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第六十八話 詩恩くん、桔梗ちゃんとデートする。その一

 朝食を食べたあと、僕達は揃って佐藤家を出た。朝の八時とかなり早い時間だけど、その分長く一緒にいられると考えれば悪くない。ただこのままだといつも出かけるのと大差ない。


「桔梗ちゃん、手を繋ぎましょう」

「はい♪」


 とりあえずデートらしくするため、まずは手を繋ごうと思い彼女に向かって左手を差し出す。彼女は僕の手をじっと見つめたあと、その小さな手で軽く握った。


「しーちゃんの手、柔らかいです」

「桔梗ちゃんの方が柔らかいですよ。それに小さくて、女の子らしいです」

「はぅぅ、ありがとうございます」


 褒められて照れる桔梗ちゃん。そんな彼女の右手の薬指には、名前と同じ桔梗の花が刻まれたウッドリングが嵌められていた。アクセサリーに興味なさそうな桔梗ちゃんが着けているのが、少し意外だった。


「桔梗ちゃん、今日はいつもと違いますね」

「はぅぅ、その、今日は特別ですから、いつもお外では履かない靴下を履いてみました」

「えっ? 僕は指輪のことを言ったつもりですけど、そっちも似合ってて可愛いですよ」

「......はぅぅ///」


 確かに桔梗ちゃんはいつも外で履かない、ダボダボのルーズソックスを履いていた。それに合わせ靴も新調しているため、ちょっと歩きづらそうだ。


「桔梗ちゃん、歩きづらいなら負ぶりましょうか?」

「その、今のところ大丈夫です」

「だったらいいですけど、無理しないでくださいね?」

「わ、わかりました」


 せっかくデートなのに桔梗ちゃんに無理されたら僕も辛いし、そもそも楽しまなければデートする意味が無い。こうして釘を刺しておけば、疲れる前に自分から言い出してくれると思う。


「さてと、とりあえず話を戻します。桔梗ちゃんってアクセサリーとかするんですね?」

「その、これは特別です。パパが手作りしてくださいましたから」

「彩芽さんが?」


 改めて彼女が着けているウッドリングについて聞いてきたところ、何と彩芽さんの自作だという答えが返ってきた。彼の趣味が木彫りだとは知っていたし、いくつか作品を見せて貰っていたけど、まさかこれも手作りだとは思わなかった。


「はい。もちろんパパやママ、鈴蘭お姉ちゃんの分もありますし、雪片お兄ちゃんにも作ってるんですよ?」

「そうなんですか?」

「みんなお花が名前に入ってますから、パパも作りやすいって言ってました。しーちゃんのも頼めば作ってくださると思いますよ?」

「そうしたいのは山々ですけど、紫苑の花ってどんな花か知らないんですよね」


 知らないのに頼むのはいくらなんでもどうかと思う。知っていることと言えば紫色の花だということと、今昔物語に書かれている思い草だということくらいだ。それに桔梗の花についても、実物を目にしたことはなかった。そんな僕に、桔梗ちゃんは至極真っ当な提案をした。


「でしたらしーちゃん、あとでお花屋さんに行きましょう。私が普段行っているところですから、きっとしーちゃんも気に入ると思います」

「僕が、ですか?」


 普通の男子に比べたら興味ある方だと思うけど、それでも積極的に花屋に行こうとは思えないため首を傾げる。


「はい。お花ごとに別名や花言葉なんかが紹介されてますから、知ると楽しいですよ?」

「それは、確かに興味ありますね」


 たとえば桔梗の別名に朝貌というのがある。アサガオというと他の花を思い浮かべるだろうけど、万葉集に詠まれた朝貌は桔梗だというのが通説らしい。他にも土岐家や明智家の家紋にも使われているくらいだから、桔梗はそれだけ昔から愛されていた花なのだということがわかる。


「ですよね。なのでお花屋さん、行ってみましょう」

「わかりましたが、そのお店は何時から開いてますか?」

「えっと、八時半です。場所もアーケード街の方にありますから、歩いている間にお店も開くと思います」


 だったらちょうどいい。他に行きたい店も近くにあるから、最初の目的地はそこにしよう。桔梗ちゃんにそう伝え、手を繋いだままアーケード街へと歩を進めた。


 案内された花屋は僕がイメージしていた店とは異なり、敷地面積はかなりの広さを誇っていた。生花だけでなくドライフラワーに押し花など、言ってみれば草花の総合商社に近かった。


「今は春から夏にかけてのお花が中心ですけど、桔梗や紫苑も一応置いてあると思います。さすがにお花は咲いてませんけど」

「そうですか。では花が見たいならどこに行けばいいですか?」

「押し花のコーナーにあります。ご案内しますね」


 そう言いつつ僕を先導する桔梗ちゃん。彼女の歩みに迷いは無く、本当に常連なのだということがわかる。まあ、例の靴下店が近くにあるから、不自然でもないか。案内されたのは押し花でも、秋の花を中心に置いてある区画だった。


「そういえば僕も桔梗ちゃんも、名前と誕生花が一致してるから、紫苑も桔梗も秋の花になるんですね」

「はい。その桔梗がこちらです」

「これがそうなんですね」


 彼女が手に取って渡してきたのは紫色の桔梗の押し花の栞だった。本当に家紋と同じ形の花で、五枚の花弁がどことなく星の形を思わせた。栞の裏面に別名や花言葉が書かれていて、別名は岡止々岐にバルーンフラワー、花言葉として永遠の愛、変わらぬ愛、気品などがあり、白い桔梗には清楚とあった。


「綺麗な花ですね。花言葉も桔梗ちゃんにピッタリです」

「は、はぅぅ///」


 愛かどうかはともかく、僕と離れていても変わらず思っていてくれたことは、正に花言葉通りだった。桔梗ちゃんのイメージカラーは白なので、清楚というのも似合っている。


「し、しーちゃんだって、花言葉にピッタリですから!!」

「そうなんですか?」

「お花だって可愛らしいですから。こちらです」

「確かに可愛い花ですね」


 紫苑はキク科シオン属の花だそうで、花も確かに菊に似ていた。さらにシオン属は日本のみの名称で、外国ではアスター属になるらしい。


「アスター?」

「エゾギクのことですね。冬木くんのお名前も、実はお花なんですよ」

「それはいいことを聞きました」


 さらに紫苑の別名は思い草の他に十五夜草に鬼の醜草(しこぐさ)とあり、風流なのかそうでないのかちょっと反応に困った。そして本命の花言葉だけど、それを見て思わず赤面してしまった。


「追憶、君を忘れない、遠方にいる君を思う」

「ほら、しーちゃんにすごくピッタリですよね?」

「ソ、ソウデスネ」


 片言になるくらい、花言葉が僕自身を的確に表していた。だからこそこうして桔梗ちゃんの元へと戻ってきたのだから。ただ、花言葉をじっくり眺めているうち、ふと思ったことがある。


「ですけどこの花言葉、縁起は良くないですよね? 今昔物語でも、死んだ父親を忘れないという意味で供えられたわけですし」

「それを言い出すと、私の桔梗も失った人をずっと待ち続けるって逸話から、永遠の愛になってますから」


 どちらにしても重かった。まあ、マイナスの意味があったとしても、掛け合わせればプラスになるから、あまり気にしても仕方ないか。とりあえず紫苑と桔梗、ついでにエゾギクと鈴菜など、知り合いの名前に関わる花の栞を買うことにした。


「皆さんにいいお土産が出来ましたね」

「そうですね」

「全員分探してたおかげで、時間も潰れてちょうどいい感じですし、次のお店に行きましょうか」

「次、ですか?」

「ええ」


 このあと、佐藤家の女子がよく行く靴下店で、彼女達が愛用している長すぎる靴下を買って、桔梗ちゃんにプレゼントしてあげた。なお、店員さんに僕の顔も覚えられていて、似合うからとレギンスなどを勧められ、結局買う羽目になった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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