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第八十六話 鈴菜ちゃん、明日太くんと夜空を見る

鈴菜視点です。

 恋バナで盛り上がりみんなが寝静まった夜、蒲団に入っても何となく眠れないと感じたウチは、誰にも気付かれないようにこっそり部屋を抜け出した。もうとっくに消灯時間を過ぎているので、見回りの先生に見つかったら確実にお説教されるだろう。たとえお姉ちゃんであっても。


「それならそれで、別にいいかな?」


 ひとりごちながら薄暗い廊下を歩く。経験上眠れないときに無理に寝ようとしても、逆に目がさえてしまうため思い切って気分転換をした方がいい。ひとまずお手洗いを済ませ、散策を再開すると人の気配を感じ物陰に隠れつつ何者か確かめると、何と冬木くんがこちらに向かって歩いて来ていた。


(ど、どうして冬木くんが!?)


 彼の顔を見た瞬間、ウチの胸の鼓動が早くなった。間違いなく頬も赤くなっているはずだ。ただでさえそうなのに、キャンプファイヤーのときのあれとか、桔梗ちゃんが寝たあとに中宮さんや山野さんに散々からかわれたせいで、いつもより余計に酷い。


(と、とにかくこうして会えたんだから話さないと!)


 だからといって林間学校の夜に、想い人と二人きりというシチュエーションを逃すのはもったいない。この時間に部屋の外にいるということは彼も眠れないはず。そう思いウチは物陰から姿を表しつつ冬木くんに声をかけた。


「ふ、冬木くん元気!?」

「んっ? ああ御影か。こんな時間にどうしたんだ?」


 思い切り声がうわずったけど、冬木くんはあまり気にしてない様子だ。こんなにウチはどきどきしてるのに、何かズルい。


「ちょっと眠れなくて。そういう冬木くんは?」

「僕も似たようなものというか、詩恩が寝相で僕の蒲団に入り込んできたんだ。あのままだったら抱き付かれていたから、とりあえず蒲団ごと部屋の端に隔離してやった」

「そうなんだ」


 桜庭くんにそんな可愛らしい癖があると知りほっこりした反面、未遂に終わったと聞いて安心している自分がいた。いくら寝相でも、好きな人が他の人に抱き付かれたら嫌だし。


「まああいつの寝相はいいとして、眠れないならしばらく話でもしようか。教師に見つかったら捕まるのは確実だが、このまま戻っても落ち着かないからな」

「そうだね。ところで冬木くん、携帯持ってきてる?」

「部屋に置いてきた。そういう御影は持ってきてないのか?」

「ウチも置いてきちゃって、ちょっと後悔してる」

「まあ、夜空が綺麗だから、気持ちはわかる」


 ちょっと散歩するつもりだったから置いてきたけど、窓から見える満月や星空が綺麗なので、持ってくればよかったと思い悔いている。冬木くんの方も同じ感想を抱いたようだ。


「しょうがないから、二人だけの思い出にしよっか」

「詩恩達には悪いが、残す手段が無いから仕方ないな」

「だね」


 欲を言えばもう少し窓が大きければよかったんだけど、それでも周りに明かりがないからか町中で見るよりもずっと綺麗で、これを見られただけでも昼間の苦労がいくらか報われる気がした。


「今度から星を見るのも林間学校の予定に入れたらいいのにね」

「同意するが、山の上で天気が変わりやすいから難しいのかもしれないな」

「確かに、楽しみにしてたのに雨が降って中止とかだったら辛いかも」


 林間学校の日程が二泊三日のところならまだしも、うちの学校は一泊二日なので天気が悪ければ一発アウトだ。そういう意味では生徒をぬか喜びさせないようはじめから予定に入れないのは正しい。


「そういうことだ。それに星を見る行事なんてしたら、そこらで星空そっちのけでいちゃつくカップルが出て来るぞ」

「あ、あはは......」


 冬木くんが戯けながら語る内容に苦笑するウチだったけど、あり得なくはないと思った。現に付き合っていないウチらですら月や星よりも会話に夢中になっているのだから、カップルがどうなるかは火を見るより明らかだ。


「学校側としても不純異性交遊を推進するわけにはいかないから、案外こっちの理由なのかもな」

「お姉ちゃんが先生だから、ウチとしては天気の方を推したいけどね。先生だって綺麗な星空は見たいだろうし」

「まあどちらにしても、行事としてない以上は気付いた人間の特権だ。じっくり楽しもう」

「うん♪」


 冬木くんの隣で、窓の外に広がる夜空を眺める。ウチと彼の距離は少し離れていて、まさしく男女の友達のそれだった。だけど、このままじゃ満足出来ないので、彼との距離を詰める。


「急に近付いてきて、誰かに見られて誤解されても知らないぞ?」

「別に誤解されてもいいんだけどね」

「何か言ったか?」

「ううん、別に」


 二人で話していてわかったけど、冬木くんはウチのことを親しい友達としか思ってない。このシチュエーションで、誤解と口にしたのがその証拠だ。だからこそ少しでも彼を振り向かせたいと思い手を握った。体温がウチより低いみたいで、その手は少し冷たかった。


「御影?」

「手を握るくらい、普通だよ?」

「そうか」


 明らかに無理のある言い分だったけど、冬木くんは特に嫌がらず、それどころか握り返してくれた。すごくどきどきしているけど、同時に心地よかった。このままこの時間が続いたらいいのにと思ったけど、背後から声をかけられたことで終わりを迎えた。


「うふふ~、人影が見えたので確かめに来たら~、まさか鈴菜ちゃんと冬木くんだとは思いませんでした~」

「お、お姉ちゃん!?」

「天野先生」

「お二人とも~、詳しくお話聞かせてくださいね~」


 お姉ちゃんに見つかり、お説教という名の追及を受け、解放されたのは一時間後だった。怒られちゃったけど、こういうのもいい思い出だよね?

お読みいただき、ありがとうございます。

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