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第四十七話 詩恩くん、桔梗ちゃんにお説教する

 意識を取り戻した僕が最初に感じたのは頭の痛みだった。バスケットボールが直撃したのだから当然といえばそうだけど。次に感じたのは床の冷たさだ。周囲のざわつきや体育館独特の匂いから、恐らく体育館の床に寝かされていると思われるが、頭を打った人間は意識が戻るまで動かさない方がいいので、対処法はこれが正しい。


(今のところ五感や思考に問題はなさそうですし、そろそろ起きましょうか)


 頭を打った場合、外傷が無くとも脳が損傷している可能性もある。そのため自身の感覚や思考に異常がないか、先ほどから確かめていた。あとは起きてから確認することにして、僕は目を開けた。


「おい、桜庭が目を覚ましたぞ!」

「本当か!」

「詩恩、痛みはどんな感じだ?」


 僕が目覚めたことにクラスメート達は安堵していた。見えている光景がぼやけたりもしていないので、視覚も大丈夫そうだ。明日太に体調を問われたので、現状わかっていることを伝える。


「ボールが当たった場所は痛いですけど、他の部分に痛みはありません。五感や記憶、思考にも問題なさそうですから、今のところ大丈夫っぽいです。ご心配をおかけしました」

「そうか。怪我は誰にでもあるが、気をつけろよ」

「ええ。身に染みました」

「すまん! 俺がパス出したばっかりに」

「いえ、あれはどう考えてもよそ見してた僕が悪いですから、お気になさらず」


 謝る江波くんに、過失は僕にあることを告げる。こうして意識を失う前の状況をハッキリ覚えているのも、脳へのダメージが無い証拠だ。


「いや、でもな」

「どうしてもお気になさるようでしたら、桔梗ちゃんがどうしているか教えてください。それでチャラにします」


 僕が意識を失う直前、彼女もまたボールが頭部に当たり、倒れてしまったのだから。僕が問題なさそうだからといって、桔梗ちゃんも無事とは限らない。僕に聞かれた江波くんは女子の集まっている場所を指差しながら、


「大丈夫だ。桜庭が起きるちょっと前に佐藤も目が覚めて、聞き取りの最中っぽい。おっ、御影がこっちに来てるな」

「クラス委員ですから、僕の容態の確認に来たのでしょうか?」

「受け答えは僕がする。ちょうど詩恩も起きたことだしな」


 そう言って明日太はこちらに駆けてくる御影さんに呼びかけ、お互いの情報を交換したのだけど、何故か二人揃って僕の方へ向かってきた。


「詩恩、立てるか?」

「大丈夫ですけど、どうしました?」

「ウチから説明するね。先に言うけど桔梗ちゃんも怪我は大丈夫みたいだから、心配しないで」

「ええ、わかりましたけど、だとしたら何か問題でもありました?」

「実はその、桔梗ちゃんが、桜庭くんが倒れたことを原因含めて知っちゃって」

「大問題じゃないですか」


 桔梗ちゃんが気絶したのは僕が倒れるより前だから、起きてから知るのはおかしくない。問題は僕がこうなった原因が、桔梗ちゃんの頭にボールが当たったことに気を取られたことによるよそ見だと当人が知ってしまったら、絶対に気に病むことだ。


「だから桔梗ちゃん、すごく落ち込んじゃって」

「そうですよね。僕が桔梗ちゃんと同じ立場でもそうなりますから」


 もし僕が気絶するのが先で、桔梗ちゃんがそれに気を取られて倒れたのなら、きっと合わせる顔が無いと考えるだろう。それが理解出来るからこそ、あなたのせいじゃないなどと下手な気休めを言われてもなんの慰めにもならないのもわかった。


「説得に行きます」

「歩けるか?」

「大丈夫です。御影さん、すみませんが桔梗ちゃんの周りの女子を遠ざけてください」

「わかったよ」


 御影さんが人払いをしてくれたおかげで、膝を抱えて落ち込む桔梗ちゃんの周囲には、誰もいなくなった。そうして落ち込んでいる彼女の傍に寄り添い、声をかけた。


「桔梗ちゃん、聞こえてますか?」

「しーちゃん? わ、私、しーちゃんのお傍に――」

「先に言いますけど、僕の傍にいる資格が無いなんて言ったら、絶交ですからね?」

「~~っ!!」


 桔梗ちゃんが言いそうな言葉を、先んじて口にしさらにダメ押しし封じ込める。こうでもしないと話を聞いてくれなさそうだったから。


「いい子ですね。それともう一つ、僕が気絶したのは、桔梗ちゃんに気を取られてボールを避けそこなったのが原因なのは、単なる事実ですから」

「わ、私のせいで、しーちゃんが」

「ですけど、それは桔梗ちゃんが倒れたことが心配で、自分のことを気にするのを忘れていたからなんです。それほどまでに、あなたのことが大切なんです」

「えっ!?」


 そう、桔梗ちゃんに気を取られていたのは、それだけ彼女の存在が僕の中で大きかったから。そんな彼女が怪我をしたとなったら、気が動転するのは当たり前のことなのだ。


「桔梗ちゃんだって、僕が先に気絶してたら、同じこと考えますよね?」

「考え、ます」

「それで僕があなたの傍にいる資格が無いなんて言いだしたら?」

「そんなこと言わないで――あっ!」

「やっとわかってくださいましたか。それでは桔梗ちゃん、一緒に謝りに行きましょう」

「そう、ですね」


 桔梗ちゃんの手を引いて、彼女を立たせた。そう、まだ今は授業中なのだ。体育の先生やクラスメートに今回の一件を謝らなければならない。そうしてまずはクラスの輪に加わったのだけど、みんなからはニヤニヤした顔で見られ、先生からは『謝罪は受け取った。今後は気をつけろ。それと後遺症が無いか念のため病院で検査して貰え』とありがたい言葉をいただいた。


(先生はともかく、皆さんのあの視線にはどんな意味があったのでしょうか?)


 クラスメート達の反応が気になったけど、ちょうど六限目だったからそのまま早退し、僕と桔梗ちゃんは病院へと向かった。数日間経過観察したけど、特に問題が見られなかったので僕と桔梗ちゃんはその結果にホッと胸を撫で下ろしたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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