表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/156

第八十八話 詩恩くん、明日太くんの相談に乗る

 林間学校の翌日、明日太が家に遊びに来た。何となく彼が来た目的を察した桔梗ちゃんが席を外し、部屋には男二人が残る。桔梗ちゃんが去ったあと、まず明日太の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。


「すまん、佐藤との時間を邪魔して」

「いえいえ、気にしないでください。それよりもお話は御影さんのことですか?」

「どうしてわかった?」

「どうしても何も、昨日の今日ですし」


 むしろ昨日の明日太や御影さんを見てわからない理由が無い。なんなら天野先生から二人は付き合い始めたのかと聞かれたくらいなのだ。一応否定しておいたけど、このまま放置するのは誰のためにもならない。


「そうか。実はなんだが、昨日から御影を見ているとどうにも調子がおかしくなるんだ」

「おかしいって、どんな風にですか?」

「運動したわけでも無いのに心臓が早鐘を打ったり、顔が熱くなったりしている」


 明日太が語ったのは、いっそわかりやすいくらいに恋の病の症例だった。しかしここまで自覚症状があるのに気付かないのは、何か理由があるはずだ。もう少し詳しく聞いて判断しようと思い、次は過去のことについて聞いてみた。


「なるほど。それは御影さん以外の人、たとえば子供の頃に幼稚園や小学校の先生、親しくしていた女の子に感じたことは無いですか?」

「無いな。そもそも小三までずっと男の先生だったし、幼稚園辺りで一人目の弟の妊娠が発覚してから、友達作りより母さんの手伝いを優先していた」

「そうですか」


 明日太の過去を聞き、憧れや恋心を抱くような暇が無かったと理解出来た。弟さんが生まれたあとは言わずもがなだ。だとしたら御影さんが明日太の初恋相手になる可能性が非常に高い。


(困りました。初恋すら経験したことがないなんて)


 初恋の経験が無い、もしくは僕みたいに初恋が終わることなく継続し続けた人間に恋を自覚させるのは困難だ。だけど、やらなければ何も始まらない。


(経験が無くても、恋愛を扱った作品に触れていればあるいは)


 だけど、明日太が恋愛がメインテーマの小説やドラマを見るとは思えない。そうなるとやはり弟さん達が見るような作品から話を持っていくのがいいだろう。


「明日太、漫画やアニメを見ることはありますか?」

「弟達の影響もあってそれなりにな。主だって少年漫画だが」


 彼の返答を聞き、心の中でいけると確信を得た。どのような作品を見ているにせよ、少年漫画ならば恋愛が少しも絡まないものを探す方が難しい。いよいよ核となる質問を明日太へと投げかけた。


「では、明日太や弟さん達が見る作品で、恋愛に触れているものはありますか?」

「あのな、今どき全然触れない作品の方が珍しいぞ。弟達も触発されて、付き合うだの結婚するだの言って――」


 言葉の途中で明日太が黙り込む。どうやらお膳立ては上手くいったようで、ようやく自分の抱いている気持ちが恋心なのだと気付いてくれたみたいだ。


「つまり、僕は御影に恋していると、詩恩はそう言いたいのか?」

「ええ。明日太、自覚したのでしたら、次はその気持ちを言葉にしてみてください」

「ああ。僕は御影が好きだ」

「どうですか?」

「不思議だ。今までわからなかった問題が解けたような感覚がする」


 ちゃんと言葉にしたことで、気持ちの整理がついたようだ。遊びに来たときと比べて、何となくいい顔をしていた。


「ならよかったです。ただ、気持ちに気付いたからといって短絡的に告白するのは止めてくださいね?」

「わかっている。勢いに任せても玉砕するだけだろう?」

「ええ。ですからデートなどで段階を踏むんです」

「デート、か」


 色々すっ飛ばしてる僕が言うのもどうかと思うけど、一度もデートせずに告白するのは無しというくらい理解している。明日太もそう思ったのか、僕に意見を聞いてきた。


「参考までに聞くが、詩恩は佐藤とどういうデートをしているんだ?」

「普通に出掛けたりですね。僕達の場合、デートだからと何か特別なことをするよりも、一緒にいることの方が大事ですから」

「そうか」


 もちろんこの考え方が御影さんに当てはまるとは限らない。だけど桔梗ちゃんの親友をしている以上、価値観は似ていると思うからやってみる価値はあるだろう。


「今日これから誘うかどうかは明日太の判断に任せますが、急に誘うなら断られても仕方ありませんので、そこはご了承ください」

「当たり前だろう? 御影にも予定はあるわけだし。お前達みたいにいつでもデート出来る方が少数だ」

「違いないですね」


 そう考えると、僕や雪片先輩、それに時水さんや桐矢さんは恵まれている方なのだろう。普通に暮らしてても恋人の行動予定がほぼまるわかりなのだから。逆に言うと僕達の生活も筒抜けになるわけだけど、見られて困るものもないので問題ない。


「そういうわけだから、一応ダメ元で誘ってみる」

「ええ。初デートのお誘いをするのでしたら、メールかメッセージがオススメですよ。電話だと繋がらなかったとき軽く心折れます」

「確かにな。しかしそれだと返信が無いのも心折れないか?」

「......そうですね」


 まあ御影さんはマメに返事してくれる人なので、無視するということは無いはず。むしろ見てから折り返しの電話をかけて、口頭でどうするか伝えるだろう。


「とりあえず駄目なら骨は拾ってあげます」

「ああ。相談に乗ってくれて助かった。お礼に今度何かする」

「別にいいですよ。これは林間学校のときの恩返しです」

「そうか。だったら上手く行くよう祈っててくれ。それじゃあまた明日」


 御影さんをデートに誘うため、出て行く彼を見送った。その日の夕方明日太から電話があり、御影さんとのデートは上手くいったと伝えられ、さらに今度は彼女からデートに誘うと別れ際に言われたらしい。ちなみに桔梗ちゃんにも御影さんから連絡があったそうで、彼女も喜んでいたとわかり、僕は胸を撫で下ろしたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ