治郎を超えて......
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目の前で、治郎が胸を貫かれていた。その返り血が、雅楽の顔にかかる。
「と、父さん!」
治郎は雅楽が犠牲になることに気づき、あやかしの力で人間の限界を超えた速さで近づくと、彼の代わりに身を挺して庇ったのだった。
雅楽は急いで治郎に駆け寄った。百々目鬼は骨を胸から抜くと距離を取った。
「そ、そんな……。れ、蓮香! あやかしの力を使って、お父さんを……」
「……無理よ。流石にそこまでの怪我は……」
雅楽は地面に倒れそうになる治郎を抱えると、そのまま横たわらせた。彼の胸からは血が流れ出ている。雅楽は胸に手を押し当てて、なんとか血を止めようとした。
「そんなことをしても無駄だ……」
か細い声で治郎が言った。それはあまりに弱々しい声で、雅楽の瞳から涙が溢れる。
「大丈夫だよ! どうにかして僕が……」
「もういいんだ、もう。俺は十分に生きた」
「何を言っているんだ! まだ僕はお父さんに何も返せてない!」
雅楽は治郎の胸を押さえているが、そんなものでは血は止まらず、生臭い赤色の血は地面に広がっていく。
「いいか。よく聞くんだ」
「そんな死んじゃうみたいなことを言わないでよ!」
「雅楽も、分かっているだろ? 俺はもうじき死ぬ」
治郎の体がどんどん冷たくなっていく。その冷たさは手を握っていた雅楽の芯まで凍てつかせた。
「さっき雅楽は、俺に何も返せていないと言ったな? だがそれは違うんだ」
「だって僕は何もできてない……」
「かぐやは、千年生きてきた俺が唯一愛した人だった。だからこそ、千年間、眠り続けて、かぐやともう会うことができないと察した時、死にたくなった。唯一の生きる理由は雅楽だったんだ」
治郎は涙を流しながら、弱々しく手を雅楽の頬に当てた。そしてそのひんやりとした手で雅楽の涙を拭った。
「俺は雅楽のおかげで、かぐやがいない哀しみを越えることができた。お前が笑うから、俺も笑うことができたんだ」
「でも僕は! 怖がりで、いつもお父さんに助けてもらってばっかりで、何もできない。百々目鬼だって、お父さんなしじゃ……」
「大丈夫だ」
弱々しい声だが、確かな意志を持って治郎が言葉を紡いだ。
「雅楽を残して死んでしまうことは、悲しい。だが、心配はしていない。百々目鬼を倒してくれると信じている。だってお前は俺とかぐやの息子だから。世界で一番優しいから。雅楽が俺にしてくれたように、これからもたくさんの優しさをたくさんの人に分けてあげてくれ」
治郎の顔に雅楽の涙が落ちる。
「だんだん喋ることも辛くなってきた……。いいか、よく聞いてくれ。これが俺の最後の言葉だ」
雅楽は頷いた。しゃくりあげる泣き声を抑え込んで、治郎の声を聞き取ろうとしていた。
「俺が、かぐやの分まで雅楽に伝えよう。俺たちは、お父さんとお母さんはいつまでも雅楽のことを愛している。余計な言葉はいらない。ただ愛している」
雅楽は治郎の手をぎゅっと握りしめた。
「僕もだよ! お父さんもお母さんも、愛してる。これまでも、これからも!」
治郎は最後に笑みを浮かべた。二千年間も生きてきた治郎が最後に思い出したのは、目の前の雅楽とかぐやのことだった。
(あ、あれは……)
もはや口を動かすことすらできない治郎の瞳に、不思議なものが映った。雅楽の周りをふわふわと浮いている浮世の魂だった。雅楽に教えた通り、死ぬ直前の人間は浮世の魂を見ることができた。
浮世の魂は一度大きく光ると、丸い形からどんどん人の形に変わっていった。
その姿は、千年前、何度も目に焼き付けたかぐやの姿だった。
(かぐや……。千年もの間、ずっと雅楽を見守っていてくれてありがとう……)
かぐやは笑顔で頷いた。そしてその手を治郎の方へ伸ばす。
(雅楽はもう大丈夫だ。百々目鬼に関しても心配していない。なぜならあいつは俺よりも強く、かぐやよりも優しく育ってくれたから)
もう腕に力が入らないというのに、なぜか治郎は腕を伸ばすことができた。気づけば体は半透明に透け、魂だけになっている。
(もう行こう。雅楽のことは心配いらない。もう……)
(あなた。雅楽のことを育ててくれてありがとう)
美しい声でかぐやは語りかけた。二人の会話は二人にしか聞こえていない。
治郎は満面の笑みを浮かべると、かぐやと手を繋ぎ、その姿を消した。
雅楽はこときれた治郎を優しく地面に置いた。
「百々目鬼を倒そう」
涙の奥に光る瞳は、今までにない輝きを放っていた。夜祭に輝くどんな星よりも眩しく、煌びやかだ。
「え、ええ。でも治郎さんは……」
蓮香は治郎が死んでしまったことに動揺していた。治郎がいても百々目鬼とつららには押されていた。そんな中で重要な戦力だった治郎がいなくなってしまったので、勝てる気がしなかった。
「確かに難しいよ。お父さんなしで、百々目鬼を倒すことは。でも父さんが……、父さんが『信じてる』って言ってくれたんだ。『信じてる』って言われたなら、息子にできることは、その信頼に答えることしかないんだ!」
雅楽の足元から竹が生えた。それは百々目鬼へ一直線に伸びていく。今までで最も早く、頑丈な竹だった。
その竹を百々目鬼は次々と避けていく。雅楽はひたすらに高速で大量の竹を生やすが、百々目鬼は全身に浮かぶ無数の瞳をぐりぐりと回し、あらゆる角度の攻撃も避けていく。攻撃の間を縫うように移動した百々目鬼は、雅楽に近づくと骨を突き出した。その攻撃は異様に早く、本来ならば雅楽の目では追えないものだった。
しかし雅楽は首を傾けるだけでその攻撃を避けた。避けられたことに驚いている百々目鬼に、雅楽は手から尖った竹を生やすと、それを突き出した。
「……っ!」
百々目鬼に初めて焦りの汗が垂れる。彼は後ろに跳躍すると雅楽と距離をとった。
「『あやかしの生える木』」
雅楽がそう言うと、また竹が生えた。しかしそれはいつものように単調に真っ直ぐと生えるわけではなかった。複雑に竹同士が絡みつき、ついには口裂け女のような形になった。他にもてけてけやヒダル神など、今まで見てきた数多のあやかしの姿形を模した竹人形があちこちに生える。
「みんな行くんだ」
竹人形は不気味に体を揺らしながら百々目鬼へ向かっていった。百々目鬼は次々と壊していくが、一体一体が本物のあやかしのように強かった。
ピンチになると百々目鬼はいろんな方向に体をひねってかわすが、いろんな角度からの攻撃を避けるのがだんだん難しくなっていた。
「まさか雅楽がこんなに強いなんて……」
蓮香は雅楽の実力に驚いていた。竹を出すという能力一つでここまで強くなるとは思っていなかったのだ。
「貴様……、治郎の力を」
雅楽の瞳は、治郎が力を使っている時と同じ輝きを持っていた。治郎がしていたように雅楽も、視覚を遅らせ反射神経を高めていた。それだけでなく、竹をあやかしの形に組み替える時も、体内時計を遅らせじっくりと熟考しながら作り出していた。
この高度な力は治郎でさえ何年もかけて習得したものだった。しかし、母親から受け継いだ竹の力と組み合わさり、途轍もない速度でこの技を使えるようになったのだった。
作者の紫 凡愚と申します!
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