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第七十三話 詩恩くん、ライバルが出来る

 僕が紫宮さんと並んで一位を取ったことは思った以上に大ごとだったらしく、土日の間ですっかり学年中の噂になっていた。そのためか昼休みに珍客がやって来た。


「皆さんごきげんよう。早速ですがこの教室に桜庭詩恩はいらっしゃいますの?」


 その客は西洋人形のような顔立ちに怜悧な瞳を持つ、かなり小柄な美少女で、髪をかき上げながら僕の所在を聞いてきた。この少女、名前を紫宮理良といい、僕と引き分けた学年主席と同一人物である。


(壇上で話しているところしか見たこと無いので、こんな方だとは知りませんでした)


 入学式の時は普通に話していたので、凛とした少女くらいにしか思わなかったけど、まさかのお嬢様キャラだったため関わり合いになると面倒くさそうだと感じた。だが生憎僕をご指名で、無視するわけにもいかずいやいや返事をした。


「......僕が桜庭詩恩ですけど、何か?」

「あなたが、ですの? 桜庭詩恩は殿方だと伺っておりましたが」


 名乗り出た僕の容姿を一目見て、目を白黒させる紫宮さん。うん、性別を疑われるのはわかってた。今日だけでも十回以上聞かれたから。


「こう見えて僕は歴とした男ですよ」

「それは失礼いたしました。非礼を詫びますわ」

「ええ。それで一体何の用事ですか?」


 紫宮さんは一組で、ここは四組だ。物見遊山というわけでは無さそうだし、だからといって世間話をしに来たわけでもないだろう。


「腹の探り合いは好みませんので単刀直入に申し上げます。今度の期末テストで、わたくしとあなたで白黒付けようではありませんかという、宣戦布告ですわ!」


 僕に誰何された紫宮さんはそう高らかに言い放った。こちらとしても次は勝ちたいと密かに思っていたので、こうして向こうから勝負を仕掛けてきたのは好都合だったため、僕は彼女からの申し出を受けた。


「いいですよ。正々堂々、真っ向から戦いましょう」

「奇遇ですわね。わたくしとしても真っ向勝負は望むところですの。特に実力が伯仲している相手とは」

「おや、僕を同格だと認めてくれているんですか?」

「元々入試で二位だったことは、柊との点差も含め存じ上げておりましたわ。ですので当初はわたくし以上に、柊のライバルになるだろうと考えておりましたの」


 柊とは入試でも今回の中間テストでも三位だった、近衛柊くんのことだと思われ、名前を呼び捨てにしているところから察するに、かなり親しい間柄なのだろう。


「しかし、今回のことで認識を改めましたわ。あなたは柊のライバルどころか、わたくしに比肩する能力の持ち主だと。ですからこうして自ら出向いて、あなたを見極めようと思いましたの」

「主席入学の紫宮さんにそう評されるのは嬉しいですね。それで、お眼鏡にかないましたか?」

「ええ。わたくしの宣戦布告にも臆せず、自分から真っ向勝負を言い出すなど、気に入らないわけが無いですわ」

「気に入ってくださって何よりです。正直、誰かを蹴落として上に上がりたいなら、卑怯な手段を用いず自分の実力でやらないと駄目ですよね」


 僕は中学時代の三年間、ずっと学年トップだったのだけど、悪い噂を流されたりあからさまな妨害を受けたことがあり、そういった手合いを実力で黙らせてきた。恐らく紫宮さんも似たような経験があるのだろう。


「......身も蓋もないですが、そういうことですわ。他人を貶めるくらいなら、自己研鑽に励むべきという、わたくしと同じ考えの方がいて安心しましたわ」

「僕もです。まして今はかけがえのない友人達がいますので、その方達にも手を出されたくないんです」


 たとえ僕と紫宮さんが真剣勝負をしようと考えていても、桔梗ちゃんをはじめとした周囲の人間がそういった嫌がらせを受ければ勝負どころでは無くなる。


「同意しますわ......ところで不躾な質問ですけど、あなたに膝枕されている方もそのかけがえのない友人のお一人で?」

「ええ。誰よりも大切な女の子です」


 これまでの明け透けなもの言いとはうって変わって、とても聞きづらそうに質問する紫宮さん。実は紫宮さんが来る前からずっと、僕は桔梗ちゃんを膝枕し続けていたのだ。彼女も聞くべきかどうか迷っていたに違いない。


「そうですか。幸せそうな寝顔ですわね」

「ええ、まあ」


 ちなみに桔梗ちゃんが寝ている理由は単純で、お昼を食べ終わったあとで夫婦とからかわれた際、僕が彼女の耳元で結婚は卒業と同時にしましょうと囁いて、気絶癖が発症したためである。


(冗談っぽく言っても駄目でしたか。言った内容は本音ですけど)


 これは早々に彩芽さんや雪片先輩に相談すべきだなと思いつつ、いつ起きてもいいように膝枕してあげてたら、紫宮さんが訪ねてきたわけだ。彼女は眠る桔梗ちゃんの傍に跪き、小声で話しかけた。


「わたくし、あなたの大切な方と勝負しますの。あなたはただ、彼の傍にいて支えてあげてくださいな」

「......すぅ」

「今度は起きているときにお目にかかりたいですわ。小柄な者同士、話も合うと思いますし」


 微笑みながら桔梗ちゃんに語りかけ、立ち上がる紫宮さん。彼女自身が口にした通り、その身長は目算だけど僕よりも低く、百四十センチ台の鈴蘭さんと大差ないように思えた。それでも可愛らしいよりも綺麗という印象が先行するのは、紫宮さんの纏う近寄りがたい雰囲気によるものだろう。


「それでは桜庭詩恩、またいずれですわ」

「ええ。そのときは寝ている桔梗ちゃんを含めて、僕の友人を紹介します」

「楽しみにしていますわ」


 そう遺して、紫宮さんは優雅に教室を去って行った。この日を境に、僕と紫宮さんは幾度となく矛を交え、学校新聞の見出しに双姫激突と度々書かれることとなるのだった。って、僕は男なんだけど。

お読みいただき、ありがとうございます。

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