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第四十五話 桔梗ちゃん、詩恩くんと姉妹に間違われる

桔梗視点です。

 下校時間となり、しーちゃんや鈴蘭お姉ちゃん達と一緒に下校します。もちろん、お二人にもご迷惑とご心配をおかけしたことを謝罪し、寝不足と微熱が原因ということもお話ししました。


「あまり心配させるな」

「はぅぅ、すみません」

「雪片くん、桔梗ちゃんをあんまり責めないであげてね。軽い体調不良のあと、酷い風邪を引いて一週間寝込んだことがあるから」

「別に責めるつもりは無い。ところで詩恩とは普通に話せているのか?」

「はい。その、何とか」


 しーちゃんのお顔を見るとどきどきして頬が熱くなりますけど、お話すること自体は大丈夫です。お昼休みに鈴菜さんから頂いたアドバイスのおかげで、何とかなってます。


「心配ありませんよ。それと今日はこれから僕の部屋で、桔梗ちゃんが休んだ授業の復習をします」

「そうか。頑張れよ」

「はい」

「勉強会って、何時間するつもりなのかな?」

「多分一時間もあれば終わりますけど、どうされました?」

「ううん、それくらいならいいんだよ。実は今日の夜七時くらいから家族四人で外出しないといけないから」

「あっ!!」


 そういえばすっかり忘れていました。お家のお風呂が調子悪くて、その点検や修理のため、今日はちょっと銭湯へ行かないといけないんでした。さすがにアパートのお風呂を借りるのは申し訳ないですし。


「なるほど。でしたら早めに終わらせますね」

「助かるよ。雪片くんもそういうわけだから」

「俺はどのみちバイトだ」

「そういえばそうだったね。じゃあ――えいっ!」


 おもむろに鈴蘭お姉ちゃんが雪片お兄ちゃんの背に飛び乗り、しがみつきました。後ろから飛びつかれても雪片お兄ちゃんは姿勢を崩さないのですごいと思います。当然抗議はしていましたけど。


「おい、いきなり何する」

「だって雪片くんがアルバイトなら、ちょっとでも長く一緒にいたいし。だからね、このまま雪片くんのお部屋まで急いでね?」

「仕方ないな。しっかり捕まってろよ?」

「うん♪ 二人とも、それじゃあね」


 飛び乗った鈴蘭お姉ちゃんといちゃいちゃしながら、雪片お兄ちゃんは風のように走り去っていきました。お二人のような関係に、私としーちゃんがなるのは難しいと思いつつ、しーちゃんとお互いに顔を見合わせ、自分達のペースで歩いていきました。そして坂を下り、住宅街に入ったところで、見知らぬお爺さんに呼び止められました。


「おお、いつぞやの別嬪さんではないか」

「えっ、あなたは受験のときの。あれから体調はどうですか?」


 どうもしーちゃんはこのお爺さんとお知り合いのようです。受験と体調という二つの単語で、受験当日にしーちゃんが病院へと連れて行ったお爺さんのことだとわかりました。


「心配要らぬよ。最近は元気じゃわい。じゃからこうして遠出しておるのじゃ」

「確かに、前にお会いした場所とここは離れてましたね」

「その制服、別嬪さんも受験に間に合ったようじゃな」


 それにしてもお爺さん、しーちゃんのことを別嬪さんと呼んでいますけど、もしかして性別を誤解しているのでしょうか。しーちゃんも特に訂正してないみたいですし、あだ名のようなものでしょうか。


「ええ。娘さんにはお世話になりました。病院から車で坂の下まで送ってくださいましたから」

「いやいや元はといえば儂のせいじゃから、気にせんでもええ。というより、下まででよかったのかの?」

「いいもなにも、関係者以外立ち入り禁止ですし」


 安全対策として、坂を含めた学校の敷地内への関係者以外の進入は原則禁止となっています。送り迎えは例外ですけど、受験の日に関しては車での来場は遠慮いただいていたはずでした。


「儂はともかく、娘は関係者じゃぞ? 義理の息子が、あんたらの学校の教師じゃからな」

「「えっ!」」

「じゃから、娘婿が教師なのじゃよ」

「「その先生の名前、わかりますか?」」


 お爺さんの返答は意外なもので、私達は思わず聞き返しました。一体どの先生なのでしょう。入学して日が浅い私達でも知っている先生でしょうか。


「おお、名前は――」


 お爺さんが挙げた名前を聞いて、しーちゃんのお顔が強ばりました。何故ならその先生は私達のクラスの英語を担当している方で、しーちゃんへ対し嫌がらせに近い行動を取っていた因縁のある方だったからです。


「何じゃ、知っておるのか?」

「ええ。いつも大変お世話になっております。直接伝えるのは気恥ずかしいですから、桜庭があなたの指導にとても感謝していたと、本人にお伝え願えますか?」


 しかし、その先生に何をされていたとしても目の前にいるお爺さんには関係ありません。そのためしーちゃんはニコリと笑いながら、先生への謝意を示しました。


「わかった。必ず伝えるぞい。そうじゃ、ここで会ったのも何かの縁じゃ。どこかでお茶でも飲んで行かぬか?」

「お誘いいただきありがとうございます。ですけど、これからこの子と用事がありますので」

「そうか。ならまた次の機会じゃな。では別嬪さんに妹さん、またの」

「はい。またお会いしましょう」

「えっと、さようならです」


 しーちゃんにお茶の誘いを断られたお爺さんは、会釈をして去って行き、私達は手を振って見送りました。それにしてもあのお爺さん、私のことをしーちゃんの妹だと勘違いしていたみたいです。私、制服を着ていますのに。ふとしーちゃんを見ると、頬に手を当て苦笑いしていました。


「どうしましょう。あのお爺さん、僕達のことを兄妹だと思ったみたいですね」

「それを言うなら、姉妹の方だと思うんですけど」

「やっぱりそうですよね。今度会ったら、桔梗ちゃんは幼馴染だと否定しておかないと」

「あの、女性と間違われたことは否定しないんですか?」

「......前回も今回も制服着てて間違われたので、もう諦めました」

「それは、その......」


 ため息をついて落ち込むしーちゃんに私は何も言えませんでした。高校の制服は男女ともブレザーなのでぱっと見で間違えるのはあり得ますけど、しーちゃんの中学校の制服は学ランだと聞きましたので、まず女子と間違えないでしょう。


「まあお爺さんからしてみれば、僕が男だろうが女だろうが大差ないでしょうし」

「そうでしょうか?」

「そんなものですよ。さてと、ちょっと急がないとですね」

「はぅぅ!」


 しーちゃんはそう言いながら、私の手をギュッと握りました。恋心を自覚したからこそ、彼の手の大きさや体温にときめいて、胸のどきどきが止まらなくなりました。


「桔梗ちゃん、顔赤いですけど、やっぱり調子悪いんですか?」

「いえ! なんでもないです!!」

「そうですか。体調悪かったらいつでも言ってください」


 こうして気遣っていただけるのは嬉しいですけど、きっとしーちゃんの優しさは幼馴染である『桔梗ちゃん』に対してで、『佐藤桔梗』という一人の女の子に対してではない気がします。女の子として見られていないことに少しだけしょんぼりしながら、私はしーちゃんと手を繋いだまま家に帰りました。ちなみにこのあとの勉強会ですけど、しーちゃんの指導が厳しかったためちょっと泣きそうになりました。

お読みいただき、ありがとうございます。


今回から更新ペースを、二日に一度に変更いたします。

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