第六十一話 詩恩くん、恋心を自覚する
本当、ようやくここまで来れました。彩芽みたいに記憶喪失でも、雪片みたいにゼロから始まったわけでもない、仲のいい幼馴染を恋愛まで持っていくのがここまで時間かかるとは思いませんでした。
母さんが桔梗ちゃんの家に泊まった翌朝、僕は家事を終え時間が空いたので読書していた。テストが近いので自習でもいいのだけど、そっちだと母さんが来たときに中断し辛い。
(勉強って、一度集中が途切れると続かないんですよね)
そのため、中途半端になるくらいならいっそ息抜きの時間に使おうと思い、中宮さん達から薦められた恋愛小説を読んでいる。純愛ものだと言われて読んで、前半は確かにそう思えたのだけど、途中からドロドロの三角関係に変わっていた。
(好みは分かれるでしょうけど、個人的には面白いと思います)
三角関係に変わってからエグい描写が増えてきているので、前半とは違いハラハラしながらページをめくる楽しみはある。ただ、桔梗ちゃんはこういうのは苦手そうだ。
(ゴア表現やホラーとか、駄目そうですからね)
そういう映画を見て、涙目になりながら震えている様が容易に想像出来る。僕も昔病院でそういうのに慣れたから平気なだけで、別に好んで見たいわけでは無いけれど。ほとんど読み進めた辺りで、ドアが開けられ誰かが部屋に入ってくる。
「母さん?」
「詩恩、帰る前に話いいかしら?」
「構いませんけど、桔梗ちゃん達とのお話しは、もういいんですか?」
「充分話したわよ。だからあとの時間は、あんたのために使うわ」
「わかりました。お茶、飲みますか?」
「ええ」
母さんにお茶を淹れ、正面に座って話を聞く体勢になったものの、どのような話題を振ってくるのだろうか。一人暮らしは順調、体調は良好で成績についても今のところ問題無いため、本気で心当たりが無い。そう考えていると、母さんが話を切り出した。
「ねえ、あんたって桔梗ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「どうって、好きですよ。幼馴染としても、女の子としても」
母さんから桔梗ちゃんについて問われ、素直に自分がどのように思っているか口にする。いろいろと悩んだけど、こうして言葉にしてみて、僕は桔梗ちゃんのことをずっと昔から好きだったのだと気付いた。むしろ今はどうしてこれまで気付かなかったのかと思うくらいだ。
(考えてみれば、桔梗ちゃんに会いたいから故郷に戻るなんて、好きじゃなかったらしませんよね)
恩返しのためだの、幼馴染としてだの自分の中で桔梗ちゃんと一緒にいる理由をつけていたけど、唯々自分が彼女のことを好きだから一緒にいたかっただけなのだ。それを認めてしまえば何ということはない。ただこれまで誤魔化してきたのを翻しあっさりと答えた僕に、母さんは少し呆れ顔だ。
「あのね、そんな迷わず答えられるなら、とっとと告白しなさいよ。それとも、しない理由でもあるの?」
「しない理由も何も、たった今自分の気持ちに気付いたんです」
「あらそう。それは悪かったわ。で、どうやって告白するのよ?」
「告白って、あの、好きだと気付いて即、告白どうこうと考えるのは単純じゃないですか?」
「そうかしら? あたしはそうだったけど」
「それは思い切りがよすぎますよ」
ただ、母さんの考え方も一理あり、いつか考えないとならないのは事実だ。それに僕の周囲でこういうことを相談出来そうな人で、なおかつ桔梗ちゃんから比較的距離のある人物は他に明日太か時水さんくらいしかいない。
(明日太に恋愛を相談するのは厳しそうですし、かといって忙しい時水さんに頼るのはちょっと)
消去法で、母さんに話すしか無さそうだと理解した。せっかく相談に乗ってくれるのなら、親だろうが何だろうが使えるものは使うべきだ。そう思って頭を切り替えた。
「わかりました。母さん、お願いします」
「いい返事ね。それで、告白についてどうするか思い付いた?」
「いえ、思い付く云々以前に、僕って桔梗ちゃんに普段から大事にしてるとかそういうことを言ってるから、それが逆に告白のハードルを上げている気がするんですよね」
なまじいつも一緒にいて告白まがいの発言が多いため、普通に告白しても伝わらないのでは無いかという心配がある。たとえ伝わっても、桔梗ちゃんの持病的に気絶される可能性が非常に高い。
「あー、何となくわかるわ。あんた達ってそんなイメージだわ」
「なので普通に告白しても特別感がないと言いますか」
「だったら月並みだけど、普段とはちょっと違う、告白向けの特別なシチュエーションを用意することね」
確かにそれがいいかもしれない。さっきまで読んでいた小説でも、主人公が意中の相手を夕暮れの屋上に呼び出して告白していたから、そういうのが定番だろう。
「でしたら、今度のテストでいい結果を出したら、お互いにご褒美を出すって話してますから、それ次第でどうするか考えます。それと母さん、ここでした話はくれぐれも桔梗ちゃんには」
「心配せずとも話さないわよ。あんたも告白前に気持ち知られるような間抜けを晒さないことね」
「わ、わかってますよ」
「ならいいけど。さてと、そろそろ帰るわね」
話が一区切りついて、母さんは立ち上がり荷物を手に取った。帰りの時間的には余裕があるはずだ。
「えっ、もう行くんですか?」
「ええ。遥馬さんにお土産買う時間も必要だし、何より目的も果たしたから」
「でしたらあと少しだけ、桔梗ちゃん達を呼びますので挨拶してからでも」
「そういうのはあんたに任せるわ。それじゃ、また夏休みね」
そう言い残し、母さんは僕の部屋から出て行った。階段を駆け下りる音のあとで車の発進音が聞こえてきたため、多分ここに来るまでに呼んでいたのだろう。
(母さん、あれで湿っぽいの苦手だから、寂しがってるの見られたく無かったんですね。しょうがないので桔梗ちゃん達には秘密にしてあげましょうか)
意地っ張りで格好付けという、自身にも該当する母親の子供っぽい一面に苦笑しつつ、僕は桔梗ちゃん達に、母さんが何も言わずに帰った理由をどう誤魔化すか考えたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




