ヒダル神とつららの実力
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ヒダル神が現れるという防空壕は、かつて人が入っていたとは思えないほどこじんまりしていた。
入り口からは奥が見えないほど暗く、中は夏だというのに涼しかった。地面に転がる尖った石や荒々しく削り取られている外壁を見ていると、当時の人々の焦りが時代を超えて伝染してきた。
「ね、ねえ。本当にここに入るの……?」
「だから怖がるなって、雅楽。もうあやかしには慣れただろ?」
「そうだけど、明らかに異質だよ。なんていうか人間界なのに、あやかし界に近いというか。浮世の魂が浮いてるし」
「強力なあやかしが出る場所はそうなるんだよ」
「それにお腹が空く」
「それはこの奥にヒダル神がいるって証拠だよ」
雅楽たちは防空壕をどんどん進んでいった。奥に行けば行くほど、空洞は狭くなっていき、雅楽たちは腰を屈めないといけなくなった。さらに窮屈なだけではなく、空腹も増していき、恐怖よりもお腹が空いた苦しみの方が大きくなっていった。
極度の怖がりの雅楽が、あやかしの恐れよりも空腹の方が気になっている時点で、かなりの極限状態だった。
今すぐにでもタケノコを生やして蓮香に料理を作ってほしい。
そんなことを真面目に考えてしまうほどのお腹の空き具合だ。
「こ、これはかなりきついね……」
「ええ、私もこんなパターンは初めてよ。ただ除霊するだけなら簡単だけど、ここまで飢餓感があるとはね……。つららたちは平気なの?」
つらら、カグヤ、千草、治郎は空腹を感じていないかのように、余裕そうな表情をしていた。雅楽と蓮香が空腹で足がふらついてるのとは対照に、彼らの足取りははっきりしている。
「私は影間で働いている時にもっと辛い経験してますからねー。それに比べれば遥かにマシです」
「……地面に落ちている枯葉から栄養を吸収している。だから平気……」
「妾は野良猫時代にもっとひどい空腹になっとるからのお」
「俺はただ我慢しているだけだ」
各々が独自の空腹への対処法を持っていた。つららや千草のように、すでに空腹になれている人にはあまり効果がないようだ。
しばらく歩いていると、防空壕が突然開けた。
雅楽たちは背筋を伸ばすことができるようになり、楽な体勢をとることができるようになったが、リラックスはできなかった。先ほどよりもさらにグンと気温が下がり、息が白くなるほど寒くなった。そして暗くてよく見えないが、奥から人間とは思えない気配を感じた。
「くちゃくちゃ。ぴちゃぴちゃ」
何かを食べている音が暗闇の向こうから聞こえてきた。「ぶちっ、ぶちっ」という不愉快な音も聞こえる。それは間違いなく肉を噛みちぎる音だ。
治郎は音の鳴る方へ懐中電灯を向けた。
「めち、おいちい。めち、おいちい」
光の先にはヒダル神らしきあやかしが照らされていた。人間の子供のような風貌をしていて、身長は雅楽の腰ほどしかなく、体は針金のように細かった。頭は禿げ上がり頭髪はまだらにしか生えていない。
気味悪い奇怪な見た目の何よりも目を引くのが、でっぷりとしたお腹だった。体のどこを見ても細いのに、お腹だけは突いたら破裂しそうなほど膨らんでいた。
「めち、めち、めち」
ヒダル神は一心不乱に動物の死骸を頬張っている。口元は血で汚れ、あたりには臓物が散らばっている。腐敗臭が空間全体に漂っていて、思わず顔をしかめた。
あやかしに慣れた雅楽ですら、気絶しそうになる光景だった。
「めち? めちが来た。めちだ。新鮮なめちだ!」
ヒダル神は雅楽たちを見つけた途端、目を輝かせた。その瞳は爛々としていて、食卓に自分の大好物を置かれた子供の瞳そのものだった。
そんな純粋な瞳が自分に向けられていることが雅楽にはとてつもなく恐ろしく思えた。
何が起きても対応できるように警戒していると、突然、ヒダル神の姿が消えた。
「あれ? どこに」
「雅楽殿!」
雅楽の背後から、ガインッという金属がぶつかり合うような音がした。後ろを見ると、ヒダル神と千草が爪を重なり合わせ、火花を散らしながらせめぎあっていた。ヒダル神は雅楽の目で追えないほどの速さで移動して、攻撃をしていたのだった。
「ただのめちじゃない。強いめち。おまえら食べたら、おなか満たちゃれる」
ヒダル神はもう一度高速で移動すると、元いた場所に移動した。彼は完全に雅楽たちのことを飯だと認識していた。
「ああ、これが恋の試練なんですね……。今まで私はここまでの怒りを感じたことがありませんでしたー」
つららは突然、そんなことを言い始めた。雅楽のことを攻撃しようとしたヒダル神のことを睨みつけている。
急に、ただでさえ低い気温がさらに低くなった。つららから途轍もない冷気が放たれていた。その冷たさにヒダル神でさえ、顔色を変えた。
「私、初めて好きな人を攻撃されたんですー。まさかここまで苛立つとは思ってもいませんでした。これが恋……。影間としてたくさんのお客さんの相手をしてきましたが、こんな感情になったことはありませんー」
周辺の気温はどんどん低くなり、その冷気のもとであるつららの肌は凍り始めていた。彼の瞳はどんな氷よりも冷徹で、恍惚そうに微笑んでいる口からは氷柱のように尖っている犬歯が光っていた。両手を真っ赤になった頬に当て、雅楽のことをうっとりと見つめている。
彼は男だというのに、雅楽でさえドキリとする色気を漂わせていた。
「めち? おまえらはただのめち?」
「飯なんかじゃありませーん。君が僕たちの贄となる飯なんでーす」
つららが手を地面につけると、どんどん地面が凍り始めた。氷は懐中電灯の光を反射し、キラキラと煌めいている。その光景は地面に星屑が落ちているかのようで、雅楽は目を奪われてしまった。
「『氷襲』」
凍った地面から尖った氷が大量に突き出した。それは一目散にヒダル神へ向かった。ヒダル神は避けるために、高速で移動したが、それが高速であるが故に地面に張り巡らされた氷に足を滑らせ転んでしまった。
「いちぇ。いちゃい」
「私の愛する人に手を出そうとした罰でーす」
緊張感のない口調とは裏腹に、彼が攻撃を緩めることはなかった。転んで動けないヒダル神を氷で包むとそのまま凍らせてしまった。
ヒダル神は化石のように固まってしまって動けなくなっている。
「雅楽くんを殺そうとするなんて馬鹿な真似したからですー。手を出すものはあやかしだろうと許しませんよー」
つららは指をパチンと鳴らした。すると、ヒダル神を包んでいた氷がバラバラに砕け散った。もちろんその中にいたヒダル神も氷と共にバラバラになった。
「ああ、恋とは……。恋とは何て甘美な感情なのでしょうか。どれだけ世界が冷たくても、心だけは燃えるように熱くなります」
あれほど恐ろしかったヒダル神の割には呆気のない幕切れだった。
初めてつららの闘っている姿を目の当たりにした雅楽は、彼の強さを改めて知ることになった。
「どうですか、雅楽くん。私のことを好きになってくれましたかー?」
雅楽を守ることができて、つららは嬉しそうだった。もし彼に尻尾があったら、犬のようにぶんぶん振っていただろう。しかし、その瞳の奥にある狂気は隠し切れておらず、雅楽に対してただの愛情とは言えない狂信的な愛が渦巻いていた。
「う、うん……」
「なんか反応薄いですねー……」
「二人とも、まだそんな無駄話をしている場合じゃないわ。空腹感が収まらないでしょ。きっとまだどこかにヒダル神がいるのよ」
蓮香の言う通り、空腹感は未だ続いていた。むしろさらに強くなっていた。
雅楽のお腹は「ぐうう」と音をたて、お腹の皮と背中の皮がくっつきそうになるくらいの耐えきれない空腹が襲ってきた。
作者の紫 凡愚と申します!
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