夜祭の始まり
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二日後、ぬらりひょんがカグヤをもらいにやってくる。夏休みは終わりに近づき、雅楽の心も落ち込み始めていた。それは夏休みが終わるからではない。カグヤと別れを告げなければならないからだった。
食卓で雅楽たちはそのことについて話していた。
「主人……。そんなに落ち込まないで」
カグヤは雅楽に育てられただけあって、心優しく可憐な少女になっていた。外見は当初見た時と変わらず、どこまでも美しく、それでいて紅葉のような儚さを兼ね備えている。紅の髪色にはさらに艶がかかり、瞳はカグヤという名前が相応しい黄色に満ちていた。
美しいのは外見でなく、中身もそうだった。雅楽の底なしの優しさを自分の胸の中に落とし込み、困っている人は必ず助け、一面紅葉に染まった山のように雄大な心を持ち合わせていた。
「そうだけどさ。カグヤと、もちろん千草や蓮香、つららとももっと一緒にいたかったよ」
「別にいつでも会いに来れる……」
「そうよ、雅楽。それに明日は夜祭よ。最後の思い出を作るのに、最高の日だわ」
「夜祭?」
夜祭という言葉を雅楽は初めて聞いた。しかし、最近なんとなくあやかし界が浮き足立っていることは感じていたので、それが理由なのだと思った。
でも祭りなんてあやかし界では毎日行われている。今更、祭りをしたところで意味がないではないか。というのが雅楽の感想だった。
「一年中、夕立が美しいあやかし界だけど、その日だけは夜が訪れるの。夜が来て、朝がきて、夕方が来て、またいつものあやかし界に戻るわ」
「へー、一年でその日だけなんだ。あやかし界はずっと縁日だから、明日はすごいお祭りになりそうだね」
「いいえ。逆よ」
「逆?」
「夜祭だけは、祭を止めるの。その代わり、あやかしは外に出て、夜空を見つめ続ける。一年間見ることはできないから、一年分の夜空を瞳の中に入れ込むようにずっとね」
常に祭が開かれているあやかし界で唯一、祭が開かれない日。常に夕方のあやかし界で唯一、人間界のような一日が訪れる日。いつもうるさいあやかしの世界にとって、静寂が訪れることこそが普段と違う祭りとなる。
きっとその光景は幻想的なのだろう。
「そうだ、雅楽。明日、時間をくれないか?」
「もちろんいいよ、お父さん。でも何するの?」
「ちょっとな……。まあ、夜が来るまでには終わるからそんなに気負わないでくれ」
治郎から誘われることは滅多にないため、雅楽は不思議がった。
ここ最近、治郎は雅楽と過ごすことが多くなった。雅楽としては、治郎と過ごすのは嫌ではなく、むしろ親子水いらずの時間は大好きなのだが、治郎が悲しそうな顔をしているのが心に残っていた。
治郎がどこかに行ってしまうような気がする。そんな予感のせいで、治郎からの誘いをどこか怖く感じた。
「妾たちは夜祭に向けて、しっかり昼寝をするのじゃ。星を見るの楽しみじゃのう」
「そうね」
「そうですねー」
千草たちも夜祭を楽しみにしているようだった。
蓮香とつららはいつも通りだが、千草だけは、「楽しみ」と言いつつ、神妙な顔をしていた。治郎の方をチラチラと見て、二人だけに通じ合っている何かがあるようだ。
あやかし界で最大の行事である夜祭は、不穏な空気と共に始まろうとしていた。
夜祭当日、治郎は雅楽と会うとすぐに口を開いた。
「雅楽と一緒に行きたいところがあるんだ」
雅楽は黙って治郎の後ろについていった。人間界へ戻り、電車を乗り継ぎ、一時間ほどかけてどこかに来た。
その間、二人は無言だった。二人の間に、もはや言葉は必要なかった。何も言わなくてもお互いの気持ちは通じ合っていたし、親子としての絆は強固なものとなっていて、揺るぎないものだった。
「ここだ」
連れてこられた場所は、名前もないような竹林だった。立派な青竹が空に向かってたくさん生えていた。あまりに高くそびえる竹は、空から栄養を吸収しているみたいだった。
雲ひとつない快晴の空から青色を吸収し、その青を全身にめぐらせ、元あった色と混じり合い、青竹の肌の色が形成される。
そんなことを考えてしまうほど、美しい竹林だった。
「ここなら、あやかしの目も人の目もない。ここで教えたい闇祓いの技があるんだ」
「え、でもカグヤをぬらりひょんに返したら、闇祓いとしての仕事はもうないんじゃ……。元々一ヶ月って言ってたし」
「お前には近い将来、必ず力が必要な時がくる。お前が優しい人間である限りな」
治郎には有無を言わさない強引さがあった。眉間に皺がより、目つきは鋭くなっている。治郎のこんな真面目な姿を見るのはこれが初めてだった。
作者の紫 凡愚と申します!
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