雅楽の覚醒
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雅楽は瞳に涙を溜めた。まさか、治郎と母親であるかぐやがこのようにしてメッセージを残しているとは思わなかった。
急に静かになった雅楽のことを千草たちは不思議そうに見つめていた。
「……奇遇だね。父さん、母さん」
雅楽がボソリとつぶやいた。目の前に恐怖の象徴とも言える八岐大蛇がいるというのに、その口元は微笑んでいた。
「僕も、父さんと母さんのことを思い出すと笑顔になれた!」
雅楽は頭をあげた。視線はまっすぐに八岐大蛇を見据えている。その瞳の内側には涙では消えない炎が逞しく燃えている。
彼は刀を抜いた。鞘が落ちた音が、開戦の合図だった。
「行くぞ!」
「シャアアア!」
八岐大蛇の八つの首はそれぞれ別々に動いた。先ほどの会話を聞いていたのか、どれもカグヤを狙っていたが、術を出すカグヤを集中させるため、雅楽たちが相手をした。
蓮香は迫り来る首を殴ったり蹴ったりして追い払った。常人には出せないほどの筋力で、ぬらりひょんと同等の速度があった。
彼女の一撃一撃は女性とは思えない破壊力があった。彼女が八岐大蛇の顔の一つを全力で蹴り上げると、首から顔が千切れて飛んでいった。
しかし八岐大蛇は即座に顔を再生した。それだけでなく別方向からやってきた顔が二つ、顔女に毒を吐こうとしている。
「『氷壁』」
口から放たれた毒をつららの氷が守った。それだけでなく、彼は二つ首を凍らせた。その氷を凄まじい速度で蓮香が砕いた。顔は無くなったが、案の定すぐに回復した。
「厄介ね。でもつららがいるなら負ける気がしないわ」
「当然です。私と蓮香は最高の友達ですからねー。こんなクソ蛇もどき余裕ですよ」
「……さっき殺そうとしてたけどね」
「それは言わない約束でーす」
二人は八つの首のうち、三つを抑え込んでいた。
「『宵の明星』」
千草の背後に一年に一度しか浮かばない月が輝いている。月をバックに戦っている彼女はまるで影のように自由自在に動いた。
彼女は一人で二つの首を相手取って戦っていた。この二つの首も再生能力を持っており、顔を切り落としてもすぐさま回復する。
「その程度の攻撃で、我を止められる訳がなかろう、猫又よ。貴様ごと後ろの小娘を殺してやろう」
「じゃから妾の名は千草と言っておるだろうに。いや、かぐや殿からもらった尊い名前でお前には呼ばれたくないのう。それに……」
千草の全身に血管が浮き出た。彼女の心臓は、周囲に聞こえるくらい力強く脈打っていた。
「妾は本気など出しておらぬぞ」
彼女から邪悪な力が湧き出た。今まで隠していたが、それがあやかし本来の彼女の力だった。
「人間界の月は毎日顔を変え、一ヶ月で一周する。その数だけ技があるのだぞ?」
そう言った瞬間、彼女の姿がぶれた。そして彼女が相手していた首の背後に現れた。
「『新月』」
目にも止まらぬ速さで二つの首が殴り飛んだ。しかしまたすぐに回復した。
「『二日月』」
殴った勢いそのままに次は踵を蹴り落とした。首が落ちる。そしてまた回復する。
「『三日月』」
再生した首は即座に千草の爪によって切り落とされた。彼女の技は全て繋がっていた。全ての技が円滑に結びつき、流れていく。
血を流す首から顔が再生すると、恨めしそうに千草を睨んだ。
「貴様……、許さぬぞ」
「この程度で何を言っておる。弓張月、十三夜、満月、十六夜、立待月。月の種類はまだまだあるぞ。全て喰らってから言うのじゃ」
千草の金色の瞳が怪しく光った。
千草が二つ、蓮香とつららの二人で三つ、首を抑えていた。残りの三つは、雅楽がたった一人で対応していた。
「『時をかける龍笛の音色』」
どこからか治郎の演奏が聞こえてきた。雅楽は三つの首から放たれる攻撃を全て躱している。八岐大蛇の高速の攻撃が、雅楽にはスローモーションに見えていた。
雅楽は八岐大蛇の首に乗ると、そこを駆け抜けた。移動しながら一つ首を断ち切ると、そのまま足元の首も切り落とした。一瞬で二つの首が地面に転がった。
「『爆羅』!」
彼の隣から近づいてきた顔が口から火を出そうとしてきていた。それは先ほど見た爆発の構えと似ていた。
「『輝夜木』」
地面から一本、光を放つ竹が生えた。それは八岐大蛇の顔を顎から脳天まで串刺しにした。そのせいで強制的に口が閉じられ、口内で爆発が起きた。口から黒い煙を上げながら、細い首が焼け焦げ、落ちていく。
首がまた再生し、八つ全て顔が生えそろうと、八岐大蛇は咆哮をあげた。
「貴様ら……、貴様らあああ!」
八岐大蛇の背中から手が生えてきた。それは二、三本というような範囲ではなく、少なくとも百本は生えていた。
百本の手は触手のように、雅楽たちに襲いかかった。彼らの体は手の陰で覆い尽くされた。
「みんな! 残り一分だ!」
圧倒的な力を前にしてなお、雅楽は微笑んでいた。それはかぐやのように優しく治郎のように強い笑顔だった。
作者の紫 凡愚と申します!
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