第六十話 桔梗ちゃん、詩恩くんのお母さんとお話しする
桔梗視点です。
しーちゃん達を含めた全員で夕食を一緒にした後、歌音さんだけがうちに残りました。お帰りになる明日の午前中までゆっくり休んでいただくためです。その歌音さんですが、たった今お風呂から上がったみたいで、髪がしっとりと濡れていました。
「お風呂いただいたわよ、彩芽」
「じゃああとは僕が入るから、女性四人で話でもしててよ」
「そうさせて貰うわ」
歌音さんと入れ替わりにお風呂に行ったパパを見送ってから、場所を和室に移し、ドアを閉めて四人でお話しを始めました。
「さて、せっかくだから楓の馴れ初めでも聞こうかしら? 朝は鈴蘭ちゃんの話を聞いたわけだし」
「わたしのですか? 構いませんよ。では、わたしとあやくんの出会いから話しますね」
歌音さんが話を切り出し、ママがパパとの出会いからお付き合いするまでのお話しを語りました。何度も聞いたことのある内容ですけど、好きな人が出来た今では、以前とは受け取り方が変わりました。
(やっぱり、私達親子ですね)
鈴蘭お姉ちゃんのお話しを聞いていたときにも思いましたけど、ママの過去を聞いて、私としーちゃんの関係に照らし合わせると、驚くほど重なる点が多く、恋愛ごとも家族で似るのだなと感じました。
「こんな感じで、わたしとあやくんはお付き合いして、夫婦になりました」
「なるほどねぇ。あんた達は出会うべくして出会ったのね。夫婦喧嘩とかはしないの?」
「たまにはしますけど、お互いあまり引きずらないですね」
パパとママの喧嘩は、拗ねながら不満を口にする感じなので、あまり喧嘩という風には見えません。喧嘩した翌朝はいつも以上にラブラブしているのも、その印象に拍車をかけているのですけど。
「いい関係ね。いつも口論してるのも子供の教育によくないけど、喧嘩しなさすぎも駄目なのよね」
「歌音さんのところはどうなんですか?」
「あたしのところは大喧嘩するわよ。特に詩恩の教育方針は揉めたわ」
歌音さんはしーちゃんをのびのびと育てたかったそうですけど、しーちゃんのお父さんの遥馬さんが教育熱心なため、入院中のしーちゃんの過ごさせ方で口論になったそうです。
「決め手になったのは、詩恩は見た目の関係で絶対に苦労するから、せめていい学校に進学させておきたいって意見だったわ。当人も同じ病院に馬が合う子がいなかったのもあって、詩恩は入院中勉強漬けの日々を送ることになったの」
「しーちゃんに、そういう過去があったんですね」
しーちゃんが勉強が特技と語る割に、あまり自身の順位にこだわっている様子が無いのも、他人と比較する環境に無かったのが理由なのでしょう。
「詩恩が退院したのは小学六年生頃だったから、結果的に遥馬さんの方針が正しくて、中学校に上がったあとも詩恩の学力は通用し、三年間トップを守り続けた」
自慢気に話してもよさそうな内容でしたけど、そう話す歌音さんのお顔は自嘲しているようでした。
「ただ、明らかにやりすぎよね。あの見た目で成績優秀なんて、近寄りがたいって思われて然るべきだもの」
「ですけど、しーちゃんのお家に遊びに来る人がいたって」
「ええ。親しい友達はいなくても、普通に話すくらいの相手はいたもの」
「ああ、わたしも学校でそんな感じだったから、何となくわかります。そっか、詩恩さんって昔のわたしに近いんだ」
そうしみじみと呟いた鈴蘭お姉ちゃん。しーちゃんと似ていると言われるとパパが真っ先に浮かびますけど、人当たりがいいところとかは鈴蘭お姉ちゃんにも似ていました。
「ちょっと話が逸れたわね。そんな風に成績が良かったからこそ、遥馬さんは地元の進学校に進んで欲しいって思ってたの。ところが詩恩が行きたいと言ったのは、こっちの学校だった。あの子の体のこともあって、当初はあたしも遥馬さんも反対した」
歌音さん達の気持ちは、よくわかりました。たとえば私が同じ選択をしたら、家族は全員難色を示すでしょう。私もその立場ならきっと反対するはずですから。
「わかる気がします」
「うん。わたしもわかります」
「ですけど、しーちゃんは歌音さん達を納得させたんですよね?」
「ええ。自分の辛い時期を支えてくれた桔梗ちゃんと、もう一度会って恩返ししたい。だから大学進学や就職で桔梗ちゃんが地元を離れる前に、探し出したいって理由で説得したの」
「そういう理由があったんですね」
私に会うためにこちらに来たことはしーちゃんから伺いましたけど、どうして高校進学と同時だったのか、謎が一つ解けました。ちなみにしーちゃんのお父さんが進学させたいと考えていた学校は、うちの学校と偏差値変わらないそうです。
「もっとも、一人暮らしに選んだアパートが、従兄の家からかなり遠いなんて思わなかったけど。本当、一歩間違ったらストーカーよね」
「そこはその、私が嫌だと思っていませんから」
「わたしも雪片くんにやったことは押しかけ女房だし、人のことをとやかく言えないです」
「実はわたしも」
歌音さんのしーちゃんに対する身も蓋もない評価に、私達三人とも気まずくなり目をそらしました。正直私達全員、ストーカーの自覚はちょっとだけありますから。
「あー、失言だったわね。ともかくあたしが言いたいのは、意見が分かれたときとか、やりたいこととかあるなら悩まずぶつけろってことよ。それで喧嘩したとしても、ちゃんとした絆があるなら仲直り出来るんだから」
「わたしは大丈夫です。あやくんと喧嘩しても仲直り出来ますから」
「同じく。雪片くんとは進路のことでも言いたいこと言い合ってるから」
「は、はぅぅ」
ママと鈴蘭お姉ちゃんが歌音さんからの問いかけに頷く中、私だけが答えに窮しました。好きな人に言いたいことどころか、告白すら出来ていないのですから。もう少しだけ、勇気が欲しいです。
お読みいただき、ありがとうございます。




