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第九十七話 詩恩くん、父親に家族を紹介する

 正午を回り、昼食の時間となった。両親もいるので出前でも取ろうかと考えていたところ、桔梗ちゃんが用意したいと申し出てきたため、彼女に任せることにした。


「詩恩、一つ聞くが桔梗さんに料理を任せて本当に大丈夫なのか?」

「心配要りませんよ。僕よりもずっと料理上手ですから」


 父さんは桔梗ちゃんの料理の腕を不安視していたけど、実際に出された昼食を食べ、無言で彼女に頭を下げた。当の桔梗ちゃんは首を傾げていたが、僕は影でガッツポーズをした。


「父さんも母さんも、いつまでこちらにいられるんですか?」

「そうだな。急な予定が入らなければ三日ほどは休めるが、帰りを考えると明日までが限界だな」

「あたしもそんなものね」

「でしたら、お二人とも今日はこちらにいられるんですね」


 食事の席で二人の予定を聞いて、一日だけでも久し振りに家族で過ごせるとわかり、僕は少し嬉しくなった。もしかしたら一人暮らしを続けているうちに、どこか寂しさを感じていたのかもしれない。


「よかったですね、しーちゃん♪」

「ええ。せっかくですし、あとで父さんを桔梗ちゃんの家族に紹介するとしましょうか」

「はぅぅ、し、しーちゃん///」

「いいのか?」

「いいも何も、いつかは紹介しないといけないわけですから」

「正論ね。さっき挨拶に行ったら全員いたし、食べ終わったら行くとするわよ」


 そんなわけで、彩芽さん達に父さんを紹介するため、準備を始めた。まずは桔梗ちゃんに帰宅して貰い、その間に僕達も着替えなどを済ませる。僕と母さんは普段着だけど、父さんはスーツ姿でちょっと浮いている。


「歌音も詩恩も挨拶に行くのに、そんな格好で失礼ではないのか?」

「いいじゃない。ただ友達の家に行くだけなのよ? むしろ休みなのにスーツ着てる遥馬さんの方がおかしいわよ」

「こちらに慣れているのだから仕方ないだろう。それに私にはお前達のようなファッションセンスも無いのだから、下手な格好で行くよりマシだ」


 うん、思い返してみると父さんの私服姿は割と変だった。あまり家に帰らないし、帰っても基本スーツ姿だったから忘れていた。母さんも思い出したみたいで、頭を抱えていた。


「じゃあもうそれでいいわ。あんまり待たせてもあれだから早く行くわよ」

「ですね」


 結局父さんだけスーツ姿のまま僕達は部屋を出た。駐車場に父さんの車が停めてあったけど、どう考えても歩いた方が早いためそのまま佐藤家へと向かう。


「詩恩くんに歌音さん、それと詩恩くんのお父さんですね。お話は娘から伺っています」

「案内しますのでこちらへどうぞ。荷物はお持ちします」

「ああ、ありがとうございます」


 僕達を玄関で出迎えたのは、女性もののスーツを着た彩芽さんとカッターシャツにネクタイを巻いた雪片先輩というまさかの組み合わせだった。面識のある僕と母さんは一瞬ポカンとしたものの、すぐに意図に気付き、顔を見合わせた。


(これ、間違いなく父さんへのドッキリですね)

(そうね。さしずめ雪片が父親役、彩芽が母親役ってところかしら?)

(雪片先輩はちょっと無理ありますけどね)


 騙される予定の父さんには悪いけど、僕と母さんはアイコンタクトをしつつ笑いを堪えていた。彼らに応接間代わりのダイニングに通され席に着く。正面に彩芽さんと雪片先輩に楓さん、サイドに桔梗ちゃんと鈴蘭さんが座っているが、女性陣はこの暑い中足を隠すように膝掛けをかけていた。


「この度はお招き、ありがとうございます。それと息子と妻がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ詩恩くんに娘がお世話になっていて。春の中間試験では勉強を教えていただいたそうで、優秀な息子さんですね」

「その点は信頼しています。そちらの娘さんも、うちの愚息に家事を教えているそうで、先ほども娘さんの料理を食しましたが、どこに出しても恥ずかしくない腕前でした」

「自慢の娘ですから」


 最初に父さんが口を開き、それに彩芽さんが応対する。互いに自身の子供のことを褒めちぎっていて、僕と桔梗ちゃんは恐縮していた。なおこの間楓さんに雪片先輩、鈴蘭さんはひと言も発していない。


「確かに、そちらの家庭は可愛らしい娘さんが三人もいらっしゃいますからね。しかも一人は桔梗さんと双子なのですかな?」

「ふふっ、よく似ていますけど違いますよ。右側に座っているのが長女の鈴蘭で、詩恩くんの近くに座っているのが次女の桔梗。そして僕の隣に座っているのが、妻の楓になります」

「は?」


 はにかみながらネタばらしをする彩芽さん。それを聞いた父さんは呆然としていて、信じられないようなものを見た顔をしていた。紹介された三人は申し訳なさそうにペコリと一礼したけれど、多分父さんの視界に入ってないと思う。


「すまん詩恩、私は夢でも見ているのだろうか?」

「残念ながら現実です。目の前にいる方は佐藤彩芽という男性で、隣の和服姿の女の子がその妻ですよ」

「......嘘だろう?」

「本当よ。彩芽はわざと女装してるだけだけど、それでも詩恩と同じ境遇なの。楓の見た目がああなのはどうしてかわからないけど」

「......わかったもういい。要は詩恩と同じで、人体の神秘なのだな」


 聞き返してくる父さんに、僕や母さんからも事実だと伝える。そこでようやく父さんは納得した様子だった。思考を放棄したとも言えなくも無いけど、否定しないだけいい方だ。


「だから詩恩のことを受け入れられたのだな。まったく、一本取られたな」

「すみません、騙すような真似をして」

「「「「申し訳ありませんでした!!」」」」

「「ごめんなさい!!」」


 彩芽さんに合わせて、四人が一斉に頭を下げる。僕達も共犯なので父さんの方を向いて謝った。


「構わんよ。人を見かけで判断しないといい教訓になった。詩恩と歌音の二人には、あとで報復するつもりだが」

「何故僕達だけ」

「あら、どうしてかしら?」

「受けたものは恩だろうが仇だろうがキッチリ返すのは当然だろう? 特に詩恩は言い返せないと思うが」

「「うっ!!」」


 確かにその通りだ。桔梗ちゃんへの恩返しを理由に一人暮らしを認めて貰った僕としては、父さんの言い分を受け入れるしかなかった。母さんも母さんで苦虫をかみつぶしたような顔になったので、のちに父さんからの仕返しを受けることが確定したのだった。ちなみに女性陣が膝掛けを使っていた理由は靴下を隠すためだったけど、父さんは特に気にしなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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