第四十四話 詩恩くん、桔梗ちゃんを心配する
御影さんに連れられ、約四時間半振りに教室に戻ってきた桔梗ちゃん。申し訳なさそうに教室に入る彼女を、僕は笑顔で出迎えた。桔梗ちゃんは朝のように顔を真っ赤にしていたけど、今回は目線を逸らしたりしなかった。
「桔梗ちゃん、大丈夫ですか?」
「はぅぅ、しーちゃん。ご迷惑とご心配をおかけしてすみませんでした」
「気にしないでください。誰だって調子が悪いときはありますから」
「その、ただの寝不足と微熱なんですけど......」
「寝不足も微熱も甘く見たらいけません。体を壊してからでは遅いんですよ?」
「はぅぅ」
「ふふっ」
特に僕や桔梗ちゃんは体が弱いので、高々その程度と軽く考えているとあとで痛い目を見る。そのため、異変を感じたら早めに対処した方が後々尾を引かずに済む。そんな僕達のやり取りを見て、御影さんが噴き出した。
「桜庭くん、本当に桔梗ちゃんのことが大事なんだね」
「当然です。僕にとってただ一人の、とても大切な幼馴染なんですから」
「はぅぅ、あ、ありがとうございます///」
「即答するんだ......」
今回の一件で、僕にとって桔梗ちゃんがいかにかけがえのない存在なのか実感した。そんな僕の本心からの告白を聞き、桔梗ちゃんは頭から湯気を出すほど照れてしまい、御影さんは目を点にしていた。
「......ねえ、桜庭くん。すっごく言いたいことあるんだけど、耳貸して」
「何でしょう?」
「あっ」
(本当に桜庭くん、桔梗ちゃんのこと幼馴染だと思ってるの?)
僕のすぐ傍まで近寄り耳元まで顔を近付け、小声でそう聞いてくる御影さん。幼馴染だと思ってなかったらここまで赤裸々に本音を言ったりしないのだけど。返事をするため、今度は御影さんの耳元に口を寄せる。
「はぅぅ」
(もちろんですよ。もしかして本当は仲が悪いとか疑ってます?)
(ううん。むしろその逆で――)
「あのっ!」
「わっ!」
「ひゃっ!?」
僕と御影さんの内緒話は、突如大声を出した桔梗ちゃんによって中断させられた。すごくビックリしたけど、考えてみれば目の前でこそこそ話をされて気分がいいわけがないわけで、どう考えても僕達に非があった。なので僕達は言い訳せず頭を下げた。
「ごめんね桔梗ちゃん」
「すみません」
「その、いいですよ。ところでしーちゃんと鈴菜さんはお昼食べましたか?」
「僕はまだです」
「ウチもまだだね。今から学食行って、間に合うかな?」
桔梗ちゃんが戻って来たら一緒に食べるつもりだったので、まだ弁当には手を付けていない。迎えに行った御影さんもまだのようだけど、もう昼休みは半分過ぎていて、今から学食で注文して食べるのは厳しそうだ。
「でしたらその、鈴菜さん。私のお弁当をお分けしますね。お昼まで眠っていたので、全部は食べきれませんから」
「いいの?」
「はい」
「ありがとう桔梗ちゃん」
桔梗ちゃんも同じように考えたのか、御影さんに自身の弁当箱を差し出した。とはいえ健啖家の御影さんにはそれだけでは足りないかもしれない。
「なら僕の分も分けます。今日は桔梗ちゃんに味見して貰うため、少し多めに作ってきたんです」
「桜庭くんもありがとう。じゃあちょっと飲み物買ってくるから――」
「イチゴオレでいいか? それと売れ残ってたアンパンだ」
「「「えっ?」」」
飲み物を買いに行くつもりで席を立とうとした御影さんに、イチゴオレとアンパンを渡す明日太。見計らったかのような登場に、僕達三人は揃って驚いた。
「随分タイミングいいですね? 盗み聞きですか?」
「人聞き悪いな。佐藤を見舞いに行った御影が戻ってきたのを見て、時間的にもしかしたら昼を食べ損ねているんじゃないかと思い、ちょっと購買に買いに行ってただけだ」
僕に疑いの目を向けられ、早口で弁解する明日太。常々人付き合いが苦手と言っている明日太だけど、これだけ気を遣えるのだから、単に口下手なだけだと思う。
「冬木くん、ありがとう。優しいんだね」
「大したことじゃない。それに御影にはクラス委員のことでいつも世話になっているからな。それよりお前ら、早く食べないと時間なくなるぞ?」
「そうだね。それじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
手を合わせ、三人で昼を食べる。御影さんの分のおかずは僕の弁当箱の蓋に分け、箸はたまたま鞄に入っていた割り箸を渡した。彼女が最初に手を付けたのは桔梗ちゃんが作っただし巻き卵で、その出来映えに舌を巻いた。
「桔梗ちゃん、すごく料理上手なんだね。いつでもお嫁に行けるよ」
「はぅぅ、褒めすぎです」
「そんなこと無いよ。ウチも自分で作るからわかるけど、負けてるって思うから」
「僕も同意見です。桔梗ちゃんはもっと自信を持つべきです」
「そういう桜庭くんの料理は......うん」
僕の作った生姜焼きを食べた御影さんのリアクションは、非常に微妙なものだった。
「何ですかその反応は」
「悪くないし同い年の男の子としてはかなり上手だと思うけど、ウチの方が上かな? ちょっと生姜が少ないのと若干焦げてる」
「くっ......」
御影さんの指摘はその通りだった。自分で食べてみてもそう感じたのだから。
「まあこの感じだと、もう何回か作ったらちょうどよくなると思うよ」
「そういう御影さんは、料理慣れてるんですか?」
「もちろん。ウチの家って両親が共働きで夜遅いから自分で作るようになったんだよ」
「そうなんですか」
何でも出来る御影さんも、意外と苦労しているのだと感じた。後日、今回のお礼として彼女が手作りした生姜焼きを持参してきたのだけど、それを僕は口にして、ハッキリと敗北を認めることとなったのだった。僕の身の回りの女子、料理上手過ぎない?
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