ぬらりひょんの美人娘
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「ほお、これは世にも珍しいものを見たのう」
雅楽たちの声とは違う、しゃがれた老人の声が響いた。
老人は電柱の上で胡座をかき、右手には杖を左手にはお猪口を持っている。
老人を見た瞬間、千草の尻尾の毛が逆立った。
「貴様……、ぬらりひょんか。あやかしの王が何をしにきた」
千草の「ぬらりひょん」という言葉を聞いた途端、蓮香は巻物を広げた。普段のんびりとしているつららですら、手のひらに氷を出していつでも攻撃できるようにしている。
「流石長寿で知られる猫又じゃ。よく分かったのう。そんなに殺気を放つでない。全く、若い奴らは血気盛んじゃ。おー、怖い怖い」
彼は一見、小柄で痩せ細った老人のような見た目をしていた。輪郭を繋いでいる線は万年筆で書いたように鋭く、ダボダボの着物の下には肋が浮き出ていた。今にも死んでしまいそうな佇まいなのに、思わず身震いしてしまうほどの威圧感があった。
その威圧感にあてられ雅楽は膝をつきそうになった。
「猫又や。貴様がなぜこんなところに居るのじゃ。本来、人間には懐かないであろう」
「猫又と言うでない。妾は千草じゃ。ここにいる雅楽殿を見染めたのじゃ」
「ほう。それはなぜゆえ」
「人間の中で最も美しく、純真で、清純な心を持っているからじゃ」
「これは驚いた。人間の内面を深く読み、魂の形までもなぞることができると伝えられている猫又がそう言うのであれば、真実なのであろう。猫又にそこまで言わせるお主に興味がわいたぞ」
ぬらりひょんは皺だらけの顔にさらに皺をよせ、「ひょっひょっひょっ」と笑った。歯はほとんど残っておらず、確認できる数本も黒ずんで腐っていた。
彼の笑い声は地を這うように響いた。ただ笑い声を聞いただけなのに、雅楽たちの肌には鳥肌が立った。
ぬらりひょんは存在そのものが不気味で、見た目以上の恐ろしさがあった。
「そこの雅楽とかいう小僧よ」
「は、はい!」
「お主に一つ頼み事をしよう」
ぬらりひょんは手に持っていた杖を雅楽の前に投げた。投げ出された杖は目に見えないくらいの速さで地面に突き刺さると、もくもくと煙を出した。雅楽たちの視界は煙だけになってしまい、何も見えなくなってしまった。
「ぬらりひょん! 貴様、妾の夫に何をするのじゃ!」
「そう焦るでない。今に分かる」
煙はだんだんと薄まっていき、少し経つと完全に無くなった。煙がはれると、杖が刺さっていた場所に変化があった。杖の代わりに、雅楽と同じ歳くらいの少女がペタリと座っていたのだ。
「そこにおるのはわしの娘じゃ」
「娘じゃと?」
「娘と言っても妻から生まれたわけではない。新鮮な処女の死体を百体混ぜ合わせ、一つ自然から生まれたものを加えると、最後に加えたものを象徴するような女子が出来上がるんのじゃ」
「自然から生まれたもの?」
「その娘は京都、清水寺の紅葉を混ぜ合わせて生まれた。体の随所で紅葉を感じさせるであろう?」
言われてみれば、少女の髪は紅葉のように赤く、目は黄色い。その瞳も髪も美しいのだが、何より美しかったのはその顔立ちだった。目はくりくりとしていて、鼻は筋通り、唇は薄桃色をしていた。
いつの間にか見惚れてしまうほどの美貌だった。
「そやつはまだ生まれたばかりじゃ。だから感情がない。今後、一ヶ月ほどかけてゆっくりと精神が完成していく。そこでお主に育ててもらいたいのじゃ」
「ぼ、僕に? なんでですか」
「出来上がる精神は、育てるものに大きく依存する。心が綺麗なものに育てて貰えば、我が娘も清純な性格になるであろう」
「貴様……」
「そう睨むでない猫又よ。娘が誠実に、清純に、潔白に、清らかに育ってほしいと願うことは親として当然であろう。そこの小僧、娘が美しいからといって、決して手をだすでないぞ」
ぬらりひょんは静かに話しながら呪力を放った。正面から受けた雅楽はひざまづいてしまった。
足に力を入れようとしても震えてしまってうまく動かせない。まるで自分の体が、自分のものではなくなってしまったかのようだ。
「さて、このあたりで終わりにしておこうかのう。すぐそばに治郎の気配を感じる。あやつと戦うのは、いかに儂であっても面倒じゃからの」
ぬらりひょんはひょいと電柱から飛び降りた。普通だったら死んでもおかしくない高さだが、彼はふわりと着地した。足がつくと、下駄が地面にぶつかって甲高い音がした。
「そうじゃ。伝え忘れておったわい。まだそやつには名前がないんじゃ。名前はお主たちで決めておくれ。一ヶ月後、また訪ねるわい。それじゃあの」
トン、と彼は一度杖で地面を叩くと、突然地響きがなった。あたりの電柱はぐわんぐわん揺れ、家の壁が崩れた。
それだけではなく、さらに驚くべきことが起きた。ぬらりひょんの背後から急に客車が現れたのだ。
普通の客車とは違い、車輪の部分があやかしでできていた。人間の顔の周りに火のついた車輪が回っていて、身の丈は雅楽の身長をゆうに超えていた。そのあやかしが支える客車に乗ると、ぬらりひょんはどこかへ消えてしまった。
「お主たちよく耐えたの。やつを目の前にして意識を保っていただけ凄いのじゃ」
「ぬらりひょんって一体なんなの?」
雅楽は額に汗をかきながら質問した。最近、あやかしの存在を知った雅楽ですら、ぬらりひょんが異質な存在であることを察していた。
「彼奴は、この国が始まる前から存在する最古のあやかしじゃ。数多のあやかしを従え、最強の妖怪とされている。海外でも有名で、魔王とも呼ばれておるの」
「そ、そんなに凄いあやかしなんだ」
「彼奴に関わらないことが長生きの秘訣ともされるくらいなのじゃが……。深く関わることになってしまったのう」
その場にいた全員が、座り続けているぬらりひょんの娘を見た。彼女は自分が見られていることにも気づかず、ただひたすら宙を眺めている。
「大丈夫か? お前ら」
「お父さん!」
重い沈黙が流れていた彼らの元に治郎がやってきた。彼は白い袋を大量に抱えている。中には数えきれないほどの一反木綿の残骸が入っていた。
「おい、治郎。どういうつもりじゃ。お主、ずっと物陰から見ておっただろう。息子がぬらりひょんに目をつけられているというのになぜ助けにこなかったのじゃ」
「もし本当にピンチになったら助けるつもりだったさ。でもあの状況で俺が行っても、ぬらりひょんの神経を逆撫でするだけだろ? それよりもその女の子の方が問題だ」
ヒューとどこからか風が吹いた。風はぬらりひょんの娘の紅い髪を揺らした。風に身を任せて揺れ動く髪は、紅葉が木枯らしに巻き上げられる様に似ていた。
前髪が黄色の瞳の近くをうごめいて、目に入った。それでも彼女は前髪を直そうとしなかった。瞬きすらせず、髪が目に入ったというのに気にする素振りもない。
「こうなった以上、その子を育てないことには余計にぬらりひょんに目をつけられるだけだ。ぬらりひょんの言う通り、雅楽を主体にしてどうにか育てよう」
「それしか無さそうじゃのう。まさか雅楽殿との子供を産む前に子育てをするとは思わんかったわい」
「ちょっと千草! お父さんの前でそう言うこと言わないでよ!」
「ほう。それでは二人きりだったら良いと言ってくれておるのか?」
「そういうことじゃないって!」
二人が騒いでいると、治郎が何やら不思議なことをし始めた。手に持っていた袋から一反木綿から手に入れた布を出すと、それを扉の形に繋ぎ始めたのだ。
「雅楽、よく見ておけよ。お前も今後一人でここに来ることもあるだろう。だからこの空間から出ていく方法を教えておく。と、いっても簡単だがな。一反木綿の布をこんなふうに扉の形にして、どこかしらの壁に貼り付ける。そうすると機織り屋敷に繋がってくれるんだ」
「そもそも一反木綿を倒すことができないんだけど……」
治郎は慣れた手つきで布を結び扉の形にすると、それを家の壁に貼り付けた。すると、白色の壁が歪み、あっという間に木製の扉に変わった。
「ここに入れば、あの屋敷に戻れる」
治郎が扉を開けようとしたので、雅楽はぬらりひょんの娘の手をひっぱり、立ち上がらせた。彼女の手は冷たく、死人のようだった。
作者の紫 凡愚と申します!
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