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第七話 詩恩くん、アパートの住人に歓迎される

 僕が久遠兄さんの家を出てから、学校前の坂道で転んで千島先輩に助けられるまでの間に起きたことを説明すると、受験会場に向かう途中で、お爺さんが苦しそうにしているのを見かけたので、病院まで連れて行った結果遅れそうになったである。


(自分でも思いますけど、嘘くさいですよね)


 事実ならば美談と称される行動ではあるのだが、創作などで遅刻の言い訳として使われすぎていて、客観的に見ると信憑性に欠けていると言わざるを得ない。僕が話している間、誰一人として口を挟まず、話し終えてからも無言の時間が続いた。


(やはり、嘘っぽくて信じて貰えないですよね)


 僕だって自分の身に起きたことで無ければ、嘘だと断言するようなシチュエーションなのだ。せっかく僕の人間性を真面目だと評してくれた人達を裏切ってしまったのではないか。そう不安を感じている中、沈黙を破り最初に口を開いたのは桔梗ちゃんだった。


「しーちゃんはやっぱりしーちゃんです。自分が困っているときでも他人を気遣えるくらい優しいところ、昔から変わってないです」

「......はい?」


 嘘つきと詰られることを覚悟していたところ、まさかの満面の笑みで返され、間抜けな声が僕の口から出た。桔梗ちゃんは優しいから僕の側に立っているのだろう、そう考えて他の人へと話を振る。


「あの、僕の言ってること嘘だと疑わないんですか?」

「疑うもなにも、遠いところから受験しに来た人が、自分からふいにするようなことするわけないよね?」

「鈴蘭の言うとおりだ。もっとも俺は、お前が怪我してもなお会場まで向かおうとしていた時点で、信じるに値するやつだと思っていたが」

「俺は今桜庭と会ったばかりだから何とも言えないが、その話が嘘ならもっと早いタイミングで、自慢気に言うはずだ」

「まあそういうことよね。道理や今の状況を考えて、貴方が嘘をつく理由が無いのよ。桜庭さんは案外嘘が下手なのね」


 しかし、桔梗ちゃん以外の四人から返ってきた意見で、僕の発言を疑うものは何一つなかった。それどころかその逆で、この人達の暖かさに僕は嬉しくなり、自然と感謝の言葉が出て来た。


「皆さん、ありがとう......ございます」

「どういたしまして、です」

「ねえ詩恩さん、ハンカチ必要かな?」

「いえ、大丈夫です......というか泣いてませんから!」


 いくら感動していても、そこまで涙もろくない。ちょっぴりムキになって反論する僕を見て、差し出したハンカチを引っ込める鈴蘭さん。その顔は楽しそうだった。


「あはは、冗談だよ♪ 詩恩さんって、クールに見えて意外と感情豊かなんだね」

「悪いですか?」

「ううん。さっきの詩恩さんの話を聞いてたら、そっちの方が自然かなって」

「確かにな。さて、そろそろ鍋が煮えてきたわけだが、他に桜庭に聞いておきたいことは無いか?」

「桜庭さんというか、桔梗ちゃんにも聞きたいことなら、一つあるわ」


 千島先輩の問いかけに土橋さんが手を挙げた。僕と桔梗ちゃんに聞きたいこととはなんだろうか。


「桔梗ちゃんが桜庭さんのことをしーちゃんって呼んでるみたいだし、あなた達って元々知り合いだったりするの?」

「はぅぅ、あの、そう、です」

「はい。昔僕がこっちにいた頃病院で知り合った、所謂幼馴染というやつです」

「そうなんだ。もしかしてこっちの高校を受験したのは」

「ええ。桔梗ちゃんにまた会いたいと考えたからです」

「はぅぅ///」


 僕が混じりっけ無しの本音を吐露すると、桔梗ちゃんが顔を赤くしながら照れてしまった。僕も言っててちょっと照れくさい。


「だったら、こんな近所に住んでるのは運命ね。鈴蘭ちゃんも千島君も、心配事が一つ減ってよかったわね」

「そうですね。同学年にお友達がいるだけで、かなり安心です」

「孤立してたり、逆に鈴蘭にべったりにならないか、心配だったっすからね」

「はぅぅ、そんなことは」


 あり得る。桔梗ちゃんってかなりの甘えん坊だし、友達作るの下手だったから。かくいう僕もそこまで友達作りは得意じゃないが、それでも桔梗ちゃんよりはマシだ。


「これで同じクラスだったら完璧なんだけど」

「そこまでは贅沢というやつですよ。よくて隣のクラスだったらいいなって思います」


 これも本音だ。鈴蘭さんの言うように桔梗ちゃんと同じクラスだったら最高だけど、休み時間に話したりするだけなら隣のクラスでも誤差の範囲だ。これが端同士だったらそれすらままならない。


「それも一理あるけど、欲がないよね」

「世の中都合よくいきませんからね。同じクラスでも席が離れてる可能性もありますし」

「でしたら、もし私と同じクラスで席も隣だったら、しーちゃんはどうされますか?」

「どうって、そんなに楽観的に考えられませんよ。けど、もしそうなったら隣同士ですし、桔梗ちゃんと毎日お昼を一緒に食べます」


 いくら僕が女の子にしか見えなくても、付き合ってもいない女子と、それも自分の教室でお昼を共にするのは気恥ずかしい。とはいえクラスが一緒で席も隣になるなんて、まずあり得ないだろう。


「はぅぅ、しーちゃんと一緒」

「あくまでも今言った条件が満たされた場合です。違う場合でもたまに一緒に食べるのはいいですけど」

「でしたら、そうなるよう学校が始まるまで毎日お祈りします!」

「頑張ってくださいね」


 よほど親しい友達と一緒にご飯を食べたいのか、桔梗ちゃんがそんなことを言いだした。彼女の意思の強さはよく知っているので、こうなったら止めるだけ無駄だ。


「話は済んだ? 詩恩さんの歓迎会なんだから、一口目は詩恩さんから食べてね」

「わかりました」


 僕と桔梗ちゃんの会話が途切れたタイミングで、鈴蘭さんから食べるよう促される。僕は鍋から具材をよそい、口に運び食した。もちろん美味しかったのは言うまでもなく、味の評価を素直に伝えると桔梗ちゃんがまた真っ赤になってしまった。

お読みいただき、ありがとうございます。


前作に一話だけ登場した受験生の正体が、実は―詩恩でした。

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