか分からず、武臣は取り乱した。
「なんでそんなに不満げなんだよ」
「だって、仕事で僕と付き合ってたことでしょ?」
「そうじゃないって! 確かに話しかけたのは仕事としてだけど、そのあと遊んだのは友達として気が合うからだよ! むしろ上司から、監視対象とあんまり仲良くなりすぎるなって言われてたくらいなんだから」
「それだったらいいんだけどさ」
個人的な話が終わると、武臣は鞄から書類を取り出し、それに目を通し始めた。
「さてと、みんなには退魔部からお知らせがあります。あ、その前に雅楽以外の人には挨拶をしないといけないか。初めまして。鈴木武臣と言います。雅楽の同級生です。そんで後ろにいるのが……」
「こんちわー! お久しぶりです! 塚地友里でーす」
「お久しぶり……?」
友里は奇抜な格好をしていた。金髪で浅黒い肌という治郎を思わせる姿をしている上に、サングラスはなぜかテーマパークで買えるような星形のものをつけていた。
とてもじゃないが公的機関という肩書きが似合う格好じゃない。
「あの時の小娘か! てけてけに襲われていた!」
千草が声を上げた。それで雅楽も思い出した。鶴見川沿いの堤防でてけてけに襲われているところを、雅楽たちが助けた女性だった。
「いやー。あの時はお世話になりました! また雅楽くんに会えて嬉しいっす! 一目惚れしました!」
「何! なんてことを!」
「……今なんて言ったの」
千草が禍々しい力を垂れ流し始めた。よく見たらカグヤまであやかしの力を使おうとしている。
「いやー。てけてけに殺されそうになった私を助けてくれた時の雅楽くんは素敵だったなー」
「お、おい! その辺でやめとけっ。猫又にぬらりひょんの娘を怒らせてどうすんだっ」
両頬に手を当てて惚気ている友里を武臣が止めた。本気で命の危険を感じたようだ。
「まあまあ。みんな落ち着いて」
蓮香はカグヤと千草をなだめた。しかし、そのなだめている蓮香も机に力を込めてヒビを入れていた。
「マ、マジでやばいって。みんな、いいから話を聞いてくれって。今後のことや、つららのことを伝えにきたんだ!」
つららという言葉を聞いて空気が軽くなった。彼女たちもつららがどうなったか気になるようだ。
「つららは処刑される予定だった」
「そんな!」
「最後まで聞け。だがな、治郎さんがいなくなった今、強力な闇祓いが少しでも欲しい日本は彼を生き残すことに決めた。今後は謹慎と力の強化のためにフィンランドで退魔留学をすることになった」
「退魔留学?」
「ああ。闇祓いは世界中にいるからな。フィンランドは雪も多いし学べることも多いだろ」
「へー」
「人ごとじゃないぞ」
「え?」
彼はファイルを四つ取り出すと、それを雅楽たちに渡した。そこには『秘密公的機関退魔部、イギリス留学の手続き』と書いてある。
「まさか……」
「おめでとう! 雅楽! お前も留学決定だ! もちろん蓮香さんたちも一緒だぞ!」
「な、なんで」
「ぬらりひょんが消えたとはいえ、治郎さんの穴は大きい。あの人は最強の闇祓いだからな。その穴を埋めるために早く強い闇祓いが欲しいわけだ。だから今一番有力な候補である雅楽たちを留学に出して強くなってもらおうっていう判断に至ったわけだ」
「そんな、僕、闇祓いは一旦やめるつもりだったのに! 僕があやかしが苦手なのは知ってるだろ!」
「はっはっは! 残念だったな! あやかしから遠ざかるどころか、今後はもっとあやかしに親密になってもらうぞ。イギリスには、ドラゴン、ドラキュラ、ピクシー、まだまだ見たことのないあやかしがたくさんいるぞ!」
雅楽は思わずうなだれた。聞くだけで恐ろしいあやかしと実際に会うことになることが憂鬱だった。
雅楽はあやかしが怖くて、あやかし界から足を洗う予定だったのに、さらに多くのあやかしと関わることになってしまった。
……正直、今すぐこの場から逃げ出したかった。
「雅楽はまだあやかし界のことを少ししか知らないんだ。ぬらりひょんよりも恐ろしいあやかしと会うかもなー」
「そんな……」
武臣はわざわざ雅楽の恐怖心を煽るように喋り出した。千草が項垂れている雅楽の背中をさすっている。
「改めて言わせてもらおう……。ようこそ! あやかしの世界へ!」
「そんなあああ!」
泣き叫ぶ雅楽を、武臣を含め蓮香も千草もカグヤも笑って見ていた。彼の絶叫は、祭囃子が鳴り響くあやかし界を反響した。
あやかし界全体に風が吹く。風は寺子屋の庭に生えた竹の葉がわさわさと揺れた音を雅楽の鼓膜に運んだ。
雅楽は違和感を感じて庭の方を見た。
竹の葉の音の中には、わずかに治郎とかぐやの笑い声が混じっていた気がした。
きっと幻聴だろう。
だが雅楽は彼らが安心できるように、優しく庭の竹に向かって微笑んだ。
作者の紫 凡愚と申します!
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