父との思い出
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「はあ……。はあ……」
雅楽は全身に汗をかき、息切れをしていた。千年もの記憶を見たので、頭蓋が崩れるような疲労感があった。
「ち、千草。僕のお母さんは千年も前にぬらりひょんに作られた人だったの?」
「そうじゃ」
「お父さんも、千年も前に生きていた人だったの?」
「そうじゃ」
未だ雅楽の頭は混乱していた。あまりにも壮大な話すぎて理解できなかったのだ。疑問はいくらでも浮いてきた。
「お父さんと千草は、カグヤが……、僕が育てた方のカグヤが食べられることを知っていたんだよね?」
「そうじゃのう」
「……っ、もしかしてお父さん!」
雅楽の頭に嫌な推測が浮かぶ。最近、治郎の様子がおかしかったこと、もう会えないかのような寂しさを匂わせていたこと、その全てがつながった。
「まさか!」
「思っている通りじゃ。治郎は、一人でぬらりひょんへ挑みにいった。差し違えるつもりでな。雅楽殿たちを守るためじゃ」
「な、なんで」
「本当は雅楽殿だけを助けるつもりだったんじゃ。ぬらりひょんはちゃんと娘を育てきれば、危害を加えない。だから、無難に娘を育てさせ、それは見殺しにし、雅楽だけでも守るつもりだった」
雅楽と千草以外の蓮香、つらら、カグヤはなんの話をしているのか分からず動揺していた。ただ、何か大切な話をしているということだけはわかった。
「じゃが、なんの因果か偶然か、雅楽殿はぬらりひょんの娘にカグヤと名付けた。それはまだ治郎が竹取の翁だったころに、ぬらりひょんの娘につけた名前と同じ。だから重ねてしまったんじゃ。自分と雅楽殿を。かぐやとカグヤを。雅楽殿がカグヤという名前をつけた瞬間に、治郎は覚悟を決めておった」
「そ、そんな……」
雅楽は思わず跪いた。瞳から涙がボロボロとこぼれ落ちる。自分とカグヤを守るために、治郎が命を差し出す覚悟でぬらりひょんに挑んでいる。その事実は雅楽の肩に重くのしかかった。
雅楽の頭に今までの治郎との記憶が蘇った。
小さい時、公園で遊んだ記憶。忙しい合間に授業参観に来てくれた記憶。仕事で全国を飛び回ることが決定し、最後に「いってらっしゃい」と言う時に泣いた記憶。
治郎に関する記憶の全てが、胸を暖かくし、頬を濡らして冷やす。
「千草。お父さんの居場所を教えて」
「何をする気なんじゃ」
「助けに行く」
「いくら雅楽殿の頼みといえど、それは無理じゃ。男が一人、覚悟を決めて挑むというのならば、それを邪魔するのは野暮というものじゃ。それに、雅楽殿が行ったところで、ぬらりひょんには勝てん」
千草の言うことは正しかった。今の雅楽の実力では、戦いに参加したとて、役に立つことはないだろう。
「……『月に届く青竹』」
雅楽が呪文を唱えると、目の前から立派な青竹が生えた。青竹はぐんぐん伸び、雲を貫き、月まで一直線に伸びた。
「いつの間に……」
「これだけ竹をはやせるようになれば、戦力になるでしょ? ……それに、僕にとってお父さんは、僕自身なんだ。僕はいつもお父さんの後ろを追っていた。いつかこんな大人になりたいって。お父さんが死ぬのは、未来の僕が死ぬのと一緒だ。それに千草だって大切な人を助けられない苦しみはわかるでしょ?」
雅楽の言葉で千草はかぐやのことを思い出した。
ただの猫だった千草には、かぐやを救うことができなかった。その時の無力感と後悔は一千年たった今でも、彼女の心の中にくすぶっていた。
「……分かったのじゃ。じゃが妾もぬらりひょんのところには行く。雅楽殿だけに任せるわけにはいかないからのう」
「ありがとう……」
「ちょっと待って」
二人の会話に、蓮香が待ったをかけた。
「ぬらりひょんにところに行くのね。私も行くわ」
蓮香は会話を聞いてなんとなく、治郎を助けに行くことを察したらしい。
「私だって治郎さんにはお世話になっているもの」
「私も行きますよー」
「だめだよ。だって命がかかってるんだよ?」
「舐めないでほしいわね。今までの仕事だって命をかけて臨んで来たわ。命なんて、今更問題にならない。私がどうしたいかが重要なの」
「……私も行く。私のせいでみんなが死ぬなんて嫌だ」
カグヤは生まれてから一番の緊張した面持ちで言った。自分の生まれた理由を知った恐怖と、今まで一緒に過ごしてきたみんなが死んでしまうかもしれないというそれ以上の恐怖が混ざった顔だった。
「……みんな、ありがとう」
雅楽は、二人が治郎のためについてきてくれると知り、涙を流した。しかし、今は泣いている場合ではない。彼は涙を地面に捨てるように勢いよく拭くと、千草を見た。
「行こう。早くお父さんを救わないと」
ぬらりひょんと戦うことの不吉さをあらわしたかのように、星が怪しく光る。先ほどまで綺麗に輝いていた星々は、闇に浮かぶ獣の瞳のように変わった。
作者の紫 凡愚と申します!
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