第九十四話 詩恩くん、桔梗ちゃんとお風呂に入る。その二
入浴するため水着に着替える桔梗ちゃんを待つ間、僕は冷えた体を温めるためにかけ湯をした。ただ水着の上からだと思いのほか温まらなかったので、一時的に競泳用水着の上半身を脱いだ。一応体にフィットしているため下半身だけでもそうそう脱げることも無いと思う。
(とはいえ万が一というのもあり得ますし、体温も戻ってきたのでもうそろそろ着ておくべきですよね)
もしも桔梗ちゃんが僕の全裸を見たら絶対に気絶する。そう確信し上半身部分を着ようとしたところ、浴室と脱衣所を繋ぐ戸の開く音がしたので思わず着替えを止めそちらに目を向けてしまった。
「お、お待たせしまし――きゃぁぁっ!! し、しーちゃん、どうして水着の上を脱いでるんですか!?」
そうして桔梗ちゃんは浴室に入ってきた。当然視界に入るのは着替え途中の僕の半裸なわけで、思い切り見てしまったのか彼女は頬を真っ赤に染めて狼狽えていた。水泳の授業で他の男子の半裸を見ているはずなので、少しくらい耐性があってもいいものだけど。
「水着を着たままだと温まりませんからね。それに男子の半裸なんて初めて見るものでもないでしょう?」
「好きな人の裸は全然違いますよ~!!」
「......一理ありますね。ですけど、違うからこそ見慣れるべきではないでしょうか?」
というか、他の男子のが平気なのに僕のだけ駄目なんて納得いかない。もしくは他の男子と距離を置いていたから、意識しなかったのかもしれないが。どちらにせよ、僕の半裸を見るのが本当に無理なら、一目見た段階で気絶しているはずで、そうなってない以上慣れる余地はあるはずだ。
「はぅぅ~、わ、わかりました。あ、あの、じっくり見てもいいですか?」
「ええ」
赤いままの頬で、僕の体をまじまじと見つめる桔梗ちゃん。彼女の視線は僕の顔からゆっくりと下がっていき、胸の下辺りで止まった。その瞳は大きく揺れていて、何を見てそうなったのかを察した僕は自ら説明した。
「これ、昔肝臓の手術をしたときの傷痕なんです」
「そうだったんですね。すごく大きな傷痕です」
「僕自身でもそう思います」
何せ胸の下から脇腹にかけて縫合したあとがあるのだから。この傷を見せたのは家族と医者以外だと久遠兄さんくらいで、術後数年経ってもまだ見るからに痛々しいと評されたほどだ。
「その手術って、お手紙に書いてあったものですよね。確か生死の境を彷徨ったと書いていましたけど」
「ええ。桔梗ちゃんにまた会いたい一心で生き延びましたけどね。さてと、桔梗ちゃんもそのままだと体が冷えちゃいますから、体を洗ってあげます♪」
「はぅぅ///」
桔梗ちゃんの小さな体に、風呂桶でお湯をかけてあげる。林間学校のあとで女子達から桔梗ちゃんと風呂に入った話を聞いて、羨ましいと思っていたのだ。
「桔梗ちゃんの髪、艶々してて綺麗です。毛先も揃ってますし、手入れ大変でしょう?」
「そうですね。ですので毛先を整えるのは、鈴蘭お姉ちゃんとお互いでしています」
「そういえば以前そんな話をしていましたね」
「はい♪」
ちなみに僕の髪も桔梗ちゃんに整えて貰っている。女子っぽさが増している気がするけどもう気にしないことにした。髪の次に体を洗い、水着の上を着てから桔梗ちゃんを膝の上に乗せ湯船に浸かった。
「しーちゃん、重くないですか?」
「相変わらず軽いから、安心してください。たとえ重くなっても、僕があなたを愛していることに変わりはありませんが」
「はぅぅ///」
照れて身をよじらせる桔梗ちゃん。そんな彼女を後ろから抱きしめると、とても早い鼓動が感じられた。その鼓動は激しい運動をしたときの自分のものよりも早く、こんなにどきどきしていれば意識を失うのも無理はないと思えた。
(これ以上何かするのは、止めておきましょうか)
さすがに風呂場で気絶させてしまったら、命に関わりかねない。なので落ち着かせる意味も込めて、僕のアパートで起きた問題を話した。
「先ほど、アパートの水道が故障したと話しましたけど、給水タンクに異常が見つかったので、水全般使えなくなったという方が正しいです」
「お、大ごとじゃ無いですか! お水が使えないのでしたら、お風呂どころかお料理もお洗濯も出来ませんよね?」
「ええ。ですからあとで冷蔵庫に残ってる食材と着替えをこちらに持ってこようかと考えてます」
風呂から上がって時水さん達から詳細を聞かないとどうしようもないけど、今日明日で復旧しないことは確かだ。なので生活に必要なものは持ってきておきたい。
「確かに必要ですけど、どうしてそんなに落ち着いてるんですか?」
「慌ててもどうにもならないですからね。それに楓さんからしばらく泊まっていいと許可もいただいてますから」
衣食住の心配をしなくていい現状、一時的にアパートに住めないことはそれほど大きな問題じゃない。もちろん一ヶ月とか長期間住めないのであれば困ることも出て来るだろうけど、そのときはそのときで考えればいいことだ。
「ちなみに雪片先輩も同じ状況ですから、鈴蘭さんも賛同するでしょう」
「あっ、給水タンク自体が駄目なんでしたね。でしたら椿さん達は?」
「あの二人は大家さんのところに泊まるそうです」
「そうですか」
仮にあの二人もここに泊まったとしても、彩芽さん達は反対しなかったと思う。この家の人達の優しさに感謝しながら、桔梗ちゃんとの入浴を楽しんだ。余談だけど、給水タンクの復旧が七月までずれ込んだため、それまで桔梗ちゃんと同居生活を送ることとなった。
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