第七十四話 鈴菜ちゃん、明日太くんと学食に行く
鈴菜視点です。今作初のサブキャラ視点になります。
昼休み、ウチは冬木くんを誘って学食へとやってきた。普段は購買でパンを買っている彼だけど、どうやら学食にも興味はあったみたいで、券売機のメニューを見て何を食べるか悩んでいる様子だった。
「御影の奢りとはいえ、選ぶならなるべく安くて量のあるメニューがいいな」
「お金は気にしなくていいって。そこまで高い物もないしさ」
学生向けだからか、学食のメニューは購買ほどでは無いけど全体的にリーズナブルなため、大抵ワンコインで食べられ、それでも足りない人のために大盛りも用意されている。
「ならいいが。というかそもそも何で僕を昼に誘ったんだ? しかも奢ってまで」
「自分の勉強とクラスメートに勉強を教えること、両方頑張ってた冬木くんの努力を労おうって思ったからだよ」
桜庭くんの快挙に隠れて目立たないけど、冬木くんの七位という結果も充分すぎるくらいに優秀なもので、しかもそれをクラス全体の勉強を見ながら達成したのだから、称えられて然るべきだと思う。だけど当の冬木くんはそうは考えていない様子だった。
「僕は大したことはしてない。勉強に使ったのは詩恩のノートだし、クラスの平均点が学年トップだったのも全員の頑張りのおかげだ」
「だとしても、みんな、特に男子が勉強しようって思ったのは冬木くんのおかげだと思うよ?」
女子は基本的に友達だから説得が容易だったけど、男子も当初から協力的だったのは正直意外だった。一体どんな手を使ったのだろう。
「いや、どちらかというと御影だ。僕はただ、頑張れば御影が応援してくれると焚きつけただけだ。詩恩は例外だが、お前みたいな美少女にお願いされて、やる気を出さない男がいるものか」
「あっ、ありがとう///」
冬木くんから美少女と評され、頬が熱くなるのを感じた。自分の容姿を自覚しているウチだけど、それでも好きな男の子に言われるのは全然違う。ただ、肝心の冬木くんは全然わかってくれてないっぽいけど。
「どうした? もしかして調子悪いのか? 今からでも保健室に」
「だ、大丈夫だから! そ、それより早く注文しないとね!」
せっかく冬木くんと二人で食事する機会なのに、誤解で保健室に送られたらたまらない。そう思ったウチは、照れ隠しに券売機で日替わり定食の食券を二枚購入し、無理矢理彼へと押し付けた。
「お、おい!?」
「とりあえずそれ持って行ったら、用意してくれるから! ウチはその間に席取っておくからね!!」
逃げるように冬木くんから離れ、空いている席を探したが、二人がけの席しか空いていない。別の席で食べるのは誘った意味がないので、その席を確保し、冬木くんと顔を合わせて食べることになった。
「本当に大丈夫か? 熱あるんじゃないか?」
「元気だから! ちゃんと食欲もあるし!」
彼に健康であることをアピールするため、日替わり定食に箸を付けた。今日のメニューは生姜焼きで、中々美味しかった。最初は訝しんでいた冬木くんも、ウチが元気だとわかると安心した様子で食事を始め、食べ終わる頃にはいつも通りのウチらに戻っていた。
「たまには学食も悪くないな。だが本当に奢りでいいのか?」
「いいんだよ。それより学校新聞が出てるって聞いたから、見に行こうよ」
食べている最中、今週の学校新聞が発行されたという話を小耳に挟んだので、学食からの帰りに掲示板に貼られてある新聞を冬木くんと確認した。学校新聞の一面は学校行事について書かれていて、二面以降が各学年ごとの記事になっている。
「一年の記事はここからだが、これはまた」
「あはは、やっぱりこうなるよね」
二年生の記事に蘭先輩が載っていたけど、ひとまず一年生のものを先に見たところ、そこには紫宮さんと桜庭くん、二人の写真がデカデカと掲載されていた。さらに『女帝、紫宮理良に挑むニューヒロイン、桜庭詩恩爆誕!!』と見出しに書かれていたため、思わず苦笑が漏れた。
「桜庭くん、男の子って思われてないみたいだね」
「知らないなら無理もないな。一応携帯からアクセス可能なウェブ版に、詩恩を深掘りした記事と三十位までの人間の略歴もあるみたいだぞ」
「ちょっと見てみるね」
携帯を取り出し、続きを見るためページにアクセスした。桜庭くんの記事の見出しは『男装女子? 男の娘? 謎に満ちた人物、桜庭詩恩の正体に迫る』とあり、本当は男子であることや遠方から受験に来たこと、さらに受験当日に遅刻しそうになり負傷したエピソードも紹介されていた。
「ゴシップ記事みたいだけど、嘘は書かれて無さそうだね」
「怪我のことも本人が言ってたし、目撃者もいたらしいし間違いないだろう」
「でもこれ、桜庭くんが遅れそうになった原因に触れてないよね?」
確かお爺さんが道端で蹲っているのを桜庭くんが見付け、病院まで連れて行ったのがそうなった原因のはずだ。そのあとで坂を駆け上がって転倒したのは事実だけど、この書かれ方だと何から何まで自業自得と読めてしまう。
「書いたやつがさして重要でもないと判断したんだろう。もしくはそこまで調べなかったか」
「他の部分が事実に基づいてるだけに、何だかちょっとモヤモヤするね」
「いいんじゃないか? そういうエピソードは親しい間柄の人間だけ知ってれば充分だ。それに詩恩は意外と無鉄砲で抜けているところがあるから間違いでもないだろう」
「あー」
記事の内容に何となく不満を感じていたウチだったけど、冬木くんからそう言われて納得した。桜庭くんの人物像を知って貰うという意味なら、強ち的外れでもないかもしれない。少々抜けていた方が親しみを感じて貰えるかもしれないし。
「まあ、悪意があるかどうかはこれから見ていけばいい。この感じだと詩恩と紫宮が対決する度記事にしそうだからな」
「そうかもね。とりあえずあとで本人に見せよっか」
「本人は微妙な顔すると思うが、佐藤は喜びそうだな」
「案外桜庭くんも喜ぶんじゃないかな? 桔梗ちゃんが嬉しそうなら」
「あり得るな。詩恩は愛妻家だからな」
「高校生で愛妻家って、よく考えたらおかしいけどね」
それでも違和感が無いのは、いつも新婚夫婦みたいな空気でいるあの二人ならではだろう。ウチもあのくらい冬木くんと仲良くなれたらいいのにと思いながら教室に戻った。なお、桜庭くんが紫宮さんから宣戦布告されたことを知り、新聞の内容を思い出してつい笑ってしまった。
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