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第八十一話 詩恩くん、桔梗ちゃんとの検査入院を終える

 バリウムの味しか感じない食事と、妙にシャンプーの種類が豊富だったシャワーを終えたのち、再び桔梗ちゃんが泊まる個室を訪ねた。検診衣を纏ってベッドに腰掛けているためか、いつも以上に彼女が儚げに見えた。


「桔梗ちゃん、本当に体調不良だったりしませんよね?」

「大丈夫ですよ」

「だったらいいんですけど」


 仮に体調不良であっても、そもそも病院にいるのだから心配する必要もないか。気を取り直して彼女と向き合う。お互い検診衣を着ていると、やはり思い出すのは入院していた頃の記憶だ。


「そういえば桔梗ちゃんが入院してから僕が転院するまで、ずっと同じ病室でしたね」

「はい。てっきり他の子供と一緒の病室に入れられると思っていたら大人と同じ病室でしたから、すごくしーちゃんは心強かったです」


 そう、初めて出会った桔梗ちゃんはとても不安そうで、同年代の僕を見付け、少しだけ安心したような顔になったのを思い出した。だけど当時の僕は桔梗ちゃんにそこまで優しくなかった。


「そう思っていただいて何ですけど、僕の方は桔梗ちゃんのことを何とも思ってなかったですよ?」

「そうなんですか?」

「どうせ一週間も経たずに退院してしまうのだろうと思ってましたから。本当、自分勝手ですよね」


 退院するのは間違いなくいいことなのだけど、それでもずっと入院している側からしてみれば、どうして離れていくのだろうと思ってしまう。それが何度も続いてしまったから、あの頃の僕はナーバスになっていた。


「その、仕方ないと思います。当時のしーちゃんは寂しかったのでしょうから」

「ええ。それで一週間経っても桔梗ちゃんがまだいたことで、今度は毎日両親がお見舞いに来るあなたを妬ましく思いまして、桔梗ちゃんへの感情が嫌いへと変わっていったんです」

「......はぅぅ」


 昔のことであっても、僕の口から嫌いだったと告げられて落ち込む桔梗ちゃん。胸が痛いけど、これも僕と彼女の思い出なので受け入れるしかない。


「ですから、あなたとほとんど話さなかった時期が少しだけあったんです。もっとも、その嫉妬心も飛んでいってしまうような事件が起きたんですけどね」

「あっ、それってもしかして」

「そうです。階段から落ちたあなたに僕が下敷きにされた一件です」


 その日はたまたま同じ階にあるトイレが掃除中だったため、仕方なく下の階に行って用を足したのだけど、その帰り道にふらふらしながら階段を上っていた桔梗ちゃんを見かけた。案の定彼女はバランスを崩し落下してしまった。


「嫌な予感がして急いで階段まで走って正解でしたよ。じゃないと桔梗ちゃんが怪我してましたから」

「はぅぅ、その節はすみませんでした」

「いいですよ。僕としても嫌っていても、目の前で女の子が怪我するところなんて見たくなかったですから」


 無事に助かった桔梗ちゃんは落下の恐怖を思い出し、僕にしがみつき大泣きした。僕への謝罪と感謝の言葉を口にしながら。そんな彼女を見ているうちに、不思議と嫌いという感情は消え去り、その代わりに目の前で泣いている女の子を守ってあげたいという思いが僕の中で芽生えた。


「しーちゃん、ありがとうございます」

「いいですよ。あなたのおかげで、僕は誰かを好きになることを知ったのですから」


 今思えば、あれが恋の始まりだったのかもしれない。もっとも、二人揃って怒られたり、何やかんやあって今の今まで忘れていたのだけど。その日からは今の僕と桔梗ちゃんの関係に近くなり、別れのそのときまで一緒にいたのだけど。


「この話、他の人には秘密ですよ?」

「どうしてですか?」

「僕が桔梗ちゃんを嫌っていた時期があるなんて、話したくないですからね。それを知ってていいのは、一人だけでいいんです」

「しーちゃん///」


 特別な思い出としてはビターだと思うけど、それでもいい。どうしようもない嫉妬心で桔梗ちゃんを嫌っていたという過去があるからこそ、もう二度と間違わないと思えるのだから。そうして彼女が眠るまでの間、思い出話をしてから僕は個室に戻り就寝した。


 そして翌日の朝、内科検診を受けたり検査の結果を聞いたりして、最後に診断書を渡された。内容としては肺と肝臓は経過観察、他の臓器は良好、骨格や筋肉は人体の神秘となっていた。ツッコミどころや心配ごとはあるけれど、日常生活を送れる範囲と太鼓判を押され安堵した。


(あとは桔梗ちゃんがどうかですね)


 彼女も診断書を受け取ったみたいなので、検査結果について訪ねると、心臓や肺が経過観察、体力が低い点以外は良好とのことだった。ただ僕と違って喘息持ちなので、一層の注意は必要みたいだ。


「なるほど、これなら入院する必要は無さそうですね。とりあえず学校に行って診断結果を提出しましょうか」

「そうですね。出さないと林間学校に行けませんからね」


 僕達は一度家に帰ってから登校し、揃って天野先生に診断書を提出した。結果を見た先生から無理はしないようにと言われたけど、林間学校への参加許可は下りたので、ひとまずよしとしよう。


(初めて桔梗ちゃんと遠出するわけですし、楽しみですね)


 僕や桔梗ちゃんがもしも健康だったら、遠足や修学旅行などの思い出が作れただろう。だからこそ、今回の林間学校はしっかり楽しもうと思い、午後の授業に臨んだのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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