第六十四話 詩恩くん、友達とカラオケに行く
連休が明けてすぐ執り行われた中間テストだけど、全教科の試験がちょうど今終了し、チャイムと同時にクラス全体が弛緩した空気に包まれた。
(こうなるのも当然ですね。休みもテスト対策に使わざるを得なかったのですから)
休み明けで学力が落ちているところからのテスト、それも赤点を取ったら夏休みに補習というペナルティが課せられると来れば、誰だって真剣になるというものだ。これがどちらか一方だったなら、ここまでみんな頑張らなかっただろう。
(指導する側から見ると、見事な采配ですよね。僕達の側からすると理不尽ですけどね)
普段でも週初めの授業は疲れるのに、それがテストなら尚のこと疲労がたまる。その証拠に隣の席の桔梗ちゃんが、試験で集中しすぎた反動で力尽きていた。
「桔梗ちゃん、体は大丈夫ですか?」
「はぅぅ......動けないです」
「そうですか」
疲労困憊となっている彼女の体調を尋ねると、弱々しい返事が返ってくる。かくいう僕も疲れているため、今すぐ席を立って帰ろうという気すら起きない。今日は授業がもうないのがせめてもの救いだ。
(さて、これからどうしましょうか?)
体力を回復させるため、ひと眠りするべきか、それとも座って休むべきか。そんなことを考えていると、杉山くん達男子数名のグループと話していた明日太と御影さんが僕達の席まで寄ってきた。
「詩恩に佐藤、今回のテストはどんな感じだった?」
「先に言っておくけど、ウチと冬木くんはいい感じだったよ。もしかしたら入試よりもいい点取れたかも」
どうやら二人とも僕達の試験の出来映えが気になるみたいだ。僕も彼らの結果は気になっていたので、いい点が取れそうだと聞いてちょっと安心した。
「お二人が調子よさそうで安心しました。それと質問の答えですけど、僕の点も入試よりいいと思います」
「そうか。佐藤は?」
「その、私もしーちゃんと同じで、入試よりよかったです」
話を振られ、質問にしっかりと答える桔梗ちゃん。自分に自信の無い彼女がこうも言い切るのなら、心配しなくてもいいだろう。僕達の出来映えを聞いた明日太と御影さんは、ホッと胸をなで下ろした。
「よかった。ウチらが一緒に勉強会して、それで二人の結果が悪かったら申し訳ないからね」
「聞き取りはお前達で最後だったが、クラス全員に聞いた感じではそう悪く無さそうだ」
「本当ですか?」
それは朗報だ。クラスメートにノートを貸したりして勉強を教えた身としては、それで悪かったら多少でも責任を感じるから。
「ああ。もっとも実際に点数が出るまでは、どうなるかわからないが」
「だからクラスのみんなには、お疲れ会はしてもあまり羽目を外し過ぎないでねって言い聞かせてるんだよ」
「まあ、ぬか喜びになったら悲惨ですから、そのくらいが妥当ですね」
僕も桔梗ちゃんにご褒美をあげるのは、実際に順位が確定してからにしようと思っている。ただ、彼女の頑張りを労いたいので、何かしてあげるつもりだけど。
「桜庭くんもそう思うんだね。だったらせっかくだし、ウチら四人で打ち上げでもする?」
「打ち上げって、何をするんですか?」
「カラオケだよ。桜庭くんも桔梗ちゃんも、それと冬木くんもそういうの得意じゃないだろうけど、一度くらいは体験してみようよ」
御影さんの言うとおり確かに騒いだりするのは得意では無いのだけど、だからって食わず嫌いするのもよくない。僕自身はそこそこ前向きに考えているのだけど、桔梗ちゃんと明日太はどうだろうか。
「僕はいいですよ。ただ桔梗ちゃんが疲れていますから、今すぐは無理ですね」
「はぅぅ、大丈夫です。私も皆さんとお疲れ会したいですから」
「そっか。冬木くんは?」
「僕はそういったことは苦手だが、詩恩や桜庭が参加するのなら断る理由は無い」
「じゃあ決まりだね。とりあえずお昼から桔梗ちゃんの家に集まって、どっかのカラオケ店に行こうか」
そういうわけで一旦帰宅し、昼から四人で出かけることとなった。それぞれ事情は違うけど遊び慣れていない僕達三人を、御影さんが先導する形でカラオケ店へと案内する。
「空いてるみたいだし、ここにしようかな?」
「任せる」
店内は防音が行き届いていて、想像していたよりは騒がしくなかった。割り当てられた個室に向かい、注文した飲み物が届くまでの間、御影さんから操作説明を聞いた。
「はじめはウチが歌うから、次は冬木くん、よろしくね」
「どうして僕なんだ。だったら僕の次は詩恩だ」
「わかりました。最後は桔梗ちゃんで、そのあと二週目どうするか考えましょう」
「は、はぅぅ」
歌う順番が決まり、まずは御影さんが歌い始めた。爆発的に流行したアニメの歌で、僕や桔梗ちゃんでも聞いたことのある歌だ。御影さんは踊りながら、抜群の歌唱力を僕達に見せつけた。
「御影、歌上手いな」
「凄いです」
「本当、御影さんって何でも出来ますね」
「器用貧乏なだけだって。それより次は冬木くんだよ?」
「お前のあととか、プレッシャーなんだが」
そうぼやきながらマイクを手に取った明日太の選曲は、意外なもので変身ヒーローの主題歌だった。真面目な彼と合わないと感じたが、そういえば幼い弟が何人もいるので、よく聞いていても違和感は無かった。最後に変身ポーズを決めて歌い終わる明日太。
「良かったですよ。もしかして歌い慣れてます?」
「まあな。毎年変わる度に、弟達に歌ってやる羽目になってるんだ」
「冬木くん、本当に変身しそうでした」
「こっちも最初覚えさせられるんだ。弟達が覚えたら怪人役をやることになるが」
「冬木くん苦労してるんだね。歌もよかったし、格好良かったよ」
「......ああ。詩恩、次頼む」
顔を赤らめながら褒める御影さんに、照れてしまう明日太。僕は彼から無言でマイクを受け取り、ある曲を選び歌い始める。それはカラオケという場にそぐわない、学校の音楽の時間に歌うような歌だった。
「ちょっ、桜庭くん!?」
「思い切り音ハズしてるな」
「しーちゃん、運動以外に苦手なことあったんですね」
歌っている最中、みんなから残念な生き物を見る目で見られてしまった。正直に言うと僕は音痴だ。本来音楽の基本を学ぶべき期間、入院していたからという理由もあるけど、元々音感が無いのが一番だろう。歌い終わってマイクを置いたけど、部屋の中は気まずい空気が漂いはじめる。
「ええ、これまで話してませんでしたけど、僕は音痴ですよ。そもそもどう歌っていいかすらわからないくらいです」
「綺麗な声してるのに、何だかもったいないね」
「とはいえ聞けるタイプの音痴だから、改善可能だと思うぞ」
「あの、私がお手本見せますね」
最後に歌った桔梗ちゃんは、僕と同じ歌を選曲し歌い始めた。歌い慣れている御影さんや明日太に比べるとさすがに見劣りするけれど、それでも僕よりはずっと上手で、歌い方も子供に教えるような丁寧さだった。
「その、こんな感じです」
「上手いじゃないか」
「だね。桜庭くん、お手本になった?」
「ええ」
このあとは普通に交代しながら歌い続けた。僕は桔梗ちゃんの歌をひたすら真似し、最後にはそれなりに歌えるようになっていた。お疲れ会のはずがいつの間にか僕への歌のレッスンになっていたけど、三人とも僕に勉強を教えられたお礼が出来たことを喜んでいた。そう考えると、音痴がバレてよかったのかも。
お読みいただき、ありがとうございます。
詩恩は基本的に経験が浅い分野は苦手です。




