第九十三話 詩恩くん、桔梗ちゃんとお風呂に入る。その一
六月も後半に差し掛かったが未だに梅雨明けせず、今日も朝から雨が断続的に降り続いている。そのため路面のあちこちに水たまりが出来ていて、僕と桔梗ちゃんはそれを踏まないように気を付けながら歩く。校門を出て十分くらい経った辺りでパラパラと小雨が降り出した。
「雨もまた降り始めましたし、早めに帰りましょう」
「そ、そうですね」
傘があるとはいえ最近は大雨になることも多く、本格的になる前に帰ろうと思い僕達は歩くペースを少し上げた。だけど雨足は強くなる一方で、さらに悪いことに風も吹いてきた。
「きゃぁぁっ!!」
「桔梗ちゃん、僕の後ろを歩いてください!」
「は、はい......」
雨宿り出来そうな場所も無いため、僕は桔梗ちゃんを庇いながら家路を急いだ。だけど雨をしのぎ切れず、アパートに着く頃には二人ともずぶ濡れになっていた。夏服のシャツやズボンが体に張り付き、桔梗ちゃんの白いタイツも濡れて透けていた。
「はぅぅ......」
「桔梗ちゃん、このままだと風邪を引きますから、家に帰ったらすぐにお風呂に入って体を温めてください」
「わ、わかりました。あの、しーちゃんもお風呂入ってくださいね?」
「ええ。風邪を引きたくないですからね」
桔梗ちゃんと別れたあと、急いでシャワーを浴びたいと考えながら部屋のドアを開けようとしたが、どうも鍵が開いているようだった。朝確かに閉めたのにとひとりごち部屋に入ると男物の靴が一足玄関にあり、水道から水が流れる音が響いていた。
(おかしいですね。それにこの靴、よく見ると時水さんの履いているのと同じものです)
そうなると時水さんが部屋の中にいる可能性が高い。そう思い浴室に目を向けると、何か作業をしている時水さんの姿が映った。何をしているのかはわからないけど、時水さんは理由もなくこういうことをする人じゃない。ちょうど作業が一段落したのか、時水さんは風呂の蛇口を捻って水を止め、ようやく僕の存在に気付いた。
「桜庭、おかえり。そんな濡れ鼠になってどうした?」
「大雨と風で傘が役に立たなかったんです。それよりこの部屋の状況、説明してくださいますよね?」
「ああ、どうも部屋の水道の調子がおかしくてな。お前や千島の部屋はどうなのか椿に鍵借りて確かめに来たんだ。それとこれ使え、濡れたままだと風邪引くぞ?」
「そうでしたか。ありがとうございます」
理由を聞いて納得した。アパート内で水道トラブルが起きたのなら、他の部屋の様子を確かめに来てもおかしくない。渡されたタオルで頭と体を拭きながら思うのは、僕の部屋の水道のことだ。
(今すぐ体を温めたいので、出来れば異常が見つからないで欲しいですね)
水気は拭いたものの、着替えはまだだしそもそも体が冷えているため、このままだと本当に体を壊しかねない。しかし無情にも僕の淡い期待は時水さんの発言で打ち砕かれることとなった。
「結果から話すが、全ての部屋の水道で異常が見つかった。どうも貯水タンクがおかしいようで、水に赤さびが混じるみたいだ。飲み水はおろか、他の用途で使うのも避けた方がいい」
「あの、つまりそれって」
「問題が解決するまで、アパートから出て別の場所に泊まるしかないということだ」
「マジですか......」
水自体使えないとなると風呂やシャワーどころの騒ぎではない。どう転んでもアパートでの生活が成り立たないという事実を告げられ気を落とす僕に、時水さんが申し訳なさそうに告げた。
「桜庭、濡れ鼠になっているところ悪いが、このことを彩芽さんか楓さんに伝えてきてくれないか? ついでにシャワーでも借りてこい」
「えっと、わかりました」
「それと俺と椿の二人は大家さんのところに泊まるから、世話になるのはお前と千島の二人だけだ」
「了解です」
ひとまず荷物を持ったまま佐藤家を訪れ、出迎えてくれた楓さんに事情を説明した。彼女は驚いていたものの、すぐに僕と雪片先輩の宿泊許可を出してくれて、その上お風呂も使っていいと許可してくれた。楓さんの気遣いに感謝し、僕は風呂場へと向かったのだけど、ここにはもう一人濡れ鼠になっていた女の子がいるのを忘れていた。
「はぅぅ!? し、しーちゃん!?」
「桔梗ちゃん!?」
結果、脱衣所に入ろうとする桔梗ちゃんと鉢合わせし、お互い声を揃え驚愕したのだった。あともう少し来るのが遅かったら彼女の着替えを覗いてしまうところだったため、覗かなくてよかったと安心する反面、少しだけ残念に思った。
「あの、どうしてしーちゃんがうちに?」
「アパートの水道が故障しまして、お風呂借りに来たんです。ですけどここはレディーファーストですね」
「事情はわかりました。しーちゃんの方が濡れてますから先に入ってください」
困惑する桔梗ちゃんに事情を説明した上で先に入るよう促すも、彼女もあとでいいと言って譲らない。もちろん僕も譲る気はないけど、このままでは埒があかない、そう思った僕は一つの提案をした。
「二人とも酷く濡れているわけですし、今のまま譲り合っていてはお互い風邪を引いてしまいます」
「確かにそうですけど......」
「そこでなんですけど、水着で一緒に入りませんか?」
「水着、ですか?」
「ええ。桔梗ちゃんも持ってますよね?」
今日は水泳の授業があり、僕が持ってきた荷物の中には水着が入ったままだ。それに風呂といっても体を洗うよりも温めることが目的なので、裸になる必要はなく水着でも目的は果たせるだろう。
「確かにありますけど」
「じゃあ決まりですね。とりあえず僕が先に着替えます。終わったら声をかけますから入ってきてください。約束ですからね?」
「は、はぅぅ!?」
強引だと自分でも思うけど、こうでもしないと桔梗ちゃんは遠慮して来ないだろう。彼女を外で待たせるつもりはないため速攻で水着に着替え、浴室に入ると同時に外にいる桔梗ちゃんへと呼び掛けたのだった。
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