第九十一話 詩恩くん、桔梗ちゃんと映画を見る
桔梗ちゃんから泳ぎ方を教わった日から十日が過ぎた。あれからも何度か水泳の授業があり、その度に新しい泳ぎ方を彼女から学んで、今はもう完全にカナヅチを克服した。
(本当に、桔梗ちゃんに感謝しないといけませんね)
教えてくれたのが桔梗ちゃん以外だったら、ここまで早く上達しなかったと思う。おかげで補習授業を受けずに済みそうなので、そのお礼も兼ねてデートに誘った。
「しーちゃん、今回のデートはどちらに行かれますか?」
「来週の父の日に合わせ、プレゼントも買いに行こうかと。ただそれだけだとデートっぽくないですから、ついでに映画館に行くつもりです」
我ながら反抗期の自覚はあるのだけど、入院中の費用を出してくれたことは感謝しているし、仕事熱心なところも尊敬している。向こうにいたときには恥ずかしくて態度に出せなかったけど、こうして離れた今、父さんへの感謝の気持ちを形に表そうと思い立った。
「いいですね。私もパパへのプレゼントを買いに行こうと思ってましたから。それに気になる映画もありますし」
「よかったです。では先にどちらに行きますか?」
「お花も買いますから映画館がいいです」
「花、ですか?」
母の日に贈るカーネーションみたいに、父の日にもそういった花があるのだろうか。桔梗ちゃん曰く、決まった花はないけど黄色い花を贈るのが風習だそうだ。花の種類に決まりがないのが、何となく男親への贈り物らしい気がする。
「まあ、ここから実家まで生花を送るのは厳しいですから、またの機会にします。では、映画館に行きましょうか」
「はい」
一応もしものときのために傘を用意してから、映画館まで手を繋いで向かう。チケットを買う際に桔梗ちゃんが子供扱いされるトラブルは起きたけど、何とか隣同士の席を確保し映画を鑑賞する。
「楽しみですね」
「ええ」
映画の内容はふとしたきっかけで出会った男女が恋に落ちていくというありきたりなものなのだけど、後半になり主人公が病に冒され、余命一年という衝撃的な事実が告げられる。果たして二人はどのような選択を行うのか。
「ぐすっ、ひぐっ、悲しかったですけど、いいお話でした!」
「そうですね。見ていて二人の葛藤が伝わってきました。ですがハッピーエンドって、難しいものなんですね」
最終的に手術を行わず、死の瞬間まで二人で一緒にいる選択を行い、ラストシーンはヒロインとその子供が主人公の墓前に手を合わせるというものだった。もしも手術を行っていれば助かったかもしれないけどその成功率は低く、奇跡を信じることの難しさや現実をみる大切さを観客へと伝えていた。涙を流す桔梗ちゃんを抱きしめながら、僕もしんみりした気持ちになる。
(もしも僕達が同じ状況になったら、どういう選択をするでしょうか?)
一応昔に手術したときに失敗すれば死ぬかもしれないと言われたことはあるし、その上で桔梗ちゃんとまた会いたいからという一心で受けたのだけど、あの頃とは状況が違う。
(距離が近くなったからこそ、安易に選べないですよね)
もしも何かあれば桔梗ちゃんを一人にしてしまう。そう考えると簡単に答えが出せない。だからきっと僕達もスクリーンの中の二人みたいに話し合った上でどうするか決めるだろう。
(今じゃなくていいですけど、普段から話し合っておく必要はありそうですね)
健康じゃない体を持つ物同士、いつ体調が悪化するかわからない。そのためいざというときのことは考えないとならない。もちろんそうならないようにするのが一番だけど。
(さてと、暗くなるのはこのくらいにして、切り替えましょうか)
せっかくのデートなのだから、先のことで悩んでいても仕方ない。それよりも今を楽しまなければ。桔梗ちゃんが泣き止んでから映画館を出て、近くのゲームセンターに入った。映画館以上に行かない場所だけど、気分転換には悪くない。
「ゲームセンターですか? あまりゲームはしないので何をすればいいかわからないです」
「僕も同じです。とりあえず一緒に写真撮りましょう」
「あっ///」
入り口付近にあったプリントシール機で、頬を寄せ合い写真を撮る。ツーショット写真は携帯でも撮っているけど、こういった形に残るものも悪くない。少しだけ明るくなった桔梗ちゃんと一通り見て回ることにして、興味をそそられたものに手を出していった。
「桔梗ちゃん、クレーンゲーム上手ですね」
「何となくですけど、どうやったら景品が取れるかわかるんです。はい、これでしたよね?」
「ありがとう、ちっちゃなお姉ちゃん♪」
「はぅぅ......」
クレーンゲームに挑戦したら桔梗ちゃんが意外な才能を発揮し、ぬいぐるみをいくつか獲得して見ていた子供にプレゼントしていた。当人は幼子からも小さいと言われて落ち込んでいたけど、その優しさに惚れ直した。
「きゃぁぁぁっ!!」
「任せてください。僕が倒します!」
ガンシューティングゲームではゾンビに怯える桔梗ちゃんに代わり、正確にヘッドショットを決めていき、結果としてほぼ一人でクリアしたのだった。
「はぅぅ、足手まといですみません」
「協力プレイ出来るからといって、これを選んだ僕のミスですから、気にしないでください」
「なああんた、ちょっと一人でやってみてくれないか?」
クリアしたので別の場所に行こうとしたところ、ギャラリーの一人に呼び止められ、何故か二丁拳銃で再プレイすることとなった。なおノーミスでハイスコアを更新し、さらにギャラリーが集まる結果となったので、身動きが取れなくなる前に逃げだした。
「しーちゃん、凄く格好よかったです」
「的に当てるのは得意ですからね。クレーンゲームは微妙ですけど」
「そこは才能の違いだと思いますよ?」
「ですね。ではいい時間ですから、お昼に行きましょう」
ゲームセンターを出てから、少し離れた定食屋で昼食を食べた。ちなみにシューティングゲームでの一件はすぐに拡散され、翌日クラスメート達に知られることとなり、散々弄られたのだった。
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