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第五十二話 詩恩くん、友達と勉強会をする

 僕の家に来た明日太が最初に発した言葉は『思ったよりも整頓しているな』だった。どういう意味か訪ねたところ、掃除はしていても本だらけで部屋を想像していたらしい。


「本は好きですけど、そこまで読書家では無いですよ?」

「そうか。いや、僕の父さんがそんな感じで、自分の部屋と書斎が多数の本で埋められているんだ。見るからに危険だから弟達は立ち入り禁止にしているんだ」

「そうですか。でも言い聞かせて効くものなんですか?」

「いいや。だから鍵をかけた上で、勝手に入ったら小遣い抜きだと脅しつけている」


 そこまでしないといけないあたり、明日太と明日太の母親の苦労が偲ばれる。ちなみに弟さん達は全員腕白で、大人しい明日太の方が冬木家では異端児なのだそうだ。


「僕の家の話はこれくらいにして、勉強しよう。別にどの教科からでも構わないが、どうする?」

「では、世界史からしましょう。明日太、何時までいられますか?」

「そうだな、洗濯物の片付けがあるから、遅くとも四時には帰りたい」


 彼が自転車で来ていることや家からの移動時間を計算して、三時半までが限界だ。今が十時前なのも含めて、休憩や食事の時間を考え予定を立てる。


「一教科あたり三十分、休憩を十分挟んで次の教科という組み合わせを午前で三、午後で二にしましょう。お昼が遅くなりますけど、大丈夫ですか?」

「別にいいぞ」

「それでは始めますね」


 こうして男二人の勉強会が始まった。桔梗ちゃんと勉強しているときと違い、ほとんど質問も出ず無言のまま、あっという間に三十分が経過した。休憩時間中は体と頭を休め、次の教科の準備を行う。このサイクルを物理、英語の二教科でも行い、昼になった。


「昼食だが、来る途中で買った弁当でいいか?」

「そんな、買わなくても簡単なものを作るつもりでしたのに」


 僕自身は二人分の昼食を作ろうと思っていたけど、すでに来る途中で二人分の弁当を買っていたみたいだった。


「場所を提供して貰って、僕が何も用意しないのは悪いからな」

「気にしなくてもいいですのに。とりあえず温めますけど、どちらを食べますか?」


 明日太が用意した弁当はトンカツ弁当と唐揚げ弁当だった。個人的には唐揚げが気になるけど、買った明日太に選ぶ権利があると思う。


「ならトンカツにしておく。お前弁当を出したときからずっと唐揚げ弁当見てるからな」

「えっ!? そんなにわかりやすかったですか?」

「ああ。お前って案外子供っぽいよな」


 そう言いながら喉の奥で笑う明日太。自分では隠していたつもりだったことを指摘され、僕は羞恥のあまり顔を覆った。


「~~~っ///」

「まあ、個人的に詩恩の新たな一面を見られたのはよかった。それに、そういう隙がある方が親しみやすくていいと思う」

「......それ、フォローになってないですよね?」

「そうでもない。知らないやつからすれば、お前は近寄りがたい人間らしいからな」

「はい?」


 明日太曰く、僕のことをそんなに知らない人間からすると話しかけづらいオーラが出ているそうだ。そんなの出した覚えはないけど、女子にしか見えない男子に話しかけづらいのは理解出来なくもない。問題なのは話しかけても常に敬語なことで、それが冷たい印象を助長させているらしい。


「そう仰られても、これは癖みたいなものですから」

「もちろんわかっているが、知らない相手からすると――ってやつだ。僕も隣のクラスの男子から、詩恩がそう思われていると聞いて初めて知った」

「そうですか。明日太、ありがとうございます」


 人付き合いが得意じゃない明日太が、友達の悪評について原因を調べてくれたことに、僕は感謝の意を示した。


「このくらい構わない。それより冷めないうちに食べるぞ」

「ええ」


 明日太の持ってきた弁当を二人で食べる。コンビニ弁当の唐揚げはニンニクが利いていたので、今度自分で再現してみたいと思った。食べ終わったあともすぐには勉強を再会せず、明日太と話した。


「そういえば気になっていたんだが、お前と佐藤は昔結婚の約束とかしなかったのか?」

「うえぇっ!?」

「何をそんなに驚く? 幼馴染といえば、そういう話は定番みたいなものだろう?」


 驚いて妙な声を漏らした僕に、明日太はジト目を向けた。確かに定番ではあるけれど、突然聞かれたのと明日太から恋愛関連の話が出て来るとは思っていなかったため、こんなリアクションを取ってしまったのだ。


「そうですけど......とりあえず僕達の場合、桔梗ちゃんが僕のことを女子だとずっと勘違いしていましたから、そういうのは無かったです」

「なるほど。だが、佐藤はそうでもお前はどうなんだ?」

「明日太、今日はやけに踏み込んで来ますね?」

「たまには男同士で親睦を深めようと思ってな。お前が答えたくないならそれでいいが」


 そう言われて答えないほど、僕は薄情じゃないつもりだ。それに隠すようなことでもない。


「ならお答えします。昔の僕は桔梗ちゃんのことをお嫁さんにしたいと、ことあるごとに母さんに話してました」


 故郷を離れひとりぼっちになり、寂しさで心がいっぱいになっていた僕に、桔梗ちゃんから一通の手紙が届いた。その内容のほとんどは他愛ないものだったのだけど、それでもその手紙は、彼女が僕を思って書いたものだった。その気持ちにどう報いていいか、幼かった僕にはわからず、大人になって再会したら結婚したいと、子供心に考えたのだ。


「その話、佐藤は知ってるのか?」

「春休み中に来た母さんが、桔梗ちゃんにバラしたので知ってます」

「それは、恥ずかしいを通り越して拷問だな」


 まったくもってその通りだ。昔の話で時効といっても、本人にバラされたらたまったものじゃない。そういう意味では僕の弱みを一つ桔梗ちゃんに握られているようなものだけど、母さんがノリノリで僕の黒歴史を彼女に教えているので今さらではある。


「まあ僕も桔梗ちゃんの両親や鈴蘭さんから、彼女がどれだけしーちゃんに会いたがっていたか聞かされているのでおあいこですけど。

「微妙に違う気がするんだが......」

「いいんですよ。さあ、そろそろ勉強の続きをしましょう。午後からも厳しくしますからね?」

「望むところだ。現国と数学、どっちでもいいから始めよう」


 雑談を終わらせ、僕達は勉強会の午後の部を始めた。なお、雪片先輩から途中で連絡があり、誕生日会の正式なスケジュールが決まったことを知らされた。このことを聞いた明日太は、前と同じようにお祝いの言葉を僕に頼んだ。


「もちろん当日、本人にも伝えるつもりだ」

「きっと喜びますよ」


 その後小テストまで終わらせ、帰って行く明日太を見送った。ほとんど一日彼と過ごしたけれど、たまにはこういう休日も悪くない。ちなみに、僕が明日太と勉強会をしていたことは、すぐに桔梗ちゃんにバレた。


「しーちゃんもお勉強会していたなら、こちらに来てくださってもよかったと思いますけど」

「雪片先輩から連絡が入るのを、鈴蘭さんに見られたらアウトでしたから仕方ないですよ」

「それならせめて連絡があったあと、来て欲しかったです」


 珍しく桔梗ちゃんが拗ねてしまったので、本人が満足するまで撫でることでようやく機嫌を直してくれた。僕が撫でるだけで幸せそうな顔をしてくれるのなら、いくらでも撫でてあげたい。桔梗ちゃんの幸せを望むのが、僕に出来る恩返しなのだから。

お読みいただき、ありがとうございます。

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