第六十六話 詩恩くん、桔梗ちゃんにご褒美をねだる
教室に戻って自分達の結果をクラスメート達に伝えたところ、何故か僕だけ胴上げされてしまった。彼らが本気で祝ってくれているのがわかって嬉しかったけど、ものすごく恥ずかしかったし、教室でされたものだから天井が近くて心臓に悪かった。
(正直、御影さん達が止めてくれて助かりました)
せめて今度するときは場所と時間を考えて欲しい。幸いすぐに止められたため、建物への被害も無く、他のクラスの迷惑にもならなくて済んだからよかったものの、一歩間違ったらクラス全員大目玉を食らっていたところだ。
(他人の成功を心から祝えるその優しさは褒められるべきなのでしょうけど、もう少し考えて欲しいですね)
善意がありがた迷惑になったり、それで騒動を起こして怒られるのはもったいない。そんなちょっと残念なクラスメート達に別れを告げ、僕と桔梗ちゃんは帰宅の途についた。帰りの間、どうも彼女は何か悩んでいる様子だったけど、心当たりは思いきりある。
(どう考えても、僕へのご褒美や、僕から貰うご褒美で悩んでるっぽかったですよね)
ただでさえ桔梗ちゃんが頑張ったご褒美の内容を、何でも言って欲しいと丸投げしたのに、僕へのご褒美の内容も考えないとならなくなり、彼女の頭のキャパシティを越えてしまったようだ。桔梗ちゃんの方も僕に何でも言ってくださいと言えば済む話だろうけど、それすら考えつかないみたいだった。
(仕方ありません。僕の方からご褒美をねだるしかないですね)
無駄に悩ませる原因を作った側として、それなりの責任は取らないとならない。そうなると何を欲するかだけど、大前提として彼女の気持ちを無視した要求をするのは却下だ。
(桔梗ちゃんのことは好きですけど、そういうので無理矢理というのは僕も望みません)
精々望んでもデートくらいまでだろう。デートすら嫌がられるほど嫌われてない自覚はあるし、妥当なところかもしれない。ただ、桔梗ちゃんと二人で出かけるくらいならよく行ってるし、デートにしたって経験がないわけでもない。そんな僕達の関係でご褒美にただのデートを求めても、特別感は少ない。ましてやそのデートで告白を考えているのなら尚更だ。
(特別なデート......そもそも桔梗ちゃん自体、外より家の中にいる方が好きな子ですからね)
インドア派の彼女からすれば、僕の部屋や彼女の家で二人でいることそのものがデートで、しかも趣味嗜好に合っている。ただ、それをした場合、いつもの休日の過ごし方と何一つ変わらなかったりする。
(行き先で特別感は出せないとなると、服装か時間くらいしか――って、時間です!)
どうすべきか悩んでいたところ、天恵が下りてきた。いつもよりも一緒にいる時間が長ければ、同じ過ごし方でも特別になる。それに気付いた僕は、さらに内容を詰めることにした。
(朝彼女を誘って夕暮れ、いえ夜まで一緒にいましょう)
朝から夕方までなら普段でも一緒なので、どうせならもっと遅い時間までいたい。いっそのこと前みたいに泊めて貰うのもいいかもしれない。正式に決まったら、彩芽さんと楓さんに頼み込む必要はあるけど。
(いい感じですね。とりあえずこれで誘ってみましょう)
そう思い、早速僕は桔梗ちゃんに電話をかけた。近所だから直接訪ねて誘う選択肢もあったのだけど、こういうときは顔を合わせない方がいい気がするからだ。
『しーちゃんですか?』
「はい。桔梗ちゃんに求めたいご褒美がありますので電話しました。今大丈夫ですか?」
『はい......どうぞ』
「桔梗ちゃん、明日僕と丸一日デートしてください。出来れば数日前みたいに、あなたの家に泊まって過ごしたいです」
『えっ!? あの、えっと、はぅぅ、ちょっ、ちょっと待っててください!!』
そう言い残し、電話の向こうから部屋のドアを開ける音が聞こえてくる。多分通話中のまま電話を置いた桔梗ちゃんが、楓さん辺りに話を持っていったのだろうと思いしばらく待つ。戻ってきて通話を再開した桔梗ちゃんは息も絶え絶えだったが、その声は弾んでいた。
『しーちゃん、お泊まり大丈夫だそうです! 丸一日のデート、よろしくお願いします♪』
「ええ。明日はよろしくお願いします」
お願いしているのは僕の方だけど、了承が得られたのならば細かいことだ。用事はこれで終わりといえばそうなんだけど、せっかくだから彼女にあげるご褒美の内容も、今のうちに決めておこうと思う。
「桔梗ちゃんの方は、僕にして欲しいこととかありませんか? 頑張ったご褒美ですから、特にないとか些細なものじゃ駄目ですからね?」
『はぅぅ、その、でしたら一つだけあります。しーちゃんがお泊まりしてくださるのなら、今度も私のお部屋で、一緒にいてください』
「えっ!?」
桔梗ちゃんにしては大胆すぎるお願いに、一瞬思考が停止する。前泊まったとき桔梗ちゃんの部屋で寝たのは事故みたいなものだったので、今回は別の部屋で寝るつもりだったから。
『その、前のお泊まりではあまりお話出来ませんでしたから』
「そういえば前回は彩芽さんや雪片先輩と話してて、それほど桔梗ちゃんと一緒にいなかったですね」
『それもありますけど私、話の途中で眠ってしまいましたし、次の機会はちゃんとお話しようと』
しかし、桔梗ちゃんがここまで主張するのは珍しいので、その望みは叶えてあげたい。それに僕の部屋ならともかく、桔梗ちゃんの家ならご家族がいるので問題ないだろう。
「わかりました。明日は桔梗ちゃんが眠るまで傍にいて話をします。彩芽さんや楓さん、鈴蘭さん達にも話を通して、誰に憚ること無く」
『本当、ですか?』
「はい。桔梗ちゃんが眠るまで、たくさん話しましょう」
『よかったです。大事なお話、ありますから』
「そうですか」
桔梗ちゃんが大事な話があるというなら、その話のあとにでも彼女に告白しようと思う。先に告白してしまうと、きっと彼女は気絶してしまい、大事な話が出来ないだろうから。
『あの、明日はお願いしますね?』
「それは僕の台詞です。桔梗ちゃんの大事な話というのも含めて、楽しみにしてますからね」
『はぅぅ』
「それでは、デート内容を考えますので失礼しますね」
『はい』
桔梗ちゃんとの通話を終えたあと、ひとまず在宅中の楓さんと鈴蘭さんに連絡を取り、桔梗ちゃんの部屋に泊まりたいと申し出たのだけど、思いのほかあっさり許可が出た。
『全然構わないですよ。詩恩くんもわたし達の家族みたいなものですし。あやくんにもお話しておきますね。きっと反対しないと思います』
『わたしは雪片くんを呼んでよくお泊まりしてるから、詩恩さんに駄目と言えないし。そうそう、雪片くんにはわたしから話すから、心配しないでね』
二人とも妙に協力的だった。困るどころか助かるからいいんだけど。あとの時間はデートコースを考えたり、下見のため実際に足を運んだりして過ごしたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




