第四十六話 詩恩くん、体育の授業に臨む
四月も二十日を過ぎ、ようやく学校生活にも慣れ始めた。しばしば廊下ですれ違った人に二度見されたり、何故か演劇部から勧誘を受けたりしているけれど、これといった問題は起きていない。
(あの先生からの嫌がらせに近い指名も、何とか落ち着きましたし)
先週桔梗ちゃんとの帰りに出くわしたお爺さんが、どうやら先生に対して注意したようで、その翌日僕に頭を下げてきたのだ。そこまでされたらもう許すしか無いので僕も矛を収めた。
(今度お爺さんに会ったら、お礼をしませんとね。桔梗ちゃんと姉妹じゃないと訂正するのも一緒に)
お爺さんの家まで少し距離はあるけど、いい運動になるだろう。なお、この顛末を久遠兄さんに電話で伝えたところ『詩恩はお人好しだな』と呆れられた。そうでもないと思うのだけど。
「おい、詩恩!」
「ひゃん! な、何ですか!?」
「何ですかはこっちの台詞だ。変な声出すんじゃない」
考えごとをしている途中で突然明日太に肩を叩かれ、驚いてしまい変な声が出てしまった。しかも自分で思ってたよりも大きかったらしく、周りにいる男子が全員顔を赤らめて明後日の方を向いていた。
「すみません。ところで何か用ですか?」
「用も何も、見ればわかるだろう? 次は体育だから早く出て行け」
無言で周囲の男子も明日太に同意する。うん、確かにこれは僕が悪い。女子にしか見えない男子の着替えを見てしまうのも、逆に着替えを見られるのも健全な男子にとってよろしくないからだ。
「す、すみませんでした!!」
僕は慌てて着替えを手に取って、自分の教室を出て近くにある空き教室に移動した。そこで制服を脱いで体操服に着替えたのだけど、一つ重大なミスを犯したことに気付いた。
(ジャージ、教室に置いてきてしまいました)
何かと激しい運動が多い体育の時間では、いつも上下ともジャージを着るように男子一同から懇願されている。下の方は僕の肉付きがほぼ女子なので足を露出するのはマズいという理由からだけど、上の方は意図せず接触した際に感じる柔らかな感触や、上気した肌が何というかその、えろいからだそうだ。
(はぁ、今から取りに行くしかないですよね)
ため息をつきながら教室へと戻ったが、幸いすでにほぼ全員着替えて出て行ったあとだった。教室の戸締まりのため唯一残っていた明日太を除いてだけど。
「すみません明日太」
「今度から気をつけろ。さて、遅刻しないよう走らず急ぐぞ」
「わかりました」
ジャージを着て彼と共に体育館へと移動する。体育の授業は普段は男女別々なのだけど、今日は雨が降っているため、男女両方とも体育館で授業を行うこととなった。
「何かこうして見ると、うちのクラスの女子ってレベル高いな」
「だな。体操服着てるだけで印象変わるよな」
「うし、せっかくだし格好いいところでも見せるか!」
「おう」
いつもとは違う授業風景に男子はみんな張り切っていたけど、僕はどちらかというと桔梗ちゃんのことが心配だった。
(桔梗ちゃん、体育大丈夫なのでしょうか?)
僕も人のことは言えないけど、桔梗ちゃんは体力が無いどころか運動全般が苦手なのだ。体育の授業での様子を御影さんから聞いたことがあるけど、準備運動の段階で疲れていて、授業が終わる頃には毎度フラフラになっているそうだ。
(体育の次の授業で桔梗ちゃんがボンヤリしているのは、それが理由なんですよね)
それでも見学せずに参加するのは立派だと思う。授業が始まったので、準備運動しながらそれとなく女子の方へ視線を送ると、桔梗ちゃんは多少息切れしているだけで済んでいるので、少しは体力がついたようだ。
(あまり見るのも失礼ですし、こっちに集中しないとですね)
本日の男子の授業はバスケットボールだ。ドリブルやパス、シュート練習を行い、最後に試合を行うそうだ。病気云々関係無しに運動が得意では無い僕にとって、動きながらボールを操るドリブルやパス練習は大の苦手で、何度かボールを取り落とすミスをした。シュート練習に限っては意外なくらい成功して、自分でも驚いたくらいだ。
(案外いけますね)
そのため、最後の試合では固定砲台を明日太から命じられることとなった。最初の方はほとんど僕は警戒されず、パスが来たらそのままシュートするだけでよかったけど、成功率の高さから段々とマークされるようになった。それでも他の人にパスを繋いだりと出来ることはあった。
「桜庭、中々やるじゃないか」
「偶然ですよ」
「さあ、後半戦だ。やるぞ」
「はい。任せてください」
だけど、僕は最後までその役目を果たすことが出来なかった。何故なら、後半戦が始まって少しして、同時進行していた女子のバレーボールの試合で、桔梗ちゃんにボールが直撃し、その場でパタリと倒れてしまったからだ。
「桔梗ちゃん!!」
「詩恩、前!」
「えっ、わぁぁぁっ!!」
桔梗ちゃんが心配になりよそ見をしていた僕は、正面から飛んできたボールを避けきれず顔面に受けた。かなり当たり所が悪かったのか、脳が激しく揺さぶられ、痛みを感じるよりも早く、僕の意識は途切れたのだった。
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