第八十三話 明日太くん、鈴菜さんと踊る
明日太視点です。
僕達を乗せたバスが施設に到着し、一旦昼休憩を取ったあとでオリエンテーリングが行われた。楓の木の群生地や養殖池など、合計三カ所のチェックポイントで出された問題を答え、最後に施設のある場所に戻るというものだ。慣れない山歩きかつ体力に不安のある人間を二人抱えているため、僕達は休憩を挟みながら進み、制限時間ギリギリでやっとゴールした。
「よし、到着だ」
「ゴール......ですね」
「はぅぅ......」
「二人とも、お疲れさま」
到着と同時に詩恩と佐藤が崩れ落ちるようにへばり込んだ。二人の顔色は悪く、特に佐藤は青白い。三時間山を歩くだけでも負担が大きかったが、雲一つない空から強い日差しが照りつけていたのだからこうなるのも当然かもしれない。
「水分補給をしてしばらく休んだ方がいいな」
「これ以上歩けないなら肩貸すよ」
「「はい......」」
僕は詩恩に、御影は佐藤に肩を貸しつつ施設内に連れて行き、備え付けの自販機で経口補水液を購入し二人に与えた。水分を摂取したことで詩恩の顔色はよくなったのだが佐藤はあまり変化が無い。どちらにせよ無理はさせられないので、救護の先生に二人のことを任せ、僕と御影は玄関を出た。
「あの二人、大丈夫かな?」
「佐藤の方は不安だが、詩恩が見てるなら大丈夫だろう。むしろ僕が心配なのは二人の夕食の方だ」
今晩の食事は飯ごう炊さんで作るカレーだ。料理に疎い僕でも今のあの二人に食べさせていいメニューじゃないのはわかる。だからといって食べさせないのも体に悪いため、どうすべきか悩んでいた。料理上手な御影は、すぐに解決策を思い付いたみたいだ。
「だったら二人のためにうどんでも用意しようか?」
「作れるのか?」
「材料があればだけど、多分用意されてると思うよ」
御影曰く米アレルギーの生徒がいた場合の配慮として、ナンやうどんの材料である小麦粉も用意されているとのことで実際に材料を確認すると小麦粉もあったので、詩恩達の夕食の心配はしなくてよさそうだった。
「じゃあまずはウチらの夕食から作ろうか。カレーの準備はウチがするから、お米は任せるね」
「飯ごうの使い方は聞いたから大丈夫だ。時間が空いたら手伝うぞ」
「うん。期待してるね」
まず米研ぎから取り掛った。家でもここ最近何度か研いだことはあったのでこの辺は問題ない。水の濁りが薄くなるまで研いだあと、水を入れるのだが二人分なので少なめに入れ一旦蓋をした。
(確かこのまま一時間くらい置くんだったな)
米が水を吸うことでふっくら美味しく炊きあがるそうなので、その間御影の手伝いに回る。彼女は器用に包丁でじゃがいもの皮を剥いていたが、僕には出来そうもない。
「冬木くん、慣れてないならピーラー使えばいいと思うよ」
「これでもいいのか?」
「基本的にはね。使い方は――」
ピーラーの使用法を聞き、それなら僕にも使えそうだと感じた。今度からこれで皮剥きに挑戦してみようと思う。
「了解だ。皮剥きは任せておけ」
「うん。でもじゃがいもだけは皮剥いたらこっちに渡してね。芽を取らないと大変なことになるから」
「確か、芽にソラニンって毒がなかったか?」
「正解だよ。冬木くんって家庭科の成績も良かったの?」
「学科だけな」
実技は料理は出来ないものの裁縫は人並みなので、総合すれば人より少しいいくらいだろう。話しながらも手は止まらず、野菜の皮剥きを終え、二人で切っていく。
「意外と手際いいよね冬木くん」
「こっちは慣れてるからな。もっと任せてくれても構わない」
「気持ちはありがたいけど、そろそろ飯ごうの準備に戻った方がいいよ。カレーが出来ててもお米無しだと困るし」
全くもって正論だった。米の準備に戻り飯ごうを火にかけて番をする。吹きこぼれたので火力を強め、さらに十分くらいした辺りで詩恩が僕の方へと歩いてきた。
「体調はもういいのか?」
「おかげさまで動けるくらいには回復しました。ただ桔梗ちゃんの顔色がまだちょっと悪いので、僕だけが来たんです」
「そうか。それと先に言っておくがお前達の夕食は別メニューだぞ?」
「正直その方が助かります。今の体調でカレーなんて食べられないですからね」
どうやら僕達の懸念は間違っていなかったらしい。詩恩でも食べられ無さそうなら、佐藤はもっと無理だろう。詩恩が戻ったあと香りが漂ってきたので火から上げ蓋を開けると、いい感じに炊きあがっていた。御影もカレーを作り終えたとのことなので、今度はうどん作りに取り組んだのだが、思った以上に重労働だった。
「ごめんね冬木くん、疲れたでしょう?」
「ああ。まさか足で踏まずに作るとここまで疲れるとは思ってなかった」
うどんを手打ちするときにコシを出すために足で踏むわけだが、ここは屋外でうどんを入れる袋も無いため手でこねなければならなかったのだ。苦労した甲斐あって、コシのあるうどんが作れたのでよしとする。少し余ったのでカレーうどんも作り、夕食となった。
「この出来なら満足かな?」
「ああ。美味いな」
「わざわざ僕達のために、ありがとうございます」
「あの、ご迷惑をおかけしてすみません」
「別に構わない」
準備に全く関われず、申し訳なさそうにしていた詩恩達だったが、熱中症になりかけていたのだから仕方ない。むしろあそこで休ませなかったら倒れていた可能性もあったくらいなので、迷惑程度安いものだ。
「どうしても気になるなら、今度何か埋め合わせしてくれ」
「じゃあこのあとのフォークダンス、一緒に踊ってあげるね」
「......御影、お前は別に埋め合わせする必要は無いんだが」
「駄目かな?」
「駄目じゃないが」
そもそも詩恩と佐藤の二人に言ったんだが。踊る相手もいなかったし、かといって男同士で踊るのも遠慮したかったから助かるけども。というわけで食べ終わったあとのキャンプファイヤーで、御影と踊ることになった。当然だが詩恩達は炎から離れ、目立たない場所で見学している。
「今日は色々ありがとうね」
「お礼を言うのは僕の方だ。一人だと料理作れなかったからな」
「そこは得意分野が違うから仕方ないよ」
「得意分野、か」
御影はそう言うものの、正直僕に出来てこいつに出来ないことはあるのだろうか。学力も身体能力も僕の方が上ではあるのだが、学力はともかく身体能力は性差によるところも大きいため言うほどの差はないと思われる。考えれば考えるほど、目の前の少女は欠点らしい欠点が見当たらない完璧超人なのだと改めて思う。
「なあ、御影って苦手なことあるのか?」
「もちろんあるよ。朝も話したけど枕変わると寝られなかったりとか、雷駄目だったりとか」
「可愛いものじゃないか」
「か、かわっ!?」
欠点だと思うより可愛らしいと思ってしまうのは、僕が男だからだろうか。それとも相手が御影だからだろうか。
「御影は美人な上に可愛いとか、今日お前と踊れたことは一生自慢出来るな」
「ひゃぁぁっ!!」
単純な事実を述べただけなのに、顔を赤くしながら御影は奇声を上げていた。ダンスが終わるまでの間ずっと彼女の顔が赤いままだったが、体調でも悪かったのだろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。皆さんも熱中症にはお気をつけを。




