第五話 桔梗ちゃん、詩恩くんと仲直りする
桔梗視点です。
しーちゃんを女性だと勘違いしていたわたしは、いたたまれなくなりあの場から逃げだし、お部屋のベッドにうつぶせになりました。幼馴染なのに知らなかったのかと言わんばかりの彼の悲しみと怒りの表情が、私の胸を締め付けます。
(しーちゃんのこと、傷付けてしまいました)
とても許されることではありません。せっかく再会したのに、わたしの配慮のなさでしーちゃんを悲しませ、怒られてしまったのです。
(どうして私は気付けなかったのでしょう?)
出会ってから十年以上、手紙のやり取りも九年は行っているのに、なんの疑問も持たないでずっとしーちゃんのことを女の子だと思ってました。
(これではしーちゃんに合わせる顔がありません)
さらにもう一つ、私にはパパという、一見性別がわからない身内がいるのですから、本来なら気付いてもおかしくないにも関わらず、わからなかったのです。
(私、どうしたらいいのでしょう?)
もちろん、謝るのが一番なのは理解しています。たとえ許して貰えなくても。ですけど私はしーちゃんに――。
コンコン。
「はぅぅ!!」
『桔梗ちゃん、どうしたの?』
突然部屋のドアがノックされ、私は驚いて危うくベッドから落ちそうになりました。居住まいを正している間に呼びかけられた声で、来訪者が鈴蘭お姉ちゃんだとわかりました。
「何でもありません。鈴蘭お姉ちゃん、どうされました?」
『ちょっと二人でお話しようかと思って。入るね』
一言断りを入れ私のお部屋に入ってきて、私の隣に座る鈴蘭お姉ちゃん。お話するということですけど、その前にどうしても気になることがありました。
「あの、しーちゃんは?」
「大丈夫、詩恩さんにはちゃんと言ってあるから。少なくとも黙って帰ったりはしてないよ」
「よかったです......」
鈴蘭お姉ちゃんから、しーちゃんが帰っていないと告げられ私は安堵のため息をつきました。しーちゃんのことを怒らせてしまった私に心配する資格があるのかわかりませんけど。
「桔梗ちゃん、本当にしーちゃんのことが大切なんだね」
「当たり前です」
「それじゃ、どうしてすぐに謝りに行かないの?」
「はぅぅ」
痛いところを突かれて、私はうめき声を上げました。それを鈴蘭お姉ちゃんは図星だととらえ、私が謝りに行けない理由を正確に導き出しました。
「詩恩さんとの関係が切れるのが怖いんだね」
「はぅぅ」
「やっぱり。ねえ、桔梗ちゃんの知ってるしーちゃんって、どんな子だったの?」
「えっと」
鈴蘭お姉ちゃんにしーちゃんのことを急に聞かれ、私は困惑しました。しかし、鈴蘭お姉ちゃんの真剣な眼差しをみて、大事なことだと直感し過去の自分が抱いた印象を話すことにしました。
「子供の頃にあったときは、とても落ち着いていて、私と同い年の子供とは思えないくらいでした。ご自身の病についても、治るという希望を捨てずに前向きに日々を過ごしてらして、私はそんなしーちゃんを見て、頑張ろうと思えたんです。離れ離れになったあと――」
「はぅぅ!! もういいよ! 充分しーちゃんがどんな人かわかったから!!」
「はぅ?」
どうしてでしょうか、鈴蘭お姉ちゃんにしーちゃんのことを語れと言われたのに制止されました。私としてはまだまだ話足りないです。それに鈴蘭お姉ちゃんが若干焦った様子なのも気になりますけど。
「とにかく、しーちゃんのことはわかったよ。それで、桔梗ちゃんはそんなしーちゃんのことが信じられないの?」
「そういうわけでは......ですけど」
「けど?」
「今日突然再会したと思ったら、これまで女の子と思っていたしーちゃんが実は男の方だと知って、しーちゃんのことがわからなくなりまして」
そうなのです。再会と性別のこと、起きたのがどちらか一つだけならまだよかったのですけど、どちらもそう時間を置かずに起きたので混乱しているのです。
「気持ちはわからなくもないけどね。でも、詩恩さんとちょっと話してみたけど、桔梗ちゃんの語った印象とそこまでかけ離れてないと思うよ?」
「私も、話してみて昔のしーちゃんと同じだと思いました」
「だったら、怖がらなくてもいいと思うよ。もしも勇気が足りないのなら、これに借りようよ」
そう言いながら鈴蘭お姉ちゃんは私のタンスから、一足の靴下を取り出しました。それは白いルーズソックスで、いつも履いているものよりも長いものです。普段は間違って履かないようにタンスの奥へと大切に仕舞い込んでいるのですが。
「あの、それ」
「うちの家訓で、大事なお話をするときにこの長さのを履くって決まってるからね。わたしもこれに勇気を貰ったから、桔梗ちゃんも試してみようよ」
「......わかりました」
鈴蘭お姉ちゃんから靴下を受け取り、白いタイツを脱いで履き替えます。大事なお話のために履くのだと思うと、何だか勇気が湧いてきました。今すぐしーちゃんに会って謝りたいという思いが、私の中で強くなってきました。
「あの、鈴蘭お姉ちゃん。しーちゃんはどちらに?」
「そう言うと思ってたよ。詩恩さん、もう入ってきていいよ」
「えっ?」
鈴蘭お姉ちゃんがドアの方に向かって呼びかけると、閉まっていたドアがゆっくりと開かれ、しーちゃんが私のお部屋に入ってきました。
「ごめんね桔梗ちゃん。わたし達のお話、実は最初から全部詩恩さんが聞いてたんだ」
「すみません。騙すつもりはなかったんですけど、桔梗ちゃんが落ち着いてから話をしたかったので」
「はぅぅ」
確かに、落ち着かないうちにしーちゃんと話しても、私は逃げていたと思いますので、鈴蘭お姉ちゃんの判断は正しかったと思います。ただ、それはつまり、
「ですけど、僕のことをちゃんとわかってくれてて、嬉しかったです。聞いてて照れ臭かったですけどね」
「はぅぅ///」
鈴蘭お姉ちゃんに話した内容を、そっくりそのまましーちゃんも知っているわけでして。本人に知られるととても恥ずかしいことを口にして、私もしーちゃんもお顔が真っ赤になりました。
「この際だから話しますけど、僕も桔梗ちゃんから、勇気を貰ってたんです。別れたあとも貴方がずっと手紙を送ってくれたから、僕はここにいるんです。なので、僕も桔梗ちゃんと関係が切れるのは嫌です」
「しーちゃん?」
「ですから、お互いに謝りましょう。桔梗ちゃん、僕は貴方が僕の性別を知っているものと思い込んで、勝手に裏切られたと感じ貴方を傷付けてしまいました。すみませんでした」
「私も、しーちゃんのことを確認もしないまま女の子だと思い込んでいました。しーちゃん、すみませんでした」
私達は二人で謝り合い、そしてお互いを許しました。もちろん無条件ではなくて、しーちゃんは私がしーちゃんと呼ぶことを受け入れ、私はしーちゃんに家事を教えるという条件を、喧嘩両成敗だと言いつつ鈴蘭お姉ちゃんが付けました。
「しーちゃんの方はともかく、私の条件はペナルティになるのでしょうか?」
「僕の方も、別にこのくらい気になりませんし」
「いいんだよ。二人にもっと仲良くなって欲しいからこそ、こういう条件にしたんだから」
「まあ、そういうことなら受け入れます。桔梗ちゃん、これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
こうして、私としーちゃんは仲直りすることが出来たのです。そしてこの日から毎日、私はしーちゃんのお部屋を訪ね、しーちゃんに家事を教えることとなったのでした。
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