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第九十話 桔梗ちゃん、詩恩くんに泳ぎを教える

桔梗視点です。詩恩にも苦手なことがあったみたいです。

 梅雨の時期になり、体育の授業がプールへと切り替わりました。やはり蒸し暑い中、外や体育館で運動するよりも涼しい水の中での授業の方が皆さんやる気が出るみたいです。もちろん私も例に漏れず、隣に座るしーちゃんに弾んだ声で話しかけました。


「しーちゃん、次の授業はプールですよ♪」

「ええ。わかってます......はぁ」


 いつもなら私の呼びかけに穏やかな笑みを浮かべるしーちゃんですが、今日に限ってため息をついて憂鬱さを隠そうともしていませんでした。


「あの、どうされました?」

「その、実は僕、泳げないんです」

「......はい?」

「ですから、僕はカナヅチなのでプール行きたくないんです」

「ええぇぇっ!?」


 私の問いかけにしーちゃんは困った顔をしながら答えを返しました。しかし、彼の返答はとても意外なものだったので、思わず大きな声で驚いてしまいました。少なくとも体力のない私でさえ少しは泳げるのに、しーちゃんが泳げないというのは、にわかに信じがたかったからです。


「それほど驚くような話じゃ無いですよ。小さい頃はずっと病院で機会が無く、成長してからもこんな体ですから、水泳の授業を受けられず、泳げないまま今に至ります」

「それは、その......」


 しかし、泳げない理由を聞いて納得しました。私も子供の頃同じような経験をして、小学校高学年くらいまで泳げませんでしたから。その後鈴蘭お姉ちゃんに教えていただいたりで、どうにかカナヅチを克服しましたけど。


(そうです。私も昔カナヅチでしたから、泳ぎ方をしーちゃんに教えればいいんです!)


 私自身が泳げなかったからこそ、教えられることもあるはずです。それに普段しーちゃんにはお世話になっていますし、気絶癖のことでご迷惑をおかけしていますから、恩返しするチャンスです。


「あの、しーちゃん。私が泳ぎを教えます」

「いいんですか?」

「私も昔泳げなかったですから、カナヅチの気持ちはわかります」


 それにプールの授業は男女混合で、泳げない生徒は端のコースに分けられると鈴蘭お姉ちゃんから聞いていますので、教えるには都合がいいです。


「でしたらお願いします。こういう体で水着姿だと、男子に教えて貰うのも厳しいかなと思ってましたから」

「そういえばしーちゃんの水着姿、見たこと無いです」

「僕だって桔梗ちゃんの水着姿を見たこと無いですから、楽しみです」


 ここでようやく、しーちゃんがいつもの調子に戻りました。休み時間も半分過ぎてしまったので急いで更衣室に向かいます。ちなみにしーちゃんは男子のでも女子のでも無い、物置でお着替えするそうです。


(しーちゃん、大変ですよね)


 そんな彼を見送ってから私は女子更衣室に入ったのですが、直後に中宮さん達に捕まってしまい、


「さあ桔梗ちゃん、お着替えしようね♪」

「大丈夫、お姉ちゃん達がしっかり着替えさせるから」

「は、はぅぅぅぅ!!」


 何の抵抗も出来ないままに、クラスメート達に水着へと着替えさせられました。子供扱いを通り越して着せ替え人形みたいな扱いですけど、自分で着るよりも早かったですし、髪まで結んでくださったので、文句は言えないです。


「あ、ありがとうございます」

「いいって。せっかく綺麗な髪が傷んだら勿体ないから」

「というかどうしてこんなに遅かったの?」

「ちょっとしーちゃんとお話ししていました」

「相変わらずラブラブ。でも、桜庭くんの水着姿は気になる」

「「「「わかる(わかります)」」」」


 男子の水着は着られないでしょうし、一体どういうデザインなのでしょうか。気になりつつプールサイドまでやってきた私の目に飛び込んできたのは、首の辺りから腕は二の腕、足は太股までと、ほとんど全身を覆う水着を着たしーちゃんでした。


「皆さんどうされました?」

「綺麗......」

「何なのこのプロポーション! 女子からすると羨ましいんですけど!?」

「そう言われましても」


 私もしーちゃんの姿は色々見てきたつもりですけど、体のラインが出る服を着ているのは初めてで、完全に見とれてしまいました。今のしーちゃんを見て、男子だと思う方はいないと思えるほどです。そのため、先生方もしーちゃんに端のコースで泳ぐよう指示されました。ちなみに私も身長の関係で端のコースです。


「桔梗ちゃん、頑張りましょうか」

「そうですね。しーちゃんは水の中で目は開けられますか?」

「そのくらいは大丈夫ですが、水に浮く感覚が掴めないです」

「でしたら、まずは浮く練習からですね」


 手本を見せるため私はプールに入り、プールサイドを掴んでから、体の力を抜きながら足を伸ばし真っ直ぐな姿勢を保ちます。


「しーちゃん、私の真似をしてみてください。もし足が沈むようでしたら力を抜いてみてください」

「わかりました――こうですか?」

「そうです。ちゃんと浮かんでます。次にこのまま水に顔をつけましょうか」


 隣で実践してから、しーちゃんにも行うよう促します。手本がすぐ傍で見られるからでしょうか、すぐに浮かぶコツを掴み、バタ足の練習へと移り、ビート板を使ってなら二十五メートルを泳げるまでに上達しました。


「しーちゃん、よく出来ました♪」

「まだまだですよ。ですけど、泳ぐ楽しさはわかってきました」

「よかったです。でしたらクロールの練習ですね。手で水を掻きながら息継ぎしないといけませんから、今までとは勝手が違うと思います」

「ええ。ですけど他の方々の泳ぎ方を見て、何となくわかりました。ちょっとやってみますね」


 しーちゃんはそう言うとプールに入り、バタ足からクロールを始めました。綺麗なフォームとはいきませんが、それでも息継ぎも含めて形になっていたことに、驚きを禁じ得ませんでした。そんな私を余所に彼は十メートルくらい進んでから泳ぐのを止め、これで大丈夫かと確認してきました。


「しーちゃん、すごいです!」

「桔梗ちゃんに褒められたくて、頑張りました。それで次は何をすればいいですか?」

「平泳ぎも教えたいですけど、時間もあまりないですしクロールで二十五メートル泳いでみましょう」

「了解です」


 そうして二人で泳いだのですが、何と私よりも速くしーちゃんは二十五メートルを泳ぎ切りました。その結果に私は嬉しさと寂しさを感じ、初のプール授業を終えたのでした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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