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ようこそ! あやかしの世界へ!  作者: 紫 凡愚
第4章 竹の子
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かぐや姫

ブックマーク、コメント、評価、よろしくお願いします。

感想もくれたら、最高に喜んでしまいます。

竹取の翁とかぐやが一緒に暮らし始めてから二週間ほど経つと、彼女は妊娠した。


「妊娠……したかもしれません」

「本当か!」

「……すいません。あなたに伝えないといけないことがあります」


かぐやは神妙な面持ちで口を開いた。


「私の成長は早く、ぬらりひょんから生まれた瞬間に自我がありました。私が言葉を認識できないと思っていたぬらりひょんは油断し、こう言ったのです。『これはこれは、美味しそうな飯が生まれたのお』と」


そう告げるかぐやは自分が食われるということを言っているのに、怖がっている素振りはなかった。むしろその瞳は決意に満ちている。


「ぬらりひょんの食べ物は、清純な女の肉体。彼はそれを自分で作り出し、育てるのを誰かに任せるのです」

「それじゃあ……、かぐやは……」

「私はあなたと混じり合ったので、清純な女では亡くなりました。ぬらりひょんは私を食べないでしょう。しかし彼の残忍な性格から考えると、私は間違いなく殺されます」

「じゃあ! 俺がぬらりひょんを倒そう! 除霊しよう! これでも俺は、今まで数多のあやかしを除霊してきた。酒呑童子も、竜宮城に住む邪悪な人魚も俺が除霊したんだ。現役は引退したが、ぬらりひょんだって……」

「ダメです!」


 かぐやは初めて声を荒げた。あまりの気迫に、竹取の翁は黙り込んでしまった。


「私はこれからあなたからもらった鈴を外します。そうしたら、二週間ほどでこの子を産むことができるでしょう。私はどうしてもこの子を産んであげたいのです。しかし、私は子供を育てることはできません。逃げてもぬらりひょんのことですから、必ず私を捕まえるでしょう」

「じゃあ、なおさら俺が!」

「だから! もし、あなたが負けてしまったら、誰がこの子を育てるんですか! 私は、この子には無事に育ってほしいのです」


かぐやの黄色の瞳には、どうあっても揺るがないであろう決意が含まれていた。竹取の翁にはその決意を無下にすることができなかった。


「それじゃあ、俺はどうすれば……。かぐやが死ぬって分かっていながら何もできないのか」

「あなたは笛を吹いてください。あなたの笛を聞くことができれば、私の死の恐怖は音とともに空へ飛んでいきます。だから笛を吹いてください。私の竹で作った笛で」


 竹取の翁はそれから毎日笛を吹き続けた。晴天の日は空に音色を自慢するように吹き、雨の日は曇天を貫くように空気を震わせた。


 彼の音色には、今までにない重みが加わっていた。かぐやとの別れを惜しむ感情が、笛の穴を抑える指づかいや音の端々にまとわりついていた。


この世のものとは思えないほど雅な演奏に、事情を知らない村人やあやかし、動物でさえ涙を流した。

 陣痛が来たのはそんな日々を繰り返し、二週間ほど経った日だった。その日はかぐやを預かってから丁度一ヶ月たった日、ぬらりひょんがかぐやを取り戻しに来る日だった。


「うっ……、ぐっ……」


 かぐやの髪は額にぴたりと張り付き、汗ばんでいた。その姿を竹取の翁と千草は眺めることしかできなかった。


「……おぎゃあ、おぎゃあ!」

「う、生まれた!」


 かぐやから生まれた赤子は、自分がここにいると世界に語るように大きな声で泣いた。その鳴き声は、竹取の翁の音色のような繊細さはないが、その場にいた全員の鼓膜を振るわせた。


「あなた。切って」


 その言葉を聞いて我に帰った竹取の翁は鋏を取り出すと、へその緒を切った。今まで数多のあやかしを斬ってきた竹取の翁でも感じたことのない、生命を断ち切る感覚だった。


「はあ、はあ……。よく聞いてください」


 かぐやはまだ呼吸が整っていないのに、すぐに喋り出した。


「ぬらりひょんは、私を殺した後にあなたたちを殺そうとするでしょう。独占欲が強いので、どんな手を使ってでもあなたたちを探すはずです。同じ時代に生きていたら、必ず見つかってしまいます。だから、あなたたちは時を止めてどこかに隠れてください」

「時を止めて?」

「もしも赤ちゃんとあなたの時間を止めるとするなら、どのくらい時間を停止できますか?」

「……無理をすれば千年は止められるはずだ。だが動けるようになるには、俺の力が弱くなってしまう」

「それでもぬらりひょんから逃げ切るには、一千年は必要です。誰も知らないようなところで千年時を止めて隠れてください。そこまでしないとぬらりひょんはあなたたちのことを嗅ぎつけます」

「かぐやは……」

「それについては言ったはずです。私はもう……」


 彼女が言葉を言い終わる前に、竹取の翁の瞳から涙が流れた。かぐやは言葉の続きを言ったらもっと悲しんでしまうと思い、言葉を飲み込んだ。


「この子は必ず立派に育ててみせる。かぐやのように、誰よりも優しく、強い子に」

 竹取の翁は手に持った赤子をかぐやに渡した。かぐやは優しく赤子を抱きしめた。

「可愛い……」

「ああ、可愛いな」

「この子の名前を覚えていますか? 男の子でも女の子でもこの名前をつけようって言った名前を」

 かぐやは赤子の姿を忘れることがないように、じっと見つめた。

「もちろんだ。この子の名前は雅楽と書いて『うた』。雅楽(ががく)の演奏のように、混じり気がなく純粋に育ってほしいから、雅楽」

「素敵な名前ですね。できることなら、この子の記憶のある時に名前を呼んであげたかった」

 かぐやは名残惜しそうに、雅楽を竹取の翁へと渡した。その間も、雅楽は大きな声で泣き続けていた。

「この一ヶ月、私は誰よりも幸せでした。私より幸せな人はいないと断言します。……もう行ってください。ぬらりひょんが来てしまいます」

「分かった。……かぐや、愛してる。一生、お前を愛し続ける」

「私もです。私は死んでもあなたと雅楽と一緒に居続けます」


 かぐやと竹取の翁はキスをした。これが最後のキスになることは、二人とも分かっていた。

 しばらくして二人は名残惜しそうに唇を離した。


「じゃあな」

「ええ」


 二人の間に言葉はもういらなかった。言葉がなくても、命がこの世界になくなっても、一千年の時を超えても、愛は揺るぎないものとなっていた。


 治郎は屋敷を去った。もう二人が会うことはない。


「こっちに来てください」

「にゃー」


 治郎がいなくなった後、かぐやは千草を呼んだ。千草は彼女の声を聞くと、喜んで彼女の元に走り寄っていった。


「おまえにふたつ渡すものがあります。一つはこれです」


 かぐやは懐から竹取の翁からもらった鈴を取り出した。


「この首輪は私の成長を止めるために、時を遅くします。これをつけていれば、あなたは一千年以上生き、猫又になれるでしょう」


 彼女はその首輪を持って、千草に問いかけた。


「もし猫又になったら、雅楽を守ってくれませんか。無理にとは言いません。ひと目見て、雅楽が守るにふさわしい人になっていたらでいいです」

「にゃー」

「やっぱりおまえは賢いですね。でも断ってもいいのですよ。千年生きるというのは楽なことではありませんから。自由に生きてください」

「にゃー」

「優しいですね」


 千草は肯定の意思を込めて、首をかぐやに押し付けた。千草の首には、美しく鳴る鈴がついた。千草は首をぶるぶると振り、誇らしそうに鈴を鳴らした。


「うふふ。似合っていますよ」


 かぐやは優しく微笑んだ。彼女は細くしなやかな指で、千草の頬を撫でた。その感触が気持ちよくて、千草は自分からも頬を擦り付けた。


「もう一つは名前です。本当はすぐに決めたかったのですが、おまえに似合う名前をなかなか思いつかなかったのです。でも素敵な名前を思いつきました」


 千草は耳をピンッと立てた。名前を聞き逃さないよう、千年経っても忘れないように、しっかりと彼女の言葉を聞き取った。


「おまえの名前は『千草』です。雅楽のことを守ってほしいと言いましたが、それはあくまで千草の自由です。私とは違います。生まれおちた瞬間から、竹がまっすぐ伸びるように、私の運命は決まっていました。ぬらりひょんに食われる、殺される。それしかありませんでした。でもあなたは自由です。森中に生える草のように、のびのびこの千年を過ごしてほしいのです。だから、おまえは『千草』なのです」


 千草。


 その名前は鼓膜にぴたりと張り付いた。何千年経ってもこの名前を忘れることはない気がした。

この瞬間に、ただの猫から千草という存在になったのだった。


「さあ、もうお行きなさい。千草には私の最後は見てほしくないのです」

「にゃー」

「さようなら」


 千草は最後に顔を押し付け、かぐやの匂いを吸い込んだ。その匂いは、竹が葉を落とす時期の竹林に似ていた。きっと彼女の息子である雅楽も同じ匂いがするだろう。この匂いを辿れば、いつでも雅楽を探すことができる。


千年立ってもこの匂いは名前と同じように忘れることはないだろう。

 かぐやは一度ぎゅっと千草を抱き締めると、涙を流した。それを合図に、歩くたびに揺れる鈴を鳴らしながら、千草は家を出た。


 家を出てすぐ、重い雰囲気が立ち込めた。ぬらりひょんが来たようだ。家から距離は離れていたが、五感が鋭い千草は家の中の音がを聴き取っていた。


「この匂い。まさか……」

「ぬらりひょん……。あなたは最高の食事を作り出そうと、最後に加える自然物を試行錯誤しているのでしょう。最も美味しくなる食材をずっと探し続けているんですね。太古の昔から。残念ながら竹から作った私は失敗作でしたね」

「そうか。成長が早くなったのだな」

「そうです」


 ぬらりひょんは彼女の様子や、匂いから子供を産んだことまで察したようだ。


「相手はあの竹取の翁であろう。奴はどこにおるんじゃ。儂の飯を汚すなんぞ許されることではない。殺してやろう。生まれた子供も奴の前で八つ裂きにしようぞ」

「そんなことを言われて、教えるわけないでしょう」

「であれば、拷問するまでよ」

「何にせよ、私を殺すのでしょう。あなたに殺されるのであれば私は……、自ら死を選びます。『月まで届く青竹』」


 かぐやが呪文を唱えると、彼女の体はだんだんと竹に変化していった。腕や脚は細くてしなやかな竹に、髪の毛は根のように柔らかな竹に、そして胴体は木のように太い竹に変わった。


 その竹は天井を突き破り、空に伸び、雲を貫き、地上からは見えなくなるくらい長く生えた。竹の真上には昼の青空に映える、冴えた白い月があった。


 地上から見ると、竹は月まで届いているように見えた。


「自らを竹に変えるなど面倒なことをする……。早く竹取の翁を見つけようぞ」


 ぬらりひょんの姿が一瞬で消えた。竹取の翁たちを探しにいったようだ。


 天高くそびえ立つ竹を見て、村人たちは驚いた。そして竹取の翁とかぐやが消えていることに気がつくと、なぜ彼らが消え、月まで届くような竹が生えたのかという議論になった。


彼らが正解など出せるわけがなかった。しかしおひれがついた噂が広まり、もはや原型を止めることのないくらいの話へと変わっていった。


 その話は「かぐや姫」として、現代でも語り継がれる物語となった。


 千草はそこから一千年、自分の好きなことをした。山で暮らし、草を愛で、竹に擦り寄り、寂しくなると人里に降りた。人の世界は見るたびに変わっていった。木でできた家は、石造りになり、レンガとなり、ビルになった。街は人で溢れ、喧騒でやかましくなった。鬱陶しく思った千草は山に篭るようになった。


 そしてあっという間に一千年が立っていた。


 千草はあと十年ほどで猫又になるというところで雅楽を探しに行った。一千年が立っても、かぐやの匂いを忘れていなかったため、すぐに彼を見つけることができた。


 彼は公園で金髪の男と遊んでいた。千草はそれが治郎という名前に変えた竹取の翁だとは気づけなかった。彼はぬらりひょんに見つからないよう、見た目だけでなく性格まで変えていた。


 一目雅楽を見た瞬間に、彼女は察した。この人は私が支えるのだと。彼はかぐやの存在など知らないのに、性格はかぐやにそっくりだった。誰よりも純粋で、優しい。


 こうして猫又となった千草は雅楽と共に過ごすことになったのだった。


作者の紫 凡愚と申します!

この作品が面白い、気になると思った方は是非、ブックマーク、コメント、評価お待ちしています。途轍もないやる気になります! タイトル通りストックは最終話まであるため、人気になればどんどん投稿ペース上げてくのでよろしくお願いします!

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