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第五十四話 詩恩くん、鈴蘭さんの誕生日を祝う

 本日は鈴蘭さんの誕生日だ。朝一緒に登校する際にすでに本人へ祝いの言葉は述べたが、メインは帰宅してから行う誕生日会だ。本来なら放課後はクラス全体での勉強会があるのだけど、明日太達から今日は早く帰るように言われ、僕と桔梗ちゃんは急ぎ足で帰った。


「さてと、早いとこ準備してしまいましょう」

「そうですね。あまりのんびりしていると鈴蘭お姉ちゃんが帰ってきますものね」

「桔梗ちゃんに詩恩くん、ひとまずわたしが出来る範囲で準備してみました」


 下校した僕達は、佐藤家に向かい楓さんが行った準備を確認した。部屋の飾り付けもそれなりには進んでいたけど、まだ完成していなかった。とはいえ楓さん(と桔梗ちゃん)の準備のメインは料理とケーキなので、これは想定内だった。


「はぅぅ、思ったよりも進んでなくてすみません」

「大丈夫ですよ。こちらは僕がしますから、それよりお二人は料理の方をお願いします」

「「わかりました」」


 まるで双子のように声を揃えて返事をして、キッチンへと向かう二人。自分の仕事である壁の飾り付けをしていると、ちょうど雛菊さんと桐矢さんがやって来たため出迎えた。彼らはそれぞれ、菖蒲とスズランの花を持っていた。


「ごめんね、思ったより授業が長引いたわ」

「シオ、僕達は何をすればいい?」

「僕と一緒に飾り付けをお願いします。お花は玄関に飾るので今は置いてください」


 二人が来たおかげで作業効率が上がり、横断幕の配置とテーブルの飾りまで終わらせるのにそう時間はかからず、何とか鈴蘭さんや彩芽さんが帰宅する前にすべての準備を終わらせることが出来た。


「どうにか間に合いましたね」

「そう、ですね」

「あやくんは時間的にまだお仕事中ですけど、鈴蘭ちゃんはどうですか?」

「ユキから連絡あって、もうすぐ帰るって」

「本当にギリギリだったわね」


 もしも雛菊さん達がいなかったら、全然間に合わなかった。雪片先輩の誕生会のときは、彼を連れ時間稼ぎをしていたので準備がここまで慌ただしいとは知らなかった。


「今回の場合、ランに内緒だったのが理由」

「それとこの前あった雪片の誕生日会は、自宅じゃないからじっくり出来たのもあるんじゃない?」

「なるほど」


 九月一日にある桔梗ちゃんの誕生日会も、もし彼女に内緒で行うのなら、このくらい余裕が無いのだと覚悟しておこう。もうすぐ帰るということなので、クラッカーを持ち玄関へと場所を移す。そうして、ドアが開くと同時に全員で声を合わせ、


「「「「「鈴蘭さん(鈴蘭お姉ちゃん)(鈴蘭ちゃん)(鈴蘭)(ラン)、お誕生日おめでとう!!!!!」」」」」

「はぅぅ!!」


 僕達に祝われた鈴蘭さんは、桔梗ちゃんとまったく同じ鳴き声を上げ驚いていた。彼女と同時に家に入ってきた雪片先輩の口元が上がっていて、いたずらが成功した子供のような顔をしていた。


「驚いてくださって安心しました。雪片先輩、大成功ですね」

「ああ。仕返しとしては上出来だ。お前ら、協力ありがとうな」

「お礼はいいですよ。僕は雪片先輩に恩がありますし、鈴蘭さんも大切な人ですから」

「私はお二人とも身内ですし」

「わたしもです」

「アタシは去年祝えなかった分のリベンジだから」

「おれも同じ」


 全員、鈴蘭さんを祝う理由も雪片先輩に協力する理由もあったので、誰も素直にお礼の言葉を受け取らなかった。


「お前ら、こういうときはどういたしましてじゃないのか?」

「その、しーちゃんが遠慮していたのでつい」

「まあ、言い出しっぺにみんな習うわよね。それより、鈴蘭のこと放置してていいの?」


 今日の主賓だけど、先ほどから驚いたまま固まっていた。


「鈴蘭、いつまでも驚いてないで行くぞ」

「う、うん」

「お片付けはわたしがしますから、皆さんは鈴蘭ちゃんをお祝いしていてください」


 玄関の後片付けを楓さんに任せ、僕達はダイニングへと戻った。誕生会の段取りは雪片先輩のときのそれと同じで、ケーキに立てられた蝋燭の火を懸命に吹き消す鈴蘭さんの姿は、見ていてとてもほっこりするものだった。


「鈴蘭って本当、肺活量無いわよね」

「はぅぅ」

「そういう雛菊さんはどうなんです?」

「アタシはそれなりよ。桐矢はすごいけど」

「ホーミーが特技。今から披露する」


 桐矢さんの意外すぎる特技が披露されたり、鈴蘭さんと雪片先輩の失敗談が暴露されたりと、誕生日会は順調に進み、プレゼントタイムとなった。まず桔梗ちゃんが一歩前に出た。


「私からは、新しいパジャマです。雪片お兄ちゃんのお部屋にお泊まりするときに使ってください」

「僕からはブックスタンドです。資格試験の勉強などで本が増えるでしょうから」

「アタシからはリップよ。たまにはこういうので雪片にアピールしておきなさい」

「おれからはエプロン。バイト先で使ってるのと同じものだから、実用的」

「みんな、ありがとう」


 次々とプレゼントを渡していく。僕だけ少し方向性が違うけど、全員実用性を重視して選んでいるのが、なんだかちょっとおかしかった。


(雪片先輩の彼女ですから、無理もないですけど)


 その雪片先輩は最後にプレゼントを渡したのだけど、彼をよく知る人間ほど意外に思えるものを用意していた。


「俺からのプレゼントは、これだ」

「えっと、雪片くん、これって」

「修学旅行の行き帰りやバスの中で、一緒に使おうと思ってな。どうせ行き先も同じで隣に座るから、ちょうどいいだろ?」

「あっ......嬉しいよ、雪片くん」


 雪片先輩が渡したのは、二人用のワイヤレスイヤホンだった。彼らしくない贈り物に鈴蘭さんは戸惑っていたけど、さらに続く言葉で選んだ理由を告げられたことで、その戸惑いは喜びへと変化した。修学旅行でも一緒にいたいと当たり前のように言われたのが、嬉しかったみたいだ。


(こういうことを照れないで言える雪片先輩、格好いいですね)


 きっとここに至るまで、多くの出来事が二人の間であったのだろう。僕と桔梗ちゃんの関係がこれからどうなるかはわからないけど、それでも一緒にいるのが当たり前だと言えるような関係にはなりたいと、彼らを見て改めて思ったのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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