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第八十七話 明日太くん、鈴菜ちゃんを送る

明日太視点です。

 天野先生に説教されたあと、御影と別れて床についた。翌朝目を覚ました僕は寝不足で、詩恩から目の下に隈が出来ているのを指摘された。


「明日太、寝不足ですか?」

「ちょっとな」

「今日は木皿作りがありますけど、手元気をつけてくださいね?」

「大丈夫だ。問題ない」


 そう答えたものの、一抹の不安はあった。彫刻刀を使う作業があるから気を引き締めないと。顔を洗ってから朝食の席に着いたのだが、ちょうど御影の正面に座ってしまい、お互い顔を合わせた瞬間赤面してしまった。


「お、おはよう冬木くん」

「あ、ああ。おはよう」


 彼女の目の下にも隈が出来ていたので、勘のいい人間は気付くかもしれない。現に詩恩から怪しまれた。


「お二人とも様子が変ですけど、何かありました?」

「「なんでもない」」

「怪しいですが、ひとまずそういうことにしておきます」」


 少々居心地の悪い空気で朝食を終え、学年全員でレクリエーションルームに移動してから、木皿作りが始まった。元々作られている木の皿に絵や字を描いてオリジナルのものを作る作業で、まず最初の一時間は構図作成からだ。


「今回は僕と桔梗ちゃんが皆さんのお手伝いをしますね」

「イラストは私が、字の方はしーちゃんがアドバイスします」


 普段は僕や御影が行う声かけを今日は詩恩達がしていた。実のところ僕は絵が下手で字もそれほど綺麗じゃないので、代わりにしてくれて助かった。男子は詩恩に、女子は佐藤に相談に向かっていたので、僕も行こうとしたら御影に制止された。


「ふ、冬木くん。ウチと一緒に考えない?」

「助かるが、昨日から一体どうした?」

「別に何でもないよ。それとも、一人で考えてトラウマものの木皿を作るつもりかな?」

「......わかった」


 完成品は最終的に学校に送られ、各自に配られることになるため、ただ下手なだけならまだしも、見た人間が恐怖する地獄絵図にはしたくない。詩恩達に助力を得られない以上、裏があろうと御影に頼むしか無かった。


「決まりだね。それで、どういう図柄にしたいのかな?」

「こういうのだ」

「ひっ!?」


 僕の絵を見た途端、怖がる御影。普通に好きな動物のアリクイの威嚇ポーズを描いたつもりなんだが、そんなにおかしいだろうか。


「えっ、これアリクイなの? てっきり首の歪んだろくろ首だと」

「失礼な。これでも上手く描けた方だぞ」

「嘘!?」


 残念ながら本当だ。前描いたときは粘菌というアメーバの一種だと表現され、弟達全員から悪夢にうなされたと報告があった。今回は一応生物に見られているだけいい方だ。


「トラウマものって言ったご家族の気持ちがよくわかるね。お手本描いてあげるから、それを参考に描いてみてね」

「助かるが、自分の分はいいのか?」

「そこは大丈夫だよ」


 御影の絵だが普通に上手く、雄々しくもどこか可愛らしいアリクイを見事に表現していた。そうして御影の描いた手本を真似して、何枚もラフを作り、比較的マシなものを決定稿にした。


「これなら一応アリクイって言われたら見える、かな?」

「そういう御影は結局何にしたんだ?」

「メスアリクイだよ。ほら、こんな感じ」


 御影が出した決定稿に描かれてあるアリクイは、僕に見せた手本のものと違い、可愛らしさを前面に押し出していて、一目でメスだとわかるほどだった。


「何でメスアリクイ?」

「実は何を描こうか悩んでたから、冬木くんのを参考にさせて貰ったんだ」

「ちゃっかりしてるな」


 次に木の皿への転写だが、これに関してはカーボン紙を挟んで上からなぞるだけだったので意外とスムーズに終わった。そうして彫刻刀を使う工程に入ったのだが、ここで嫌な予感が的中し、指を切ってしまった。


「っ!!」

「冬木くん大丈夫!?」

「このくらい大したことな――」

「んっ......」


 血が流れている僕の人差し指を迷わず口に含み、傷口をなめる御影。そんな彼女を見て、僕は何も言うことが出来ず、ただ心臓だけが激しく鼓動していた。傷口を消毒した御影は、ポケットから取り出した絆創膏を貼る。


「これで大丈夫だと思うけど、あんまり動かしたら駄目だよ?」

「あ、ああ。ありがとう」

「どういたしまして。それで続きなんだけど、どうしようか?」

「左手でも出来ないことはないから、続けるつもりだ」


 基本的に右利きではあるものの、細かい作業は左手の方が得意だったりする。絵に関しては右だろうと左だろうと何も変わらないのだが。


「そっか。無理はしないでね?」

「平気だ」


 トラブルはありながらも、何とか木皿を時間内に完成させた。僕達の行動は何人かに見られていたため、終わった直後に散々からかわれることとなった。


「御影にあんなことされるなんて、羨ましすぎる!」

「夢のシチュエーションじゃねえか」

「お前ら、昨日の夜絶対何かあっただろ」

「まあまあ、皆さんそのくらいにしましょうよ」


 幸い詩恩が仲裁してくれたので助かった。そうして林間学校の全日程が終了し、帰りのバスに乗り込んだのだが、学校に戻るまでほとんどの生徒はずっと眠っていて、到着してもなお御影と佐藤は起きなかった。


「桜庭くん~、冬木くん~、荷物は責任を持ってお届けしますので~、すみませんが二人をお願い出来ますか~?」

「僕は構いませんよ。慣れてますから」

「僕も御影の家の場所はわかるからいいですが、だったら天野先生が送っても」

「明日太、野暮なことは言わないでください」

「そういうことですので~、お願いしますね~」


 頼まれた以上、責任を持って御影を家に送り届けるしかない。考えてみれば林間学校で散々世話になったのだから、このくらいの礼はすべきだ。そう考え御影をおんぶしたが、何かしっくりこない。


(こっちの方がいいか)


 お姫様抱っこに切り替え、彼女を抱いたまま坂を下りる。すやすやと眠る御影の顔はとても綺麗で、見ているとまた心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


(どうした僕? 御影が美少女なのは前から変わらないだろう?)


 これまで感じたことの無い想いを彼女に抱きながら、御影の家まで歩いていたところ、御影が身じろぎした。もう起きるのかもしれないと思い、一度歩みを止めた。


「んっ......もう着いたの? あれっ、ここどこ?」

「......おはよう」

「ふ、ふゆきくん!? ど、どうしてウチをお姫様抱っこ!?」


 目を覚ました御影は激しく動揺していた。バスで眠っていたらいつの間にか外で、しかもクラスメートに抱かれていたのだから無理もない。事情を説明すると何とか納得してくれた。


「冬木くん、ありがとうね」

「このくらい安いものだ。それでもう下りるか?」

「ううん、家までこのまま送って貰いたいかな?」

「了解だ」


 御影の希望によりお姫様抱っこをしたまま家まで送ったのだが、偶然彼女の母親に見られてしまい、天野先生と似た笑顔でサムズアップをされてしまった。外堀を埋められている気がするのは僕の考えすぎだろうか。

お読みいただき、ありがとうございます。


明日から一話更新になります。

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