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第九十二話 詩恩くん、桔梗ちゃんと父の日のプレゼントを選ぶ

 昼食のあとは当初の目的である父の日のプレゼント探しをするため、紳士服販売店へと足を運んだ。店内に入り最初に目についたのはスーツだけど、目的は違うので目もくれず奥へと進む。


「しーちゃん、参考までに聞きたいのですけど、お父さんには何を贈るつもりですか?」

「実用品ですね。仕事が忙しくてあまり家にいない人ですから」


 母さんからも仕事が趣味の人と評される父さんなので、普段使いするもの以外は部屋の置物になりかねない。なのでどうせ贈るのならば役立つものの方が迷惑にならずに済む。


「なるほど。ありがとうございました」

「そういう桔梗ちゃんは、彩芽さんに何を贈るつもりですか?」

「いつもはお花と、紙やすりを贈ってます」

「紙やすりって、変わったプレゼントですね」

「木彫りをしていますから、いくらあっても足りないそうです」


 だったら原料の木片でもよさそうなものだけど、そちらは鈴蘭さんが買っているらしく、お互いプレゼントが被らないようにしているようだ。兄弟がいるというのも大変だ。


「なるほど。では僕から彩芽さんへのプレゼントは日用品にしておきます。木彫りに何が必要かわかりませんし」

「わかりました。あの、私からもしーちゃんのお父さんへ贈り物をしてもよろしいでしょうか?」

「いいと思います。ですけど別に僕の許可は必要ないと思いますよ?」

「いえその、歌音さんとは面識ありますけど、しーちゃんのお父さんとはお会いしたことありませんから」

「そういえばそうでしたね」


 母さんとは実の親子みたいに仲良くしているし、母の日も個人で贈り物をしていたので気付かなかった。大抵荷物を受け取るのは母さんなので、先に一声かけておけば問題ないだろうけど。


「父さんも桔梗ちゃんの名前は知ってますから、きっと喜ぶと思います」

「そうでしょうか?」

「ええ。いずれ機会があれば紹介します」


 もっとも、父さんも忙しいので紹介出来るのがいつになるかわからないけど。夏休みに帰省する予定はあるものの、予定が合わなければ一ヶ月以上いないときもあるくらいだし。


「これで大丈夫でしょうか?」

「問題ないと思いますよ」


 桔梗ちゃんは落ち着いた色合いの手帳、僕はサラブレッドが彫られたネクタイピンを選んだ。ちなみに彩芽さんへのプレゼントは色合いが菖蒲の花に似ている手帳だ。二人への贈り物を購入し紳士服販売店を出る。


「次は花屋でしたね」

「はい。あの、しーちゃんのお父さんに送る際、ご挨拶のお手紙を付けた方がいいでしょうか?」

「いいアイデアですね」


 父さんに感謝の気持ちを伝えるなら、手紙にしたためる方が気が楽だ。花屋で黄色い百合の花と便箋を買ったあと、雲行きが怪しくなってきたので急いで僕の家に戻った。


「桔梗ちゃん、いくら近くても雨が降る前に帰った方がいいですよ?」

「いえ......まだやり残したことがありますから」

「やり残したことですか?」

「気絶癖改善の特訓です。せめて頬にキス出来るようになりたいですから」


 午前中見た映画に触発されたのか、いつになく桔梗ちゃんが積極的になっていた。いざとなれば送っていけばいいかと思い、彼女の提案を受け入れた。


「では桔梗ちゃん、いきなりキスだとムードもありませんから、抱きしめてあげます」

「はぅぅ、はい///」


 桔梗ちゃんを正面から抱きしめ、頬にキスしやすいように膝の上に乗せてあげる。至近距離で見る彼女の顔は幼いながらも整っていて、僕の方からキスしたくなる衝動に駆られるも、何とか持ちこたえた。


(僕からやると特訓にならないですから、我慢です!)


 唇へのキスは僕からしたいと思っているので、そこに至るまでは自重しよう。そう思いつつ桔梗ちゃんが動くのを待つも、真っ赤な顔をして固まっている。


「桔梗ちゃん?」

「はぅぅ! だ、大丈夫です!」

「だったらいいですけど、無理はしないでいいですよ?」

「む、無理じゃないです!」

「そうですか。ではやりやすいように、目を瞑っておきますね」


 見られながらキスするのは厳しいだろうと思い目を瞑る。大体三十秒が経過した頃、頬にとても柔らかなものがそっと触れる感触がして、僕の心臓が跳ねた。


「あの、目を開けていいですよ?」

「き、桔梗ちゃん?」

「......触れるだけですけど、ほっぺにキス、しました」

「やりましたね!」


 ほんの少しだけど、それでも桔梗ちゃんからキスされたのは事実で、嬉しさがこみ上げてくる。付き合い始めて一ヶ月以上経って、ようやく一歩進んだのだ。喜びをかみしめていると、彼女が僕の目をじっと見つめてきた。


「しーちゃん、その、しーちゃんからもキス......」

「ええ。じっとしててくださいね?」

「はい......はぅぅ!!」


 お返しに桔梗ちゃんの小さくてぷにぷにしているほっぺに、押し付けるようなキスをした。キスされた桔梗ちゃんは僕の腕の中で身じろぎしたけど、意識は失わなかった。


「気絶癖、軽くなったみたいですね」

「はい///」

「もっとキスしたいですけど、駄目ですか?」

「その、何度もされたら気絶しちゃいます」

「残念です」


 本当に残念だけど、今日のところはこれでいい。あまり急ぎすぎてもいい結果は出ないだろうから。真っ赤になった桔梗ちゃんを家に送り届け、今日のデートを終えた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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