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第四話 詩恩くん、姉妹に誤解される

 鈴蘭さんと一緒に部屋を出た桔梗ちゃんだったけど、数分もしないうちに彼女だけ戻ってきた。どうやら誰かに電話していたらしい。さらに僕を一人残したことを謝罪してきた。


「しーちゃん、すみませんお部屋に一人にさせて」

「いいですけど、せめてひと声かけてからにしてくださいね」

「はぅぅ、わかりました」

「それで、歓迎会って何をするんですか?」


 僕のために何かしてくれるのはありがたいけど、置いてけぼりにされたのだからそのくらいは聞く権利があると思う。桔梗ちゃんもそれはわかっているようで、こんな質問をされた。


「それなりの人数になりますから、お鍋にしようと考えてるんですけど、お鍋ってお好きですか?」

「基本的には好きですけど、辛い食べ物は苦手ですからそういう鍋だとちょっと」

「大丈夫です。辛いものは私や鈴蘭お姉ちゃんも食べられませんし」


 どのくらい苦手なのか具体的な例を挙げると、カレーの中辛はどうにか食べられるけど、辛口は途中でギブアップせざるを得ないくらいだ。なので辛いものは食べられないと正直に話したら、どうも桔梗ちゃんも苦手みたいで安心した。


「それでは下拵えをしてきますので、ちょっとだけ待っててくださいね」

「あの、手伝いましょうか?」

「いえ、しーちゃんの歓迎会ですから、働かせるわけにいきませんよ」


 歓迎会の準備をするためダイニングへと向かう桔梗ちゃんに、何か手伝えることはないかと思い声をかけた。しかしやんわりと断られてしまったため、またしても僕は暇をもてあますこととなり、ポケットに入れていた携帯を操作し始めた。


(新着メッセージは無いですね。そうだ、せっかくですし桔梗ちゃんもあとで登録しておきましょう)


 四月から同じ学校に通う同級生になるのだから、互いに連絡を取り合う機会も多くなるはず。鍋の下拵えが終わったら聞いてみようと考え、一つ疑問が浮かび上がった。


(桔梗ちゃん、一人で料理出来るのでしょうか?)


 米袋を運ぶのでさえ苦戦するほど非力で、何も無いところで転ぶほどドジっ娘なのに本当に料理を作れるのだろうか。もしかしたら包丁で指を切ってたり、皿を割ったりしているかもしれない。


(あり得ます。やっぱり手伝いに行くべきでしょうか?)


 そんな風に一人やきもきしていると、玄関の戸が開き、こちらへと向かって来る足音が聞こえてきた。


「雪片くん達はあとで来るよ......って、桔梗ちゃんは?」

「キッチンで下拵えしています。けど、桔梗ちゃん一人で大丈夫でしょうか? 転んだり火傷したりしてないでしょうか?」


 和室に入ってきた鈴蘭さんは、不安そうにしている僕を安心させるように優しく微笑んだ。その顔は先程までとは違いどこか大人びて見えた。


「詩恩さん、心配要らないよ。わたしも桔梗ちゃんもこう見えて家事は得意だから。炊事洗濯掃除裁縫、何でもござれだよ」

「それはすごいですね。一人暮らしを始めたばかりですから、僕も見習いたいと思います」


 洗濯と掃除は人並みにこなせるけど、料理と裁縫は経験不足なので自信がない。特に裁縫に関しては、縫い方から始めなければならないほどだ。


「そうなんだ。ご近所さんみたいだし、よかったら今度教えるよ」

「本当ですか?」

「うん。雪片くんの隣に住んでるなら、これからも関わり合うだろうから」

「ありがとうございます。ところでその千島先輩ってどんな方なんですか?」


 ここに来てから部屋を出るまでずっと不在だったため、未だに千島先輩への挨拶が出来ていない。ただ人となりについては、鈴蘭さんの彼氏で、あの桔梗ちゃんがお兄ちゃんと呼んでいることで、優しい先輩だということは推測出来る。


「そうだね、一言で表すと不器用な男の子かな? 見た目で怖い人とか不良だとか誤解されるけど、真面目だし優しくていい人だよ」

「そうですか」


 予想通りいい人みたいだ。しかも見た目で誤解されるという部分に、シンパシーを感じた。方向性は違うものの、僕も大抵の人から勘違いされるから。


「あっ、でもお隣さんだからって、あんまり仲良くしすぎたら駄目だよ? 雪片くんが詩恩さんみたいな美人と一緒にいたら、変な噂流れちゃうから」

「あの、鈴蘭さん、こう見えても僕は男ですよ」


 案の定誤解している様子の鈴蘭さんに真実を告白する。そうなのだ。僕の外見は普通に女の子にしか見えず、大体初見で性別を間違えられる。身長も女子の平均くらいしか無くて、線も細いから余計にそう思われるのだ。


「へっ?」

「ですから、僕はれっきとした男子です!」


 僕の性別を知り、鈴蘭さんは鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。嘘や冗談じゃ無いという意味も込め、念押しで同じ内容を、先程より大きな声で伝えた。しばしの沈黙ののち、


「「えっ、えぇぇぇっ!!」」


 大声で驚く声が二つ聞こえてきた。もう一つの声がした方に目を向けると、立ち尽くす桔梗ちゃんの姿。どうやら下拵えを終えて戻ってきたタイミングで、僕達の会話を聞いたみたいだ。だけどそんなことはどうでもいい。


(まさか桔梗ちゃん、ずっと僕のことを女の子だと思ってたんじゃ)


 だとしたら裏切られた気分だった。その疑念を否定したくて、自分の中で荒れ始めた感情を抑えつつ桔梗ちゃんに確認する。


「鈴蘭さんはともかく、なんで桔梗ちゃんも驚いてるんですか?」

「はぅぅ、えっと、だって......す、すみませんでした!!」


 ただ表情には出ていたみたいで、桔梗ちゃんはあからさまに動揺しながら僕に謝罪し、逃げるように立ち去り階段を上っていった。彼女が去ったあと、鈴蘭さんが申し訳なさそうに僕への謝罪の言葉を口にする。


「詩恩さん、ごめんね」

「......いえ、僕の方こそすみませんでした。性別のこと、自分から言わなかったのが悪かったですから。鈴蘭さんはもちろん、桔梗ちゃんにも」


 桔梗ちゃんが逃げたことで、僕も頭が冷えた。桔梗ちゃんなら言わなくても理解して貰えているなどという甘えが、今回の事態を招いたのだ。ましてや伝えもせず勝手に失望するなんて、傲慢でしかない。


「早く桔梗ちゃんに謝りに行きませんと」

「ちょっと待って。うちの二階って、部屋が四つあるからどこが桔梗ちゃんのお部屋か、詩恩さんわからないよね?」

「それは、そうですけど」


 桔梗ちゃんに謝罪に行こうと和室から出ようとする僕を、鈴蘭さんが制する。確かに人の家の部屋を勝手に開け閉めするのはよろしくない。


「だからわたしが案内するよ。それに桔梗ちゃん、きっと頭の中整理出来てないから、詩恩さんが話すより先に落ち着かせてからじゃないと」

「わかりました。すみませんがよろしくお願いします」

「うん。お姉ちゃんに任せてよ」


 鈴蘭さんの言い分ももっともだったので、思い切って桔梗ちゃんのことを任せることにした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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