第七十六話 詩恩くん、ライバルと交流する
学校新聞に僕のことが載った数日後、紫宮さんが教室に来て桔梗ちゃんに話しかけていた。前に話していた低身長の女子同士仲良くしたいというのはどうも社交辞令ではなく、本気だったみたいだ。桔梗ちゃんも最初の方は戸惑っていたけど、もう一つ共通の話題があったため仲良くなった。
「幼馴染の殿方がいるもの同士、親しくしていきたいですわね」
「そうですね」
「ちょっと待ってください、紫宮さんと近衛くんってそうなんですか?」
なんと紫宮さんにも幼馴染がいるそうで、しかもその正体が、学年三位の近衛柊くんなのだから驚きだ。僕としては聞き捨てならない名前だったので二人の会話に割り込んだ。
「ええ。柊とは子供の頃からの付き合いです。残念ながらクラスは一度も一緒になったことはありませんが」
「そうですか。私としーちゃんも小学校に上がる前に離れたので、今年ようやく一緒になれたんです」
「運命的ですわね。桜庭詩恩、柊に興味がおありですか?」
「もちろんです」
「でしたら、次の休み時間にでも連れて来ますわね」
何しろ入試でも中間テストでも、僕のすぐ後ろに着いているのだから気にならないはずがない。僕以外にも明日太や御影さん辺りも、近衛くんがどういった人物なのか興味はあるだろう。実際に興味があったのか、これまで遠巻きに見ていた御影さんが僕達の輪に加わり、紫宮さんに質問を投げかけた。
「ねえ、紫宮さん。さっきから気になってたことがあるんだけど、耳貸してくれる?」
「聞きたいことがあるのなら正面から堂々と聞いてくださって構いませんわ。わたくし、隠しごとはしない主義ですので」
「......なら遠慮せず聞くけど、紫宮さんって近衛君のこと」
「前言撤回ですわ!! 謝りますからこればっかりは秘密にしてくださいませ!!」
気遣いを無下にされたのに少しムッときたのか、御影さんは容赦なく切り込み、紫宮さんを謝罪へと追い込んでいた。そっか、だから紫宮さんは桔梗ちゃんに興味を抱いてたんだ。
「わかったらいいんだよ。みんな、紫宮さんのことは絶対に秘密にしてあげてね?」
「「「了解」」」
「そういうわけだから、口止めしてあげたよ」
「あれで口止めになりますの?」
「意外とね」
あっけにとられている紫宮さんだったけど、実際こういった場面での御影さんからのお願いごとを反故にしたクラスメートはいなかったりする。
「ありがとう、ございますわ。お優しいのですね」
「気持ちわかるからね。ウチは御影鈴菜、鈴菜って呼んでね」
「わかりましたわ。わたくしのことは理良とお呼びくださいませ」
「そうさせて貰うよ、理良」
御影さんと紫宮さんが二人でガッチリと握手を交わし、友誼を結んだ次の休み時間、宣言通り紫宮さんが近衛くんを連れて来たのだけど、
「お嬢、何や急に四組に来いなんて」
「柊、学校ではそう呼ぶなと昔から言っていますのに」
「お嬢はお嬢やさかい。うちがお嬢の家に仕えとるんは知っとるやろ? それにお嬢の反応が可愛いからつい」
「えっ? 可愛い、ですの?」
「冗談や」
「柊! よくもからかいましたわね!!」
僕達を置いて繰り広げられる漫才を、クラス一同ポカンとした顔で眺めていた。近衛くんは背が高くて落ち着いた見た目の男子だったのだけど、完全に外見に騙された。エセ関西弁で話す彼に、ムキになってツッコむ紫宮さん。面白いのでこのまま放置したいけど、休み時間は有限だ。適当なところで止めに入った。
「まあまあ、夫婦漫才はそのくらいにして」
「め、夫婦っ!?」
「誰が夫婦や。それを言うたら、あんさんらやろうが」
「否定はしません。それよりも近衛くん、でよかったですよね?」
「そうや。ワイは近衛柊、ここにいる紫宮理良の家に仕えとる名字通りの近衛、あるいは執事やな」
「「「「し、執事!?」」」」
話しぶりから主従関係だとは思っていたけど、まさかの執事だった。というかエセ関西弁で執事、それも主人の紫宮さんにこんな態度で大丈夫なのだろうか。教室内のほとんどの人間が抱いたであろう疑問に、近衛くんはため息交じりに答えた。
「言うとくが、態度や何やらはお嬢が望んだことや。普通の幼馴染として接して欲しいと」
「でしたら、何故紫宮さんが嫌がる呼び方したり、エセ関西弁で話すんですか?」
「どっちもワイの勝手やろ。ただワイに二度も勝ったあんさんに免じて教えたるわ。関西弁は執事っちゅうこと知ったらデカイ態度取ってくるやつがおるさかい、なめられんようにするためや」
「そんなことしてくる人、いるんですね」
「割とおるぞ? んで呼び方何やけど、見てもろた方が早いか。お嬢、ちょいこっち来い」
「何ですの、もう! せっかく女子同士話していましたのに」
桔梗ちゃん達と仲良く話していた紫宮さんだったけど、近衛くんに呼ばれ渋々会話を中断してこちらに来た。近衛くん、一体何を見せようとしているのだろうか。
「見ての通り、お嬢はお嬢って呼ばれると怒る」
「当たり前ですわ!」
「んで、紫宮と呼ぶと悲しむ。ワイはこれで行こうと考えとったんやけど、呼ぶ度に泣かれたから諦めたんや」
「他人行儀にされたら、悲しいのは誰だってそうですわよ」
紫宮さんの気持ちはよくわかる。僕も桔梗ちゃんから名字で呼ばれたらヘコむ自信がある。だけど近衛くんが名字で呼ぼうとした理由もわかるので、どちらにも味方しなかった。
「ワイもそうやけど、男として下手に呼べんのや。そのくらいわかれや、理良」
「あっ///」
近衛くんに名前を呼ばれた紫宮さんは、頬を染めながら嬉しそうにしていた。その表情は僕と二人きりでいるときの桔梗ちゃんと同じで、何故近衛くんが名字で呼ばないのか察した。
「理解出来ました。でしたらお嬢呼びも仕方ないですね」
「桜庭詩恩!?」
「わかってくれたんならええわ」
紫宮さんには悪いけど、これに関しては近衛くんの肩を持つ以外ない。僕自身、桔梗ちゃんの喜んでる顔を他の人に見せたくないって思ってるから。なお、ほとんどのクラスメートから不満を持たれたため、彼らが帰ったあとで懇切丁寧に説明する羽目になった。近衛くんの真意もバラしたのは言うまでもない。
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